嗚呼、どうしてだろうか
嗚呼、あの桜の木は今もあの場所に孤独で聳え立っているのだろうか
嗚呼、今でも鮮明に思い出す
貴方の笑顔を――――――
初めて出会ったのは今から何十年も昔で、
付き合いだしたのは今から何年も昔ではなくて
そして別れたのはつい此の間の事
私の顔を見ずに背を背けて淡々と言葉を発する彼女は
私の思い過ごしかもしれない、けれど泣いていたような気がする
でもいいんだ
きっとアイツが、彼女の上司であるアイツが慰めてくれるだろう
思えば昔からアイツには大事なものばかり奪われていた
否、正確には私が大事にしているものをアイツも欲しがってしまう
だから私は身を引いて譲ってきた
彼女の大きな胸に抱かれて眠っていた時、彼女は其れを聞いて可笑しそうに笑う
『随分と優しいのね』
だから私は不貞腐れ顔でこう答えた
『優しくしたい訳じゃない、只そっちの方が良いと思ったから身を引いてるだけ』
『……貴方も不器用ね、もう少し貪欲になればいいのに』
『煩い、寝る』
『はいはい、おやすみ』
何時だって彼女は大人だった
大人気ない私を、いつも宥めてくれる
だから其れも苛ついていたのかもしれない
だから、私は別れを告げた
『もう別れよう?』
『…其れはお願い?其れとも命令?』
『………命令』
『……そう、判ったわ』
『でも1つだけ覚えてて。大好きだよ、昔と変わらず』
『反則じゃないの、其の言葉は』
『偽りじゃない、乱菊』
『…ありがと、』
同じ部屋に居たアイツが今頃彼女を慰めているのだろうか
そう思うと胸がチリチリ焼け付く
仕方無い事なのに
こうなる事を望んだのは自らなのに
どうしてこんなにも我侭なんだろう
そんな自分に自己嫌悪
どんなに辛くても
寂しくても
決して涙なんか零れない、溢れてこない自分に
更に自己嫌悪
1人の布団が、こんなにも寒いものだなんて知らなかった
むしろ懐かし過ぎて、こんな寒い所で毎日過ごしてきたというのが信じられない
…否、ずっと独りだった訳じゃない
あの子が、居た
何時からか、とても大事な大事なあの子が毎夜布団に潜り込んできて気付いたら隣で寝ていた
『お前は子ども体温だから温い。お前の側はとても気持ちが良いのだ』
『子どもって…そんな変わらなくない?つぅか私の方が年上なの知ってるかな?』
『変わるとも、精神年齢というものがこの世にはある』
『じゃあ150歳のお婆ちゃんって呼んでもいい?ちなみに私は160歳のピチピチ女子』
『…なるほど、殺される覚悟はあるようだな』
『ゴメンナサイ』
『ふっ、其れで良い』
『……ふふふっ…』
乱菊とは正反対の漆黒の髪が、大好きだった………―――――――
「!」
「…何」
背後から近寄ってくる霊圧で、誰なのかは判っている
けれどその霊圧からしてかなり怒っていると言う事もとうの昔に判っている
は足を止めて、振り返りはせずに返事だけした
「お前、どういうつもりだ。松本は…」
「関係ないだろ、お前には」
「松本は俺の大事な部下だ!例えお前であろうと泣かせるのは許さねぇ」
「…ふっ」
其の言葉に、は鼻で笑う
そしてダルそうに振り返ると、自分より小さな弟の顔を見る
上半身を屈めて、弟の頭に手を乗せた
「じゃあお前が慰めてやればいいじゃないか、大事な大事な大好きな松本サンを」
「……ってめぇ、今度という今度は…」
鋭い目で見上げながら、睨んでくる弟に笑みが深くなる
の腕を自分の頭から振り払うと、少しだけ戦闘体勢になる弟の血の気の多さに笑える
「何、もしかして大人の女性は恐れ多くて慰めの言葉が出てこないと?」
「てめぇ、松本を何だと思ってやがる」
「"元彼女"」
そう言った瞬間、日番谷の手は自分の刀に伸びて素早く引き抜かれる
とっさには自分の刀も引き抜いて構えた
「俺に勝てると思うのか?」
「思うね」
「只の雑魚が、隊長である俺に、か?」
「ああ、思う」
「いい度胸じゃねぇか、!!」
「弱い犬は良く吼える」
「てめぇ!!!」
「やめて!」
「っ!?」
「っ…」
咄嗟に間に入った身体に、日番谷は振り上げていた刀を下ろして
は立ち尽くす
「やめてよ!ちゃんも、シロちゃんも…」
「雛森…」
先日の藍染の事件で、床に伏せっていた雛森がどうして此処に居るのか
日番谷は驚愕に満ちた顔で雛森の顔を見つめる
けれどはそんな出来事にも見向きもせずに、日番谷を見据えていた
「桃…危ないから下がってて」
「嫌だよ、嫌だ。大好きな2人が戦う所なんて見たくないもん!」
「……悪ぃ、雛森…」
「…退け、雛森副隊長」
「…」
「ちゃん!お願いだから止めて…」
「ムシャクシャしてるんだ、誰でも良いから斬り殺したい」
「っ…」
「…」
可愛い、可愛い妹分である雛森の言葉にも耳を貸さずに
は刀を納めようとはしない
その気迫には日番谷もたじろいだ
「ちゃん…聞いたよ、松本さんとの事…。どうしちゃったの?」
「……どうもしない」
「嘘でしょ、じゃなきゃちゃんがそんな事言う筈ないもん」
「買いかぶり過ぎじゃないのか、私は元々こういう人間なんだ」
「っ…ちゃん、刀仕舞って?」
「断る。コイツを斬る」
今のには何も聞こえなかった
けれど、1人だけ
昔もこういう雰囲気になったを落ち着かせる事が出来た人物が居た
彼女の声が聞こえる
『たわけ、斬りたいなら私を斬れ』
勝ち誇った笑みで、
決してが自分を斬る事なんて出来ないという自信に溢れた笑みで、
1つ、に蹴りを入れる彼女
『痛っ』
『目が覚めたか?覚めたら迷惑をかけた皆に謝りに行くぞ』
『え?何で』
『何で、じゃないだろうたわけが!迷惑をかけたら謝る、其れが筋ってもんだ』
『…ふぅん』
『……貴様本当に反省しておるか?』
『全然』
『…はぁ……』
まだまだ子どもだった私が、反省の色を見せなくても
彼女は1回だけ呆れたようにため息を吐いてから
直ぐにまたあの大好きな笑顔を出して私の頭を撫でてくれた
『全く、お前は私が居ないと本当に何も出来ぬのだな』
『君しか信じてないから』
『そうか、仕方の無い奴だ』
急に、頭に昇って来ていた熱が冷めるのを感じる
自分の手に握られている刀を一瞥してから鞘に納める
そして自分の身体に一生懸命抱きついている桃を見て、その頭に手をやる
「どうした?桃」
「…っちゃん…………」
さっきとは打って変わって、優しい笑みを向けるに桃は大きな両目から涙を零してく
もう1度に抱きついて、泣きじゃくる
そんな桃に微笑みながら抱き返す、2人を見つめながら日番谷は眉を寄せた
ふと、緊張が解けたからか倒れこむ雛森をは焦る事もなく落ち着いて抱きとめる
そして日番谷を一瞥すると四番隊隊舎へと向かう
その瞳には、
何も映っていなかった
まるで此処には居ない誰かだけしか見ていない、そんな目で
「やっぱりアンタじゃないと無理なのよ、…朽木」
廊下の影からそんなやり取りを見ていた乱菊は、
日番谷と同じように切なそうな顔をしてため息を吐く
現世で何をしているのか
誰にも従わないあの子が唯一言う事を聞いていた彼女は、
尸魂界から発って随分と時間が流れていた
next...