僕は何がしたいんだろう
清子さんを愛しているのに、
それでも祥子にまだ自分に脈ありだと思わせたり
清子さんを愛しているのに、
静に甘えたりしたり
清子さんを愛しているのに、
いろんな女性達にお金を貰って抱いたり抱かれたり
本当に、何がしたいんだろう……
万が一にも無い可能性だけど清子さんが小笠原の家を出た時の事を考えると
思わず頬が緩むのを実感してやっぱり大好きなんだなぁと思う
2人でひっそりと暮らすのも悪くないけれど
清子さんには今まで小笠原でそんな生き方をしてきたんだから
今度は彼女に外で生きて欲しい
根っからのお嬢様で祥子以上に世間知らずな彼女にいろいろ教えてあげたい
そんなことを考えていると段々止まらなくなってしまって
最後にはいつも自己嫌悪に陥って考える事を止めてしまう
本当に心から愛せる人を見つけたとき、人はどうするんだろう?
「…判っちゃ居たけど、やっぱり暇だ」
手にしたワイングラスを傾けて天井から吊るされた豪華なシャンデリアに翳すと
血のような赤いワインが光を浴びてキラキラと輝いた
幾度目かのため息を吐くと、遠くに居る2人を眺める
離れた所で改めて見るとやっぱり自分とはかけ離れた世界に居るんだなと感じた
綺麗なドレスを身に纏って偉い人らしいおじさんやおばさん達に会釈をしている
でも良く見れば祥子の顔が少しぎこちなかった
良く知った人じゃないと見抜けないくらい頑張って顔に出さないようにしているけれど
やっぱり引きつっているのを見て少し笑えた
壁に背を預けて立っていた僕はたまに目の前を通る婦人達に頭を下げながらワインを何杯もおかわりしていた
どんなに飲んでも酔えないのは判っているから自分でお金を出してお酒を飲むことは無いから、
タダなのを良い事に普段の分だけぐびぐびと飲んでいたけれど
やっぱり酔えなかった
損な体質だよなぁ
「あ、お兄さん。もう1杯頂戴」
目に入ったウェイトレスにおかわりを催促すると少し眉を顰められる
そりゃ会合に参加もせずにただ飲んだ暮れているだけだからお酒を出すのも気が進まないのであろう
だからとりあえず気持ちとしてポケットから1万円札を取り出して若い男のウェイトレスの胸ポケットに入れた
すると人間はやはり現金なもので、先程まで嫌そうな顔をしていたのにすぐに笑顔になって愛想良くなる
ポン、と背中を叩いてやって業務に戻らせると新しいグラスを口に運んだ
「お兄さまはまだ未成年でしょう」
「……おぉ、瞳子。君も来てたんだ」
突如自分より少し下の位置から声がかかって視線を下ろすと、
縦ロールがインパクトの強い祥子の親戚が居た
瞳子も小笠原の親族なんだからこういう会合に参加しているから出くわす事なんてしょっちゅうだったので別段驚きはしない
「先程から見てまいりましたけれど、何杯目ですの?いい加減にしなさならないと言いつけますわよ」
「ふふっ、誰に?」
「祥子お姉さまにですわ!」
「何で祥子なのさ」
「お兄様を操れるのは祥子お姉さまだけですもの」
「なるほど、つまり私は猛獣で祥子は猛獣使いって訳か」
咽の奥を震わせながら笑うと、瞳子は眉間に皺を寄せて私を睨み上げてきた
この子は秩序に僅かでも反した事を嫌う真面目なタイプの子だから
全く、まだ中学3年生なのにこんなに硬くていいのか
今の時代じゃ珍しい子どもだ
祥子もそうだけど…お嬢様は硬くて時々困る
「はいはい、そろそろお開きにしますよ。瞳子は1人なの?」
「それが望ましいですわ。ええ、祥子お姉さまがいらしていると聞いて飛んで参りましたの」
「其処に僕は入ってないのかな」
「…一応入れて差し上げても宜しくてよ」
「それはご光栄なことで。嬉しいよ、瞳子殿」
自分より小さな女の子に、は手を取り口付けを送る
瞳子はいくら誇り高く居てもやはり年相応の女の子らしく頬を染めてそっぽを向いた
「お兄さまはこんな所で1人で良いのかしら?祥子お姉さま方のお側に居なくて宜しいの?」
「お金持ち達の会合はどうすれば良いのか判らなくてね。お声がかからない内は遠くで見守ってる方が良いと踏んだのさ」
「ならば私とあちらで踊りませんこと?」
「……良いね、お嬢様。お手をお取り願えますか」
ふさけを込めて膝を床に着き、瞳子の手を握ると可笑しそうに笑いながら頷いた
身体の小さな彼女が人混みに潰されてしまわないように守りながら一部の人々が踊っている場所へ出る
ふと、祥子と清子さんと目が合ったけれど瞳子に呼ばれて直に目を逸らした
軽快な音楽に合わせてリズム良くテンポを取りながら、
ふとある事を思い出した
社交ダンスとかも教えてくれたのは祥子だった、と
泊まりに行ったときにあるキッカケで2人で笑いながらダンスを伝授して貰ったんだ
教えて貰ったそれを清子さんに見せるととても嬉しそうに凄いと褒めてくれた
…祥子と清子さん
きっと僕は2人のうちどちらかが欠けていても今の僕は存在しないんだ
「お兄さまっ!!」
「え?」
そんな事を考えていた僕の耳に瞳子の劈く声が響く
慌てて瞳子の指す方向へ目をやると、其処には祥子が青い顔をしていた
よくよく見れば先程まで清子さんと2人で会釈していた老夫婦の息子なのだろうか、
その男に肩を抱きかかえられて何か至近距離で話しかけられている
清子さんはその老夫婦と話しこんでいて気付かないらしい
気付けば瞳子の手を振り解いて人混みをかき分けながら走っていた
足を踏まれた人や押された人達がブツブツ文句を言うのが背後で聞こえてくる
静かなパーティ会場が突然不審な騒ぎに包まれたものだから人々の目が自然とこちらに向かってきた
当然清子さんの目もこちらに向けられていて
……恋人の目の前で他の女性に駆けつける、っていうのはきっと犯しちゃいけない事なんだと思う
でも、祥子は――――――
「祥子!!」
「あ………?」
祥子の肩を抱きかかえていた男の身体と祥子の間に割り込んで代わりに肩を抱く
ずっと床を見つめていた祥子が顔を恐る恐る上げて私を確認した
それから、張り詰めていた顔は急激に緩やかになって私のシャツの袖を掴んでくる
「っごめん、ちょっと目を離していた隙に…」
「いいの、それよりもちょっと此処から連れ出してくれない…?」
今にも泣きそうな顔で縋ってくる目の前の親友が、
堪らなく胸を締め付けてきて
公衆面前だとかそんな事お構いなしに僕はその細い身体を抱きしめていた
「ちょっ、君!何だい?彼女は…」
「煩い、退け。祥子は僕のモノだ、お前なんかに触れる余地はねぇよ」
「な…っ、君は育ちが良いとは言えないな。そんな人間に祥子さんを自分のモノだと言う資格は無いんじゃないか」
「………もう、いいから。退いてくれないか」
「……っ!?」
湧き上がる怒りのせいで言葉が汚くなってしまい、
その頭の働かない男に殴りかかりたい気分になってきた
けれど祥子が力無く裾を握っているからそんな事出来なくて
一息吐くとそんな怒りもいつの間にか落ち着いていて、
言葉も落ち着いたせいで先程と雰囲気の変わった僕に戸惑う男の肩を押して会場から出る道を作った
「祥子、ほら行こう」
「…ええ」
「君」
祥子の身体を抱きかかえたまま足を踏み出した時
背後から尤も聞くのが怖かったその声が聞こえた
その顔を見るのが怖くて、振り向けなくて
そのまま動き出した足を止める
「祥子、外で休ませてきます」
「……お願いね」
「……………」
彼女は大人だ
きっと僕が他の沢山の女性達と肌を重ねているなんて言っても嫉妬なんかしないんだろう
そう思うと、僕の心は乱れてくる
乱れてきて、狂いそうだ……
どうしてこんなに心が疲れる恋をしているんだろう、僕は――――――――
「、どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?」
「……何でもないよ、多分…疲れているんだ」
「どうしてそんなに泣きそうな顔をしているんですの?小母さま」
「……あぁ、そんな顔をしていたのかしら。疲れているのね、私も」
next...