もう日は堕ちていて辺りは真っ暗だ
街中じゃないから、明かりもなく星が良く見える
別荘が少しずつ離れて建つこの山奥にはそれぞれの別荘の前にある小さなランプが光っていて、
山奥への道をポツポツと彩っていた
中でも格別に大きい小笠原の別荘はオープンテラスがあって、
僕と清子さんは其処で紅茶を啜りながら時間を過ごしていた
表に待たせてあるというセバスチャンも呼んで3人で星空を眺めながらティータイム、と思ったけど
セバスチャンは気を使って近くにあるビジネスホテルに泊まると言って行ってしまった
「……このまま時間が止まってしまえばいいのに」
「ふふっ、貴方も可愛い事言うのね」
「意地悪しないでくれないか、今の僕は弱っているんだから」
そう言うと、清子さんは隣で口元を押さえて笑う
僕はカップを口に当てていたから、目で微笑む
都会の空気とは違った、綺麗で新鮮な空気が辺りを漂う
2人用の木製のベンチが杉の香りを醸し出していて懐かしい気持ちにさせてくれる
「……清子さん、今日呼んだのはね。昔話を貴方に聞かせたかったからなんだ」
「…そう、聞かせて頂くわ」
「うん、聞いてやって。只の子どもの戯言だと思って」
「いいえ、ちゃんと心に留めておくわよ。貴方が初めて真剣に向き合ってくれるというんだもの
「有難う」
くっ付き過ぎず離れ過ぎず
これくらいの距離が丁度良いのだろう
もうあの頃じゃない
1人の女性と子どもなんだから…
僕は初めて清子さんの前で、煙草をポケットから取り出した
初めて、煙草を口に咥えて火を点ける
少し驚いて目を見開いている清子さんに、煙草を指に挟んで微笑みかける
「少し長くなるけど、いいかな?飽きたらいつでも言ってくれればいいから」
「大丈夫よ」
深く煙を肺の奥まで染み渡らせてから、
星空を見上げた
空は何処までも澄んでいて、
僕は僕の存在がとても小さく見える
僕なんて世界から見たらとても小さな人間なんだろう
僕が生きてきた半生なんて、
何でも無い事なんだろう
でも、僕は生きてきた
傷ついてボロボロになりながらもこの広い世界を生きてきた
だから今こそ誓おう、貴方に
僕は、父親なんてものを知らなかった
僕にはお母さんが世界の全てだった
お母さんはいつも微笑みかけてくれた、僕は其れが愛だと思っていた
でも…お母さんは僕を見ていたんじゃない
僕はお母さんの好きなあの人にそっくりだったから、
だからあの人を僕に重ねて
自分だけの物に出来た事を喜んでいたんだ
其れに気付いたのは母さんが亡くなる前で
1枚だけ見せてくれた母さんとあの人の写真
其れを見て幼い僕は絶句した
全てが、裏返った
全てを、悟った
清子さん、貴方もそうだろう?
きっと祥子もそうだ
あの人見知りな祥子が僕には呆気なく心を開いた
其れは僕が自分の父親に、そして優兄に似ていたからだ
だから僕は…ずっと小笠原融が憎くて
憎くてたまらなかった
僕を見てくれる人間なんてこの先何処にも存在しない
どうして僕はあの男の子どもなんだろう
どうして僕は、小笠原の子どもに生まれなかったんだろう
どうして僕は、小笠原融の愛人の子どもなんだろう…
そう思っていた
ずっと
僕は生きていくためには、身体を売らないといけなかった
初めて僕を買ってくれた男は代金として白い握り飯を1つくれた
今思えばあんなコンビニのおにぎり1つでくだらないと思うけど
それでもあの頃はたった1人拠り所だった母さんが死んで、
食べる物も住む所も何も無くて
それだけが大事で
欲しくて欲しくて仕方なかった
だから、僕は生きるためにゴミ溜めみたいな街で身体を売っていた
小学校も中学校も行っていない
でも義務だったから卒業証書だけを受け取りに行ったくらいだった
高校など行かないでほとんど働いてた
だからそこ等辺のサラリーマンよりもお金はあった
そのお金で、やっと見つけた祥子に近づくためにリリアンに転入した
遠くから見る祥子は輝いていた
常に周りに人が居て
祥子を妬む時もあった
僕はこんなに暗い道を歩いているのに、祥子は明るい道で皆に笑いかけられながら歩いていける
羨ましかった
でも清子さん、貴方に会ってからそんな考えは反転した
本家の人間で何不自由しなくても幸せとは限らないと
清子さん、ずっと考えていた
どうしてこの世界には幸せな人と幸せじゃない人の2つしかないのか
どうして清子さんは僕を切り捨てたのか
その意味が…少しだけ判った
あれだけ考えても判らなかったのに、
こうして話すために過去を整理していた時
少しだけ判った
隣に座って、
泣きそうな顔で僕の顔を見ている清子さんの顔を見る
そして、微笑む
「僕は貴方に、母親の影を求めていたんだね…」
「…ええ、貴方はいつしか私に…母の温もりを求めるようになっていたわ」
「そっか、ごめん……僕は…」
「いいのよ、私も貴方が愛しいわ。子どもとして」
「じゃあ、僕達はもう…1人の母親と子どもだね」
「ええ、…何時でも小笠原家に来なさい。美味しいオムライス作ってあげるわよ」
「うん」
清子さんの微笑む姿が
懐かしい鼓動を運んでくる
ずっと、この眼差しを求めていた
お母さん、僕は…貴方に見て貰えなかったけど
僕は貴方が大好きだったよ、お母さん
僕を産んでくれて有難う
そして
さよなら、清子さん
貴方に会えて良かった
清子さんは紅茶を一口飲んでから、
僕の手から短くなった煙草を取って再び微笑み
こう言った
「祥子の親友としてなら大歓迎するわ、だから祥子の事ちゃんと責任取ってね。私は祥子の母親だもの」
FIND THE WAY
輝く宇宙に
手は届かなくても
響く愛だけ頼りに
進んだ道の先光が見つかるから……
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