「何…言ってるの?…私と貴方が腹違いの姉妹だなんて……」















震える声でそう言う祥子の顔を振り返ると、

少しだけ罪悪感が増した




僕は、知っていた


祥子は、知らなかった






なのに祥子は僕に想いを寄せていて

なのに僕は其れをはぐらかしていた











僕はもう笑うしか出来なかった

だって、僕はもう…唯一の心の支えであった清子さんに拒否されてしまったから








ずっと立ち続けていた気持ちが一気に崩れた感じで

もう………何も他に感情が沸き起こらなかった
笑うしか、なかった















「ごめんね、祥子。僕が君を受け入れなかったのはこういう理由があったからなんだ」



「そんな…っ、私は………」



「今だから言えるけど、君に近づいたのは君の父親に会うためだった」



「………、お願い…嘘だと言って……」



「でも思った以上にこの男は多忙でなかなか会う機会が持てなかったし、予想外の事が起こりすぎた」

















俯いて涙を流してしまった祥子から、

その向かいにいる清子さんへ目を向ける




そして笑いかける














もう、僕は素顔になる事を止めよう


それは余りにも脆くて

無防備になってしまって

傷ついてばかりだから…




僕はもう仮面を脱がない
例えどんなに大好きな人だとしても












「清子さん、貴方はこの男を恨んでいると思ってた」


「…君」


「だから、心から貴方を愛せた。救いたいと思った」


「……」


「でも貴方も結局はこの男しか見えてないんだね、母さんと同じように…」
















手にしていた帽子を掴んで、その先っぽを小笠原融の胸に突きつける

しばし放心していたその男は僕の顔から母さんの面影を探し出しているのか、
何も言わずに突っ立っているだけだった



















「母さんは言っていたよ、僕に生まれた時から。『貴方はあの人に復讐するために生まれきたんだからね』って…僕はずっとあの人ってのはあんただと思っていた」


「…………っ」


「でも違うんだって事、最近知った。あの人ってのは清子さん、あんたの正妻だったんだ。あんたが妻ある身で遊ぶせいで傷ついた女達が何人居ると思う?」


「……君……僕は」


「清子さんと僕が付き合っていたって事を聞いて、あんたは何て言った?『こう見えても怒っている』?」


「…」


「ふざけんな、何であんたは浮気しても良くて…清子さんは浮気しちゃいけないんだ」


「………すまない」


「…っふざけんな!!何であんたなんかにっ…あんたなんかに僕はいつも大事な人を奪われなくちゃいけないんだ!!?」
















帽子を投げつける

バシッと音を立ててから、床に落ちるまでがスローモーションのように見えた














もう泣かない




もう2度と迷いはしない







もう感情的にはならない


















だって悪いのは全てこの人間だから


この男だ










僕が1番愛して欲しかった人に愛されなかったのは、こいつのせいだ




















「さて、茶番は終わりだ。見てな、小笠原融。僕はこの先死ぬまであんたを陥れ続けるよ」













前髪を掻き上げながらサングラスをかけて、

生きてきた中で1番深い笑みを見せる







呆然としている家中の者を残して、僕は小笠原家を後にした












外は、雨だった



あぁ、そうか

あの日も雨だった








母さんが死んだ日も

清子さんに出会った日も



…清子さんと別れた今日も





全てを明かして終らせた今日も














ずっと雨だった

僕の心の中はずっと雨が降り続いていた















何時になったら僕の心は晴れ続ける?








薄暗い空を仰ぐ

水の粒達が顔を目掛けて落ちてくる







まるでお前は無様だと言っているようだった


























「情けないな、僕は。こんなやり方でしか生きれないのか…」




















































家に帰った後、寝室の窓から静の部屋を見た



その部屋は明かりが付いていてカーテン越しに静らしき人物がベッドの上で本を読んでいるのが見える

薄暗い僕の部屋

少し手を伸ばせば其処は明るい世界なのに



僕は其の手が出せずに黙々と着替えて布団に潜り込む










明日から、僕は勝負に出る

この日のためにいろいろと準備をしていた





あの男を奈落の底まで突き落とすために、


僕は身を粉にして準備を進めていた




















「ちょっといいかしら?」


「…貴方のお出ましか、ボスレッド」












にやりと笑うと、彼女は微笑み返してきた
そして踵を返して廊下に出る


僕はノートパソコンの入ったケースを手にその後を追う



しばらく付いていくと屋上に出た

予想通りだった事にほくそ笑んでから、フェンスに寄りかかって座ってからノートパソコンを開く











「…何しているの?」


「……小笠原の会社の株を荒らしているんですよ」


「…………本気なのね」


「もちろん」










隣に座るボスレッドから、缶珈琲を差し出されて

一言礼を言いながら受け取ると彼女は自分の缶を開いて飲みだす



しばらく沈黙が続く中、僕がキーボードを鳴らす音だけが屋上に響いた














「…はぁ、私は……貴方と小母様がお付き合いをしているのを知っていたわ」


「それは驚きだ、一体全体どうしてか訊ねても宜しいかな?」


「ロサ・カニーナに聞いたのよ」


「……静が?まさか、静が口外するとは思えないんだが」


「以前2人で話した時があったの、貴方の隣人だと聞いていろいろ相談したんだわ」


「何を?」


「祥子と貴方が上手くいって欲しい、その応援をしているってね」


「…本当にお人好しだな」














ボタンを1つ、強めに押すと

全て終了だというメッセージが現れた



其処で僕は大きくため息を吐いて珈琲を飲みながら画面を見つめるだけの作業に没頭する


















「………残念ながら僕は清子さんとは別れたし、祥子とはくっ付かない運命にあたるんでね」


「どういう事か、今度はこっちが訊ねても良いかしら?」


「答えられないと言ったらフェアじゃないからね、答えるさ。僕はもうあの家には近づかない」


「…つまり?」


「つまり、否近づかないというより近づけないという形容が正しいかな」


「なるほどね」


「さすが、ボスレッド。察しが早い」














微笑むと、隣で彼女も小さく笑うのが聞こえた


仰ぐように珈琲の中身を一気飲みしてから傍に置く
コンクリートとアルミの缶がぶつかる音が心地よく響く



画面の中でグラフは少しずつながらも確実に下がっていく
僕の思惑通りだ


全てが順調にいっているように思えて、嬉しかった

その喜びは心が何処か虚しいものだったけれど
















「もう1つだけ訊ねても宜しいかしら?」


「答えられる範囲ならね」


「貴方は何を望んでいるの?」


「…………」


「清子小母様を取り返すこと?」


「…………」


「亡くなったお母様に振り向いてもらうこと?」


「…………」


「祥子に心から愛してもらうこと?」


「……残念ながらどれも違うんだな、これが」


「…なら、答えてみなさい」
















「小笠原家の崩壊、滅却…そして僕がこの世界で輝ける環境を造ること」
































風が1つ

屋上に舞った









画面から顔を上げて、

隣を見ると



ボスレッドは静かに微笑んでいた











ふと目が合うと、彼女も顔をこちらに向けて呟く





























「貴方は可哀想な人間ね」



















「…そうだね、僕は愛される悦びを知らない可哀想な人間だ」



「そう思っている事自体が可哀想だと言っているのよ?判らない?」



「……だったら貴方が僕の寂しさを埋めてくれるというのか?」



「悪いけど大事な妹の想い人を奪う程悪趣味じゃないわ」



「もう想い人じゃないよ、僕は祥子の」



「祥子は…そう簡単に自らの想いを覆せる程器用じゃないわよ」



「……教室に戻るよ、じゃあねボスレッド」

















パソコンを閉じて、ケースに仕舞うと僕は足早に校内へ続く階段へと向かう

背後でボスレッドの声が聞こえたけれど、
振り返る事はせずに



また心に1つの壁を作っていく





己の思いを押し込めていく


















笑おう

僕は世界中を敵に回しても
孤立したとしても




独り笑っていよう









そうすればいつかきっと…







きっと…………―――――




































「何かさ、雰囲気変わったよね」


「突然何さ〜、令」






屋上からの帰り道、廊下で鉢合わせた令の第一声に

僕は苦笑しながら久しく会う友人の肩を叩く


けれど令はいつもみたいにヘタレてよろける事も無く
真剣な顔つきで僕の顔を見渡してくる


もともと身長が同じくらいの2人だから

リリアンという女の園の中で僕等が真剣に向き合っていたら迫力があるのだろう



廊下で佇んでいた生徒達がちらちらとこっちを見てくる

何時も以上に見てくるのが背中で感じ取れた















「祥子を、あんなにしたのはなの?」


「…あんな、ってどんな?」


「ふざけないでよ、私は真剣に言ってるんだよ。祥子は私の大切な親友だからね」


「あら、此処でも僕は悪者扱いか」


「そんな事誰も言ってないじゃない、少なくとも君に心当たりがあるんだったら…」


「断る。祥子にはもう関わらないと決めているから。令が何とかしな」


「関わらないって…其れが祥子をあんな状態にしているんじゃない!」


「……令、世の中にはどうにかなる事とどうにもならない事があるんだよ」













最後に軽く、もう1度だけ肩を叩くと

令は放心したようにその場に立ち尽くしてしまった



僕はそんな友達を放って、教室へ戻ろうとすると


そこで肩を掴まれた













ぱんっ















後方へ引き摺られたかと思うと、

頬に鋭い痛みが走った



さすが運動部所属というだけあって、

今まで沢山の女性達に殴られもしてきた僕でもよろけてしまう






誰かが息を呑む声を最後に廊下は静まりかえった


そして同級生達はただひっそりと僕と令を見守っている


















「……ったぁ…何するの、令」


「…っ祥子を、あんなに穏やかな顔にさせる事が出来るのはだけなんだ」


「……そんなの誰にでも出来るよ」


「違う!祥子は何時も神経を張り詰めていて見ているこっちが辛くなるくらいだった…でも君の前でだけは」


「買い被りすぎじゃないか」












ふと血の味がして、

親指で拭うと血が少し唇の端を流れていた
















「お願いだから、。祥子を…捨てないで」



「……何で皆…っ皆…………」



?」














「捨てられたのはむしろ僕の方だよ、誤解しないで欲しいな」

























廊下の遠くの方で、

見慣れた長い綺麗な髪が揺れるのが見えた















あぁ、僕は



祥子が大切だった









けれど…其れは愛する人の娘だったから


腹違いとはいえたった1人の姉妹だったから




















あぁ……マリア様






1度だけ祈りを捧げよう

こんな時だけ都合が良いと思うかもしれないけれど









けれど…今1度だけ


お願いだ



















僕と清子さんをもう1度だけ会わせて……


























もう僕がした事は引き返せない


小笠原の家は完全に崩落する












でもそれは僕が望んだ事だから




仕方ない


















だから、もう1度だけ……

























もう1度だけ清子さんに会わせて


































FIND THE WAY


 言葉無くても
  飛ぶ羽はなくても


 乱す風に負けぬように


     


     今誰より早く痛みに気付けたなら……





























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