初めてさんに会ったのは、ある朝の朝礼だった
それまで退屈そうにしていたお姉さま方が騒ぎ始めたのを不審に思い、
そちらへ目をやってみると…
真っ白な髪と肌の
綺麗な灰色の瞳の
銀色に輝く装飾品がとても似合う
彼女が居ました
髪とか肌とか抜きに、
その雰囲気は真っ白で
とても印象に残った
同じクラスになったら今度声をかけてみようかしら、と
壇上に上がってくる彼女を見つめながらそう思っていたら
今度は隣に居た祥子さまと令さまが挙動不審になったから
しばらくその成り行きを黙って見ている事にした
「…?」
恐る恐る声をかける令さまの方に振り返った彼女を見て
お2人は確信を得たのか、
大きな声で叫んでしまわれた
「「!!!」」
何事かと顔を歪めるさんの顔つきは、
時間と共にだんだん緩やかになっていった
「……あ、祥子姉ちゃん?…令ちゃん」
それまで険しかった彼女が纏っていた空気もいつの間にか柔らかくなっており、
いきなりそれぞれの名前を呼びながら抱きついてしまわれた
困惑しているお2人の腕の中で、至極嬉しそうに微笑んでいるさん
何やら話している内容にお腹を抱えて笑っているお姉さま方
その時私が思ったのは、
どうして私があの子の幼馴染じゃなかったのだろうという
ひどく罪深い欲だった…
そして私は勇気を振り絞って休み時間に声をかけたんだわ
今朝はあんなに柔らかい表情だったのに、
教室に戻ってからは険しい顔つきに戻っていた
「何?」
その唇から発せられる言葉はとても冷たい空気を放って
私の心を締め付けて、痛い
ほんの少し言葉を交わしただけなのに
どうして彼女はこんなにも私の心を捕らえて離さないのだろうか…
「行かない」とだけ、
私の顔を見もせずそう呟かれた
由乃さんが隣のクラスからわざわざ来ても
さんは淡々と必要需品な事だけ答える
そして彼女は由乃さんを連れて教室から出て行く
でも教室と廊下は硝子にて区切られているだけだから、
その姿は丸見えで
ついそちらを見てしまった
抱きついてきた由乃さんを困ったように笑いながら受け止めていた
……この気持ちは何?
そう、初めて会った時から
貴方を想うと胸が締め付けられていた
その後、クラスの人達が話していた噂について、
胸が高まり続けるだけ
静さまと親しい
それだけだったけど
それだけがとても重かった
真意を問いたかった
何でもいいから言葉を交わしたかった
でも、私は拒絶される事を恐れて1歩踏み出せずにいた…
それでもあの子への想いは募るばかり
何故か嬉しそうな由乃さんに引っ張られて体育館へ行った時の事
真剣な眼差しで令さまと向き合っている貴方にも胸はときめいてた
「カッコよかったわ」
これは本心だったけれど、
それに応じる事もなく、応えるのは令さまの言葉にだけ
その後薔薇の館に向かった時に、
彼女が居たのには驚いた
お姉さまの特等席の窓枠に腰をかけてコーヒーを飲んでるさんと、
一度だけ目が合った
何だか怖くてすぐに逸らしてしまったけれど
さんの目は未だに私を見つめていると自惚れでもそう思う
しばらくしてチラリと見やると、
もう既に目は私に向けていられずに
でも何だかとても淋しそうな哀愁を漂わせていた
……何故なの
私が見ていると、いつもはわざと目を合わせないくせに
たまたま目が合って
私から逸らしてしまうと、
…そんなに悲しそうなの?
「痛い!痛いよぉ、お母さん!助けて…っ」
薔薇の館に悲痛な泣き声が響く
思わず耳を塞ぎたくなってしまうような
助けを求めている声
でも私は、
…いや私達はただ立ち尽くしていて
目の前でお姉さま達が何かを話しているのを見ている事しかできなかった
「貴方達、ハンカチ、布類何でもいいから出して!祐巳ちゃんと志摩子は保健室へ言って応急セットを借りてきて頂戴」
紅薔薇様の言葉に、まず反応したのは私ではなかった
祐巳さんで、私を揺すってくれたおかげでその足を動かす事ができた
保健室までの道のりが長くて、
本当はいけないのだけど今だけはマリア様に目を閉じて貰う
全速力で無我夢中で祐巳さんと保健室に向かった
何事かと驚いている保健医の先生に一礼だけして救急箱を取って再び薔薇の館を目指した
廊下を歩いている生徒達がこちらを見ているけれど
そんな場合じゃない
こんなに薔薇の館までの道のりを長く感じた事は一度だって無かった
早く、
早く、と
丁度戻った時にドアを開けてまず始めに目に入ったのは落ち行くカップだった
両腕で机の上を払うように暴れるさんをお姉さま方が必死に止めていたけれど
それをかい抜けて振り回される腕により、
散らばるカップ
落ちるカップ
割れるカップ
どれもスローにしてしか見えなくて
…紅薔薇様がさんを守るように抱き締めた事もゆっくりと見えた
次第に力が抜けていき、
安心したように、
そのまま紅薔薇様の腕の中で眠ってしまった
後ろから、聞き慣れた声がして振り返ると
静さまが居た
苦笑して、さんを見つめている
そしてただ一言
「ごめんなさい」
と
何故貴方が謝るんですか?
私はそう聞きたかった
でも次いで口を開かれるお姉さまのせいで
何も言えずじまい
何もかも知っているように
そこだけで交わされる会話に、私は歯痒い
何故そこに私は参加していないのだろう、と
そして、
問い詰める祥子さまと令さまに、
ゆっくりと話し出した真実
私は、
今まで何のために
マリア様、
貴方に祈りを捧げてきたのだろう…
どうしてこんなに悲しい人がここに、
貴方が見守っているはずのこの場所に、
居るのでしょう?
教えて、マリア様
何故この子は自分が死んだ方が良かったなどと、
とても悲しい事を言うの?
『今日は天気良いね、私の転入をマリア様も喜んでくれてるのかな』
その日から、交わした会話は1度だけ
「あのさ、温室って何処かわかる?」
その言葉は私に向けられた発せられたものじゃないけれど
でもこういう時だけは嫌になる自分の勘の鋭さ
温室は大抵そういう事に使われていたから
恋人同士が寄り添う場所
姉妹がお互いを求める場所
そして愛する者に想いを告げる場所、だった
「温室って…」
「もしかして…」
私と同じ事を思ったのか、蔦子さんも驚いて続く
どうか私の考えが思い違いでありますように
「何か、机の中に手紙が入ってて昼休みに温室に来てほしいって書いてあったんだ」
思いは届かず
考え通りの言葉が発せられた
そしてそれから数時間後
私達の方へ夢中で駆けて来るさんを見つける
かなり焦っている様子で隠れる場所は無いか、などと聞いてくるさんを不思議に思うしかなかった
そしてそれを追って来たのは綺麗な女性だった
ドレスに近い、普段着にしては露出の多めな服を着た大人の女性
「そりゃそうでしょ、どう見てもホステスじゃん」
その言葉に驚きも、妙に納得してしまう
物凄い剣幕で言葉を交わすさんと、その人はどういう関係なのか気になった時
「……そう、未有は暇だと誰でも抱くのね」
頭の中が真っ白になった
そういう事をする人には絶対見えなかった
ただ、人を寄せ付けないという雰囲気しか持っていなかったから
「私はもう飽きたから、あの純粋な気持ちで貴方に想いを打ち明けてきたあの子を抱こう、とそういう事?」
思わず声が漏れる
休み時間に温室の場所を聞いてきたから
その結果は教室で既に聞いていたから不安にはならなかったけれど
彼女の言っていることはまるで違った
つまり告白を受け入れたって事?
それも身体だけの関係を求めて?
逆上して心にもないことを言い出したさんを、祥子さまが叩く
「……何すんの」
「…っそんな最低な事…言う子じゃなかったわ!」
祥子さまや令さま、由乃さんが知っているさんに会いたくなって
でも今のさんも放って置けなくて
葛藤した
「それじゃ、さよなら。湊」
家の鍵だというものを奪い取って、
その場から離れる彼女を
追いかけようと足が動く
否、動こうとしたが動けなかった
そんな間に由乃さんが走っていくのをただ見てるだけ…
残された私達は、ふらふらと校舎の方へと消えてく湊さんを見届けた
そして、震える足に活を入れてお姉さま方について行く
少しした所で、由乃さんの肩に縋りつくように泣いているさんが居た
そう、
彼女が先程発した言葉達は本心なんかじゃないんだってわかった
自分から遠ざけようと、
自分から突き放そうと、
そう努力しているのが手に取るようにわかった
悲しい程に優しくて
悲しい程に切なくて
悲しい程に痛みを知っている
貴方に惹かれたのよ、私は
ふと微笑む貴方がとても綺麗
ふと影を落とす貴方が綺麗
さり気無い優しい行動が好きなの
「怖い?」
目の前で少し驚いたように目を見張らすさんに、
首を縦に振った
「怖かった、よ。貴方が怖かったの、会ったばかりの頃ね」
何で、と肩を竦めてみせるさんと、
中庭の銀杏達が綺麗に映えていた
祐巳さんと由乃さんは先生に呼ばれた事から、この場には居なくて
珍しく私はさんと2人だけだった
私はお弁当を食べながら隣で眠そうに佇んでいる彼女にそう告げた
「無意識にそうしてたのね、人を近づけない空気を出してたわ」
「あ〜……」
思い当たる節があるのか、苦笑してみせる
食べる?とオカズを差し出すと口を開けてくる
少しドキドキしながらも入れてあげると、
ありがとうとだけ微笑む彼女に、
またときめいた
「でもさ、今は皆大事にしたいと思っているから」
「…私達もさんが大事よ」
「………ありがとう」
怖かった、というのは
貴方が気になっていたという代名詞
気にならなければ別に怖いと思う程関わらないはずなのだから…
貴方に振り向いて欲しい
next...