『祥子姉ちゃん大好き!』
そう言ったのは誰だったろうか、
遥か昔の気がする
思い出せない
あなたは誰?
………?
『令ちゃん大好き!』
かなり驚いたのは覚えている
意地っ張りな由乃とは正反対なあの子から、
そう言われて照れたのは小さい私
あの子から
あの子?
もしかして、?
「「……はぁ………」」
放課後の薔薇の館に響くのは二つのため息だけ
それを訝しげに見つめるはそのため息の主以外の全員
とうとう我慢できなくなったのか、蓉子が会議の内容の書かれた書類を机の上に放った
「誰かあの二人何とかして頂戴」
「無理、だって、理由がわからないもん」
「あの様子じゃ由乃ちゃんや祐巳ちゃんも知らないみたいね」
「喧嘩した訳じゃないんだね」
令と祥子の隣にはそれぞれの妹が片方はイライラと、もう片方は心配気に座っていた
蓉子と聖はそれを眺めながら、成り行きを見守る
「どうしたって言うの、祥子、令」
自分の妹に覇気の見当たらない不振さに蓉子が声をかける
祥子はそれでも態度を変えることなく
「なんでもありません」
と呟くだけだった
こんな祥子は珍しい
令も苦笑して何でもないと言いかけた時、声がした
「あ、私も何…」
「言いなさい、令」
「江利子……」
楽しそうな顔にやれやれと一応嗜める声をかける蓉子を他所に、
江利子は困っている令の顔を見ながらお姉さまの言うことが聞けないの?と脅す
一度ため息をついて観念した令が口を開く
「いえ、対した事じゃないんですけど…」
そして由乃の方を見た
「由乃、って覚えてる?小さい頃近所に居た……」
「?」
「ほら、ハーフの小さな綺麗な女の子」
「あぁ!ね!私が入院を繰り返してた頃淋しくて相手して貰ってたっていう…」
令の話に合点のいかない顔をしていた由乃が思い当たったらしく、
皮肉も込めて令に返した
「あら、令、貴方を知ってるの?」
そこで思いもよらぬ発言に令はギョッと向かいに座ってる祥子を見た
思わず身を乗り出して訪ねる
「え!?祥子も知ってるの!?」
祥子も相当驚いたらしく、目を点にしていた
「ええ、 」
「そうそう! !!」
「二人共話が見えないんだけど」
聖が参ったとでも言うように頭を掻きながら苦笑する
それに対して由乃が少し不機嫌そうに説明をした
「私達が小さい頃って言うか小学部の時に近所に住んでたんですよ」
「云わば幼馴染みたいなものです」
「私が入退院を繰り返している間お姉さまがよく一緒に遊んでいたそうです」
令の補助を無視して由乃は続けた
そしてまた棘のある言い方に令は苦笑するしかなかった
「なるほど、そのって子が令と由乃ちゃんの幼馴染というのはわかったわ。で?祥子は?」
まるで話の整頓でもするかのようにまとめる聖
そしてもう1つの疑問を祥子に向けた
「私は小さい頃から母親同士が親友で良くうちに来てたんです」
要するに、祥子も幼馴染って事
そう解釈した聖に続けて再び問いがかけられた
「その言いようじゃまるで二人共今は会ってないみたいじゃない」
「そうなんですよ、お姉さま。実は私が中学部に上がる前に突然居なくなっちゃったんです」
「引っ越したんだと思うんですけど、何で私達に何も言わないで行っちゃったのかしら」
少し……、いや、かなり淋しそうにうな垂れる自分の姉に続いて由乃が怒り気味で言う
「私もよ、ある日を境目に急に来なくなったの。母に聞いても教えてくれないばかりで…」
自分も、と同意する祥子の姿もまた、淋しそうなものだった
「きっと可愛らしいお方なんですね、その方」
姉に置いてけぼりにされてこちらもまた淋しそうな祐巳が微笑んで言う
その笑顔は決して嫌味など含まれておらず、純粋にそう思ったものだった
姉と令さまと由乃さんがあんなに思っているんだからきっと、いや絶対素敵な方なんだろうなぁ、と
しかしそんな妹の想いなど知ってか知らずか、祥子は即答した
「可愛いわよ」
「うん」
「ええ」
祥子に続いて即答する令と由乃にまで少なからずとも精神的ダメージを受けた
それを見て蓉子がフフッと笑った
否、蓉子だけでなく聖と江利子も
「そこまであなた達が断言するんだから私達とも良いお友達になれるわね」
「見てみたいな〜、ちゃん」
「面白そうね」
「「友達?」」
幸せそうな顔から一気に真顔になる2年生二人に3年生3人は顔を顰める
「あら、友達じゃないの?」
少し楽しみを奪われたとでも言うように不貞腐れた江利子がそう訪ねた
すると祥子と令は顔を見合わせて、しばらく無言…
そして苦笑しながら薔薇様三人に顔を再び向けた
「「友達って言うか………犬?」」
「「「「「犬!?」」」」」
由乃を除く山百合会の残りのメンバーが思わず聞き返す
幼馴染から犬に格下げされるとは思いもよらず
挙句の果てに、由乃の一言
「犬?そんな可愛いものだったかしら…?」
そして絶対三人以外の全員はこう思ったはず
『ちゃんって何者!?』
秋、紅葉の舞い散る中でマリア様はいつも変わらぬ笑みを浮かべている
でもいつもと違ったのは、
このカトリック教の学校の中では有り得ない事をしてる少女がいるから
少女はただ、挑戦的な威嚇的な視線を彼女に向けていた
「リリアン女学園、か……」
その少女の足元には、黒い猫
校内に住み着いているゴロンタとは違った、ただ、ただ真っ黒な猫だった
その青い目を少女に向けて、一言鳴く
「ああ…、行こうか、ルウイ」
少女の声はとても低く、とても冷たいものだった
それを知るのはマリア様だけ……
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