何時からだったか
ルキアと只の幼馴染として一緒に居る事だけなのが、苦痛になったのは
ルキアに触れたい
ルキアを抱き締めたい
ルキアにキスしたい
ルキアを抱きたい
どんどん邪な想いは膨れ上がっていく
ルキアが段々自分の中で汚れていくのが目蓋の裏に浮かぶ
だから、私は
自分の中のルキアを消すために
乱菊と付き合い始めた
呆気に取られているルキアに、付き合っている事を告白してから3日後
ルキアは現世に再び行ってしまった
そして、今日までも2度と戻ってくる事はなかった
「蝶々貸して」
「駄目」
一刀両断されたはがっくりして七緒の膝の上にうつ伏せる
そんな彼女の後頭部を一瞥してから、両手に抱えている書類に目を通し始めた
仕事中の七緒の卓上は紙の山で、
その机を避けて直に七緒の椅子の側にしゃがんでいる
七緒の膝の辺りの袴を口の周りから除去して、
酸素の取り入れ口を確保すると
ぼそりと呟き返す
「どうして」
「もう1度理由を話してみなさい」
「え?だから、夜一に会いに行く」
「其れで?」
「其れで…う〜ん、よく判んない」
「……そんなので貸し出し出来ると思う?」
「思う」
何の確信も無いくせに頷くに、
七緒はため息を吐いて書類を机の上に置く
そしての頭に手を置いて、真剣な表情で口を開いた
「其の根拠は何処に?」
「さぁ…元恋人としての直感?」
「……良く言うわ、松本さんと付き合っていたくせに私と付き合ったくせに。愛人てところでしょう?」
「でも七緒さんの事はちゃんと想っていたよ」
「其処で"愛していた"とは言わないのが癪にくるわね」
苦笑してみせる七緒に、
は微笑みかけて上半身を起こして立ち上がる
椅子に座っている彼女を見下ろす形になる
「うん、ごめんね」
「じゃあもう1回聞くけど、其の言葉をどうするつもりで現世に行くの?」
「………ルキアに愛しているって言うために行く」
「判ったわ、じゃあ貸し出しの手続きしておいてあげるわよ」
「…本当!?」
其の言葉には目を見開いて詰め寄るが、
七緒は美しい笑みを浮かべたまま頷いてくれる
業務室の中で1人喜んでいるを七緒が見守っていると
部屋の扉が開く
「七緒ちゃんも一緒に行ってらっしゃい、後の事は僕に任せて」
「たっ、隊長!?」
「詳細を話したら、総隊長が許可をくれてね。現世へ任務だ。七緒ちゃんも」
「わ、私がですか?」
「うん、七緒ちゃんと、松本さんと冬獅朗君。後は阿散井君もだよ」
「は、はい…でも任務の内容は……?」
「" の護衛"という表向きになってるけど、まぁ本質は所謂子守かな.。総隊長も彼女に関しては親馬鹿だしね」
「ふっ、ふふふ…子守。確かに」
「気をつけて行ってらっしゃい。七緒ちゃん」
「はい、行って参ります。京楽隊長」
隊長の物静かな笑みに、七緒は立ち上がって頭を下げる
はいつの間にか何処かへ行ってしまったようで、窓が全開になっていた
窓から出入りするの止めて欲しいわね、と呟きながら七緒は頬が緩むのを抑え切れなかった
「おい、花」
「はっ、はい?」
「お前を苛めて快感を得られるのも最後かと思うと寂しくてな」
「…さん、別に最後って訳じゃないでしょう?」
「判らないぞ、もしかしたら向こうでルキアと結婚しちゃうかも」
「……否、無理ですって」
「無理とか言うな、愛があれば乗り越えられないものはない」
「…ハイ、スミマセン」
花太郎の頭に顎を置きながら言うに、花太郎は律儀にも頭を下げる
主は背後に居るというのに
其のお陰では顎から前のめりに引っ張られてよろける
けれど直ぐに嬉しそうな笑顔を出して花太郎の頭に手をやった
「お前は本当可愛いな〜。ルキアとの結婚式には呼んでやるから、な。うん、ルキアと2人の子どもにでもしちゃうか」
「えぇっ!?ル、ルキアさんの!?」
「言っておくが」
「ハイ、手は出しません。滅相も御座いません」
「よし」
死神のくせに背後に悪魔が見えるに、花太郎は頭をペコペコと下げる
意外と往年の付き合いで、結構仲が良かったりする2人は隊舎の廊下に居た
花太郎が囚われていた頃のルキアと初めて会った時、互いに親しく言葉を交わせたのもお互いという共通の友人が居たお陰だったりする
「じゃ、行ってくるよ」
「はい、お気をつけて。ルキアさんに宜しくお願い致します」
「うん、花も毎日四番隊であくせく働けよ」
「ええ」
「んじゃ!」
「はい!」
友達に手を振り、斬魄刀に手をかけて廊下から庭に飛び降りて駆け出していく
其の瞳は愛しい人との逢瀬に向かう恋人の輝きを放っていた
「ルキアさんは、羨ましいなぁ。沢山の人に大切にされていて…」
「前から思っていたんだけど、この地獄蝶どうにかならないもんかねぇ」
「お前は昔から蝶だけは苦手だもんな、百足とか蜘蛛は平気で鷲掴みするくせによ」
恋次が苦笑すると、は黙れという顔で睨みつける
いつの間にか1つの隊が編成されていて、自分と一緒に現世に向かうと聞いた時はおったまげたものだが
其れも面白そうだ、と思えた
第一、ルキアと会って直ぐに言葉を前と同じように交わせる自信が無い
その時に同じ流魂街出身の仲間である恋次が居たらきっと救われるであろう
乱菊も一緒に行くと聞いた時は少し戸惑いもしたけれど、
先程喧嘩したばかりの弟も一緒なのだと聞いて何とか気持ちが乱菊へと集中されなくなった
皮肉なものだ
「まぁ、七緒さんも一緒なのは吃驚したけど」
がそう言うと、ちらりと七緒と乱菊は互いを見やった
そしてふいっと互いに顔を背ける
2人がそんな事になったのは自分のせいだと自負しているは、その場を誤魔化すかのように覚悟を決めて地獄蝶に触れる
いざ、現世へ
いざ、ルキアの元へ
いざ、愛する人の元へ
いざ、参ろうか
「は、私の存在を支えてくれた大事な人なんだ」
「……うん」
呟くかのように紡ぎだされる言葉に、
織姫は切なそうに眉を顰めたままルキアの横顔を見つめて頷く
ルキアは自分の手を夕陽に翳してそっと手の平を開いた
「こうして、太陽を手にする事が出来ぬものかともがく私が居る」
「…うん」
「判っていた筈だ、1度手にするともう2度と手放す事は出来なくなると」
「……うん」
「其れに、誓ったのだ。自分に…そういう感情はもう持たぬと」
「…うん」
「なのに、私はあやつと同じ時間を過ごす程に想いが膨れていく」
「………うん」
「だから此の想いだけでも伝えようと思った矢先であやつは十番隊の松本副隊長と交際を始めたとかほざきおってな」
「……うん」
「でも、其れは只の私の我侭だったんだ。自分の想いを告げるだけ告げて早く自分が楽になりたい、と」
「…うん」
其処まで呟くと、
ルキアは手を下ろして隣に居る織姫の顔を覗き込む
「何だ、さっきからお主は"うん"しか言わぬな」
「……だって、朽木さんとても辛そうだから…」
「案ずるな、私はもう吹っ切れたさ。現世にこうやって戻ってきたのも気を紛らすためだった」
「…でも……さんは朽木さんを助けるために沢山の血を流してきたんだよ?何回も治療したから、判るもん」
「……其れは、恋次もだ。幼き頃からの付き合いで、義理でしただけの事だろう」
「違うよ!だってあの時さんは…本当の弟さん、日番谷隊長にまで刀を振り上げたんだよ」
「私は、格好悪いな。逃げてきて…其れでも奴に纏わり付いている。女々しいったらありゃしない」
「いいじゃない!女々しくて。朽木さんは魅力的な女性だもん…死神である前に1人の女性じゃない」
「有難う、井上。聞いて貰えて良かった」
織姫が泣きそうな顔でそう言うと、
ルキアは静かに笑って礼を告げる
空は、夕陽だけれど
屋上に吹く風はとても冷たい
夏だというのに
この肌寒さは一体何であろうか――――――
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