僕は、生まれた時から人から疎まれる環境に生まれた


僕の暮らす街の片隅には社会から省かれた人ばかりが暮らす所で






そんな場所で母とあの人は出会ったというのはほとんど奇跡に近いだろう


あの人と母は別の世界の人間だった












そのまま出会わなければ僕はこんな事に巻き込まれる事もなかったし、
むしろ生まれないで済んだのに……











ねぇ、あんたは知ってるかい?


あの人が僕に生まれた時から毎日言い聞かせてきた事
きっと其れを知ったら苦い顔をするだろうね







あんたは死ぬ間際まで母さんを縛り付けていた


死ぬまで母さんは、あんたを想っていた

あんたの事ばかり口にしていた




死ぬ其の時に呼んだのは、僕じゃなくてあんただった









僕は、愛された事なんて1度も無かった










だから心地良かった





1つだけ母さんとあんたに感謝できるのはこの顔に生まれたこと


そのおかげで万人に愛された

興味を持たれた





だから食べていくにも困らなかったし、



常に傍に誰か居てくれたから寂しくなんかはなかった










でも、寂しかった

凄く凄く心は寂しくて
身体を数え切れない程の人々と重ねても心は満たされなくて






そんな時に彼女に出会った

世間を知らない純粋無垢なお嬢様である祥子は、とても輝いて見えた


きっと羨ましかったのかもしれない




家庭にも

友達にも

環境にも


全てに恵まれていた祥子が羨ましかったのかもしれない










それと同時にあの時の言葉が蘇えった


母さんが僕に言い聞かせてきた事









僕は、その為に祥子を利用した


金は余る程あったからそれを使ってリリアンに転入した














最低だね





僕は祥子にわざと近づき、

祥子に興味を持つフリをして、

祥子の心を掴んだらそっと離れる









僕は、祥子を


祥子の綺麗な心と想いを利用して……










あの家に潜り込んだ














全ては上手くいった、と思ったのに










予想外の出来事が起こってしまって僕の冷え切った心を再び煮えたぎらせる



こんなに恵まれた環境に居るのに只独り涙を流す清子さんを見て

ああ、この人も一緒だと思った





この人も、僕と同じ被害者なんだって



















だから守ってあげよう



僕はあの人に復讐をする

そして同時にこの人を守って此処から連れ去ってあげよう












そう……思った―――――――



















































「やぁ、こんにちわ。祥子」









何時も通りの口調で右手を上げて、挨拶をすると

リビングは案の定ピリピリしていて祥子はもっとピリピリして此方を見る



けど僕は気付かないフリをしてわざとらしく小首を傾げた











「あ、ごきげんようの方がしっくりくるか。祥子の場合は。………何?何か怒ってるの?」


……っ、貴方っ…!!」


「はい、どうどう。落ち着いて」











凄い剣幕で詰め寄ってくる祥子の両肩を軽く叩きながらドアから離れるように、
リビングの中央へ向かう

そうする事で後ろで詰まっていた優兄がリビングに入る事が出来る



ちらりと目を窓際に寄せると、
清子さんは大きなソファの上で静かに座って此方を見ていた




その真っ直ぐな瞳が痛くて直ぐに目を逸らして祥子を見る

















「信じられないっ……」


「さっちゃん、とりあえず落ち着いて座ろう?も困っているじゃないか」


「いいえっ、優さん。は、判っててこういう態度なのよ!」


「まぁまぁ、さっちゃん。優兄の言う通りだよ、座ろうじゃないか」


「貴方は何処まで私を馬鹿にするの!?ずっと、ずっと判っていて私を嘲笑って居たんでしょう!?」


「……祥子、座ってくれないか」


「…っ、貴方は……!!」


「座ってくれって言っているのが判らないのか」















声を抑えて低めに言うと、

祥子は一瞬身を怯ませてから静かに清子さんと向き合う様に座り込む



僕は優兄と目配せをしてから自分達も座る

清子さんの隣に座る僕を見て、祥子は眉間の間の皺を深くさせた




けれど今は僕は此の場所の方が正しいんだろう


いつも祥子の傍に居た




でも、今は傍に居るべきは祥子の隣じゃない













「……さて、何処まで知っているのかな」


「全てだよ、。全て叔母さまから聞いた」


「…………何故?」


「突然出掛けると言うからね、不審に思った家政婦から連絡が来て。さっちゃんが逆上して問い詰めたら静かに話してくれたんだ、君と別荘に泊まりに行くと」


「…清子さん、どうして話したの?幾らでも誤魔化せたんじゃないか、貴方なら」














僕が何時も祥子の前ではしなかった呼び方に祥子は俯いていた顔を勢いよく上げて僕を見つめる

けれど僕はその視線を無視して隣に座る清子さんの顔を見た


清子さんは此の状況に決して焦る事もなく只静かに僕の顔を見返してくる

















「もう潮時だと思ったのよ、君」


「…言ってる意味がよく判らないよ」


「何時までも私達は一緒に居られないわ、私が貴方に求めるものと貴方が私に求めるものも違ってきている」


「何言ってるんだ、僕はあの日から少しも変わっちゃいない…」


「いいえ、君。貴方は…もう私を見ては居ないわ、1人の女性として私を」












祥子の隣に座ってこっちを見ている優兄と、

祥子


そして扉の所に立っている数人の家政婦達

その中に静かに佇んでいるセバスチャン






皆の視線が痛くて

僕はだんだん心がざわめいてきた













「ねぇ、君。もう…終わりにしましょう?」


「……納得出来ない」








もう目の中には映っていない美しい人

その人の顔を見るのが怖くて顔を窓に背けているのは僕だけど



僕は…凄く怖かった







全てが終わりを告げるのが








そしてその終わりは扉が開かれる音によって音色を奏で始める


























「只今、祥子、清子、優……君が君だね?」









「お帰りなさい、貴方」


「お帰りなさい、お父様」


「お帰りなさい、叔父様」












その大きな扉から入って来た人物は微笑みを絶やさずに室内を見回してから、

僕を視界に捕らえると近寄ってきた




















僕の心はあの言葉を繰り返し響きだす


















此の人に会いたかった



ずっと、会いたかった














僕は掛けていたサングラスを外して立ち上がり、小笠原融に向き合うように立つ




背すじを伸ばして


只その笑みを崩さない卑屈な顔を睨む

真っ直ぐに、その顔を忘れないように目に刻む




















「はじめまして、です。以後お見知りおきを」



















「…出来事は優から聞いているよ、どういう事か説明して貰いたい。こう見えても僕は凄く怒っているんだ」



「ええ、判ってますよ。貴方の怒っている顔はそっくりだと言われていましたから」



「其れは賢明だ。助かるよ、こう見えても感情を顔に出す訳にはいかないんでね仕事上。そっくりだって?何とかな?」



「僕もそうですから。仕事上…いえ、育ちもあるかな。僕も顔に感情を出せないんですよ」



「……君の言っている事は要点を捕らえてないから理解が難しいな」



「其処も貴方にそっくりだと言われて育ちました。どうやら嫌でも貴方にそっくりらしい、僕としては心外だが」















そして、僕は言葉を止めてジッと小笠原融の目を見つめる


瞬きをする事も許さずに僕は只ジッとその瞳を見つめる





ソファに座ったまま僕と小笠原融を見つめている3人も、
入り口付近で立ち竦んでいる小笠原家の世話人達も、


息をするのも忘れたかのように僕達2人を交互に見渡していた










そしてしばらく痛い程の沈黙が続いた後、

小笠原融がふいに口を開く






その顔は驚きに満ちた顔で


半ば疑惑を伴っていて






僕の瞳を只見つめていた






























「君は…何処かで会った事がある……違うか…?」














「やっと思い出したか?小笠原融。此れじゃあ死んだ彼女も浮かばれないだろうね、大好きなあの方が自分を思い出してくれないんだから」




















その言葉に満足して僕は口角を上げて小笠原融の顔を見上げる

そんな僕の表情にさえ見覚えがあるようで、目の前の人物は更に驚きに目を見開いた























「そうだ、僕はあんたが遊びで付き合った女性の1人ケリーの1人娘」









「…っケリーの……?」























「此処まで言えばもう判るだろう?あんたも其処まで馬鹿じゃない」






















手に持ったままのサングラスを頭上に掛けてから、


室内をぐるりと見回す








呆けている祥子と優兄と清子さん


同じく呆けている世話人達、そしてセバスチャン







最後に、小笠原融を見て


僕は口を開いた



























「僕は祥子と腹違いの姉妹だよ、つまりあんたの愛人であるケリーの子ども…あんたの実の子どもにあたる生き物さ」














































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