「不味っ」
たった今気孔に入った液体は見事に噴き出され、
宙を舞う
2人の立会い人にはその液体が地面に落ちるまでがスローモーションの様に見えたそうな
元凶であるはむせて口内に侵入した液体を拒んでいる
「おまっ、キュウマ!此れ不味ぃよ!!」
「そ、そうですか?皆普通に飲んでくれますけど…」
そう怒鳴られたキュウマは自分の湯呑みを見て首を傾げる
ミスミがの隣で座りながら苦笑していた
「キュウマ、は砂糖入りでないと飲まないのだぞ」
「…はっ!?砂糖、ですか?緑茶に!?」
「ああ、わらわも最初は半信半疑じゃったがな。甘くないものは基本的に全部いかんようだ」
ポカンと呆けるキュウマの目の前でミスミはの湯飲みに何処から取り出したか砂糖を加える
くるくると掻き混ぜてからの手に握らせる
一連の作業を見守りながらキュウマはふと疑問を口にする
「はぁ……じゃあ塩はどうなんですか?」
「塩など邪道だ」
「…それじゃ料理も出来ないのでは…」
「失敬な!砂糖を入れれば何でも美味くなるぞ!」
「……絶対に何があっても炊事はやらないでくださいよ」
「どうしてだ、白米に砂糖を混ぜてみろ。甘くて良い香りがするぞ」
「白米は砂糖など混ぜなくても元から甘いですから」
「あんなの甘いという種類に入らん!」
「………とりあえず殿のお食事は砂糖さえあれば済むんですね」
1人頷いて会話を終わらすキュウマに、は砂糖入り緑茶を飲み干してから立ち上がる
そして大きく伸びをすると庭で遊んでいる子ども達に声をかける
「うむ、糖分補給。元気100倍!お〜い、スバル!競争しよう!!」
「おう!よぉしっ、絶対負けないぞ!!」
「はっはっはっ、勝ったらご褒美が貰えるんだぞ」
「えっ!何が貰えるの?」
「ふふふ…ミスミからの素敵なご褒美」
「母上から?何をくれるの?」
「む?…ふむ、そうじゃのう……」
不敵に笑いながらそういうに、
突然振られたミスミは妖しげな笑みを浮かべる
そして顎に指を掛けて何やら考える素振りをすると
ちらりとを見て頷く
「お主等が1番欲しい物を差し上げるとしよう。もちろんわらわに出来る範囲でな」
「じゃあっ、じゃあ皆と遊ぶ道具が欲しいんだっ!」
「そうじゃな、先生辺りに頼んで何か作って貰うか」
「やったぁ!うぉし、頑張るぞ〜!」
「其れで、。お主は何が欲しいのじゃ?」
「私?そりゃぁ決まってんじゃん」
意気込むスバルを後に、ミスミが尋ねるとは腕を伸ばしながらそう言う
「ミスミの心と身体」
その声はミスミにしか聞こえずに、
ミスミは眉を顰めての顔を凝視するがは我知らずでスバル達と既にじゃれていた
空は青くて雲はゆっくりと流れていく
そういえばあの日々もこんな綺麗な天気だった、と
鬼の姫ミスミは思う
今は亡き主君と、ミスミと、は幼い頃からの悪友で
良く3人でいろいろな悪さも仕出かしたものだ
年相応になると3人で腕を競い励ましあい戦陣を駆けた
幼きキュウマを苛めて楽しんでいた頃もある
力のある主君と
華麗さのあるミスミと
神風と呼ばれる
3人が揃えば負け戦など存在せず
この召喚獣集う島で伝説を作ったくらいだった
けれどそのうち1人、主君が亡くなった後
悲しみに暮れているミスミの前から、も姿を消した
そしてスバルも成長し、
新たな仲間達も増え悲しみが薄らいできた頃
再会したのは、再び巻き起こった戦闘で現れた時
何も言わずにミスミ達に加担してくれ、
共に腕を上げてきた戦友と組む事により本来の力を出せるようになったミスミと、
戦場を巻き返したのだ
そして傷1つ無く、綺麗な顔では風の舞う中ミスミに微笑みかけてきたのだ
『久しぶり、ミスミ。綺麗になったね』
それからというものの息子であるスバルや子ども達とも仲良くなり
海からやってきた仲間達にも持ち合わせていた明るさで気に入られ、
もう1度ミスミの側で暮らすようになった
けれども、数ヶ月が過ぎようとしても決しては姿を眩ましていた理由をミスミにすら話してくれない
そして今しがた放たれた言葉
その言葉が意味するものとは何なのか、
ミスミは考えてみるがどうしてもの考えが判らない
呆けている間、キュウマにより競争のスタートの合図として掛け声がかかった
あっという間に中庭から姿を消す2人
忍者の能力も持ち合わせている2人だからこそ出来る遊び
城の周りを1周して、屋根を飛び越えてこの中庭に降り立ったらゴールという事だ
僅かだが鬼人のミスミには2人の足音が駆ける音が聞こえる
大体あのスバルがに勝てる訳が無いのは子ども達を除いた皆知っている
けれど今まで何度かやってスバルはにギリギリの所で勝っている
が手を抜いているのは判っている
なのには勝負に賭け事を持ち込み、必ずミスミの事を要求する
そしてわざと負けてスバルや子ども達に遊び道具やら何やらを与えていた
「っとう!!」
「うわぁ、スバル凄いよっ!此れで8連勝だね」
そんな時にスバルが中庭に降り立ち、
何だかポーズを決めていた
そして誇らしげにパナシェやマルルゥ達と騒いでいる
けれどは何時になっても現れない
キュウマと顔を見合わせるが、
キュウマも首を傾げるだけで
が現れない事に不審に思っていた
「様子見てきます、何処かで怪我しているかもしれないですし」
そう言いながら正座を崩して立ち上がるキュウマに、
ミスミは自分を仰いでいた扇子を閉じる
「まぁ、待て。わらわが行ってくるとしよう」
「……はっ」
そう言って優雅に着物を靡かせながら縁側に降り立つミスミに、
キュウマは再び正座をして主に頭を下げる
「母上、大丈夫なの?」
「案ずるな、このわらわを舐めるではない。此の遊びを開発したのはわらわとお前の父上となのだぞ」
「え…」
そう言うと、ミスミは風に乗る様にふわりと舞い上がり屋根の上に跳んで行ってしまう
残されたスバルが口を開く
「此の遊びを考えたのならどうしては負けるんだ?」
「そうだよね、コツとか全部判っている筈だろうに…」
「う〜ん…」
子ども同士で首を傾げあっている様子を見ながら、キュウマは微笑を漏らした
大きな屋根の上を歩いていくと頂上の方に人影が見える
三角の部分に跨って上半身を寝かせ、空を見上げているだった
ミスミは気配を消して忍び寄り、
其の隣に腰掛ける
「何を見ておる?勝負は放棄したのか」
「……何か馬鹿らしくなっちゃって」
「酷い言い様だな、スバルは真剣だというのに」
「…ミスミなら知っているだろう?私が本気を出せば此の程度の事1分も掛からずに成し遂げると」
「そうだな、此の遊びでお前に勝った事は無い。リクトもわらわもお前にだけは勝てなかったからのう」
「だろ?」
ため息を吐くに、ミスミは微笑を浮かべて空を一緒に仰ぐ
此の鬼人と過ごした日々は人間からしてみれば気の遠くなる程長い
けれど何もせずにこうして空を眺めた事など無かったかもしれない
真面目なリクトに付き合って戦術を磨いてばかりだったから、
此の遊びだって足腰を鍛えるために編み出したものだ
晴れの日は鍛錬に励み
雨の日は学術に励んでいた
最も、とミスミは学問が嫌いだったからリクトの側でごろごろしていただけだが
でも雲がこんなにゆっくり流れるのだと知ったのは
最愛の2人がミスミの前から姿を消した時から
「のう、何故お主はわらわの側を離れたのじゃ?」
空に消えそうな声でミスミがそう言うと、
は目を閉じる
そして口を開いた
「リクトの死に毎日嘆いている君を見たくなかったから」
「……でもお主が消えた時も嘆いたぞ?わらわは」
「…其れでも私はミスミが泣いてる所を見たくなかったんだ、其れも私のためじゃなくリクトのために」
「どういう意味じゃ?」
「………今だったら考えられないよ、君とリクトの婚姻を祝杯していた自分が」
「其れは…つまり」
「私はずっと、小さい頃からミスミが好きだったんだよ」
んっしょ、と年寄り臭い掛け声を出しながら上半身を起こしてミスミを真顔で見つめながらそういう
そんな幼馴染にミスミはきょとんとしてみせる
ミスミの着物の袖を引いて、自分の方に引き寄せると
鬼人特有の尖った耳に唇を寄せる
「ミスミを愛してたんだよ、ずっと…。側に居れば居る程想いが大きくなっていくから、だから離れた」
「………」
「もちろんリクトも好きだったけど、でもミスミは其れとは違う"好き"で」
「…………」
「私がずっとミスミを見ていたのに、君は気付かなかったね。でももしかしたらリクトは気付いていたかもしれない」
「…そうか」
「もちろん、だからどうこうしたいとかそういうんじゃない。私の想いは離れていた期間で断ち切ったから」
「ッ……」
それだけ告げるとふと身体を離すに、
ミスミは苦しそうにその腕を引っ張って腕の中に抱き締める
驚愕に目を見開くの、肩口に顔を埋めて声も出さずに涙を流す
「すまなかった、お主の気持ちに気付いてやる事が出来なくて…無意識で傷つけて……」
「…いいよ、もう。今知って貰えたんだから其れで充分」
「でも、わらわは」
「いいから、もういいから…」
「聞くが良い、わらわはお主の事が大好きだぞ」
「…うん」
「あの方に負け劣らず大好きじゃ」
「……え?」
そしてミスミは、身体を少し離しての唇に自分の唇を重ねた
「もう…心は離れたぞ、あの方からは。今はお主の事ばかりじゃ、考える事も何もかも」
「………本当?」
「だから、泣くでない。お主に"褒美"をやると言っているのじゃ」
「…うん……」
涙を零すの細い身体を再び抱き締めて、ミスミは小さく笑った
心が離れたかといえば嘘になる
けれど永遠の愛が存在するかといえば其れも嘘になる
人の心は移りゆくもので
今はちゃんと目の前の此の人を愛している
そう告げると、
彼女は白い綺麗な身体を夜の闇の中で映えらせて
嬉しそうに頷いた――――――――
fin