鞄にTシャツを詰める
そして全て仕舞い終えた事を確認してから改めて自分の荷物の少なさに苦笑した
咥えていた煙草を指に挟み直して、
時計を見ると後30分程で約束の時間になる
明るい髪を後ろへと掻き上げてそのまま野球帽を深く被る
この生まれつき明るい髪のせいで街中を素で歩くと注目を浴びて仕方ない
夜の街では金髪に染めている人も居るからまだしも、
子どもや老人も沢山居る昼間何も被らずに歩くと後ろ指を刺される
前には何処かの有名人だと間違われ女子高生10人くらいに囲まれ困り果てた経験もある
だからそれ以来学校に行く以外はベレー帽やらニット帽、野球帽を被る事にしている
お陰で部屋の中には帽子のコレクションが沢山あるものだ
「さて、行くか」
リュックを肩に背負い、
携帯電話をポケットに捩じ込む
ドアに鍵をかけて1泊の間無人になる我が家に軽くコンッと拳を叩きつけた
「いってきます」
先程携帯電話に沢山の着信が来てた
鳴り続く呼びかけに応答する事はなかったけれど、
画面を開いて誰からなのかは確認した
……優兄だった
祥子の従兄であるあの男
どうしてあいつからこんなにも無礼に何度も掛かってきたのか、気にはなった
でも此れから私は彼らに、祥子を裏切る行為をするのだから
掛け直そうとも思わなかった
何だか胸を嫌な予感が過ぎる
どうして今日の風はこんなにも落ち着かないんだ
どうして、今日に限ってこんなに寒い?
僕は、リズムの崩れ始めた音楽の中で1人だけ踊っていたんだ
何も知らずに―――――
詳しくは話していないけれど、セバスチャンが別荘まで連れて行ってくれるとは聞いていた
でも僕は駅前の本屋で雑誌を買いたかったから迎えに来て貰うのは駅と約束する
時間になっても、セバスチャンは来なかった
さすが小笠原家の使用人というだけあって時間には厳密な彼が珍しい
其れでも僕は待ち続けた
針が半周しようが、1周しようが
駅の柱に寄りかかって行き交う人々を見つめながら待ち人が来るまでの時間を只過ごしていた
短い針が1週した
僕は駅のロータリーを何気なく見やった
すると、やたらと目立つ車が丁度停まるのが見えて
朝から忙しなく胸を過ぎっていた不安が一気に押し寄せて来る
広げていた雑誌を丸めて持ちやすくし、
足早にその場を去る
革靴がコンクリートの床に当たる度にカツカツと音をたてる
灰色のサングラスをしているせいで余計目立ってしまう僕を擦れ違う人々が振り返って改めて見る
けれど僕はそんな事お構いなしに家へ続く道を歩き続ける
が、突如腕を掴まれて歩みを止められてしまった
サングラス越しに見る彼は珍しく非常に怒った顔で僕を見据えている
「……何、優兄」
「…伯母さまは来れなくなった、訳は君だ」
「…はぁ?」
深刻な顔で優兄は僕の両肩を掴み、
真っ直ぐ見つめ合わせる
僕は何故か恐ろしくなって
世の中の全てが恐ろしくなって
周りに居る人間全てが僕を陥れようとしているように思えて仕方ない
優兄は、僕の肩を掴む両手に力を入れる
「痛い…」
「今小笠原の家は君のせいでとんでもない事になっている」
「……優兄、痛いよ。離して…」
「此の収拾は君が付けるべきもの、そうだろう?」
「…何が何だか判らないよ」
「責任を取って、僕と一緒に小笠原の家に行こう」
そう言ういなや、優兄は僕の肩を抱きかかえて真っ赤な車の方へと向かう
僕は只放心したまま彼に押される
僕は、清子さんと一緒に別荘に行く筈だった
1泊だけ2人で一夜過ごしたいという僕の願いを清子さんは聞いてくれた
だから僕は昨日から楽しみで眠れなかったのに、
当日になってみればセバスチャンは現れないし優兄には凄い剣幕で詰め寄られるし…
あぁ、もう僕の世界は終焉の曲が流れていたんだ
其れに気付かずに僕は只1人ステップを踏みながら踊り続けていたんだ
滑稽だ
情けない
此の曲が流れ始めている事に清子さんも、祥子も…皆気付いていたんだ
恐らくボスイエローも
後方から見守っていたボスレッドも、
きっと僕以外の人間は皆気付いていたんだ
…何て馬鹿らしい
僕は1人終焉の曲を明るく踊っていたのか
清子さん、僕はそろそろ潮時かもしれない
だから貴方に明かすよ
僕の正体を
僕の存在意味を
僕の、生まれた訳を……
「優兄、1つだけお願いがあるんだ。…優兄は大人になっても絶対に妻以外に外で恋人を作らないで」
「……安心してくれ、僕は女性を泣かせる事だけはしない」
「そっか、なら安心だ………約束だよ、優兄」
「…………、君は…」
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