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私は毎日が満たされていた
けれど何処かが欠如していた
否、欠如していたのは私の心の何処かだったのかもしれない
聖が笑いかけてくれる
蓉子が笑いかけてくれる
其れは凄く素敵な事で
凄く奇跡的な事なんだ、私からしてみれば
でも
何処か何か足りない…
其の隙間は聖と蓉子にですら埋められなかった
埋めてくれたのは、名前も知らないクラスメートだった――――
ちやほやと囃し立てられ、
祭り上げられるのは私の魅力なんかじゃない
私の親、
そして私の周りが皆リリアンの有名人だから
級友達の母親が彼女達がいかに格好良くて綺麗だったかを、
多少誇張して自分の子どもに聞かせる
そして其れを想像し、自分の脳内で素敵な人物を作り上げる子ども達
子ども達は自分のクラスに其の人々の子どもが居ると知って、
更に眩しい物を見るような目で見てくる
其れが私
云わば私は犠牲者と言っても過言じゃない
だって私を私として見てくれる人間が此れでまた減ったのだから…
只の自分の所有物、もしくは玩具としてしか見ていなかった産みの親
可愛そうな環境で育った私を惨めな子どもの1人としてしか見ていなかった周りの大人達
私を私として見てくれる人間は、
聖と蓉子と
江利子と累
令と祥子
祐巳ちゃんと由乃
志摩子と乃梨子
そして皆の後輩達である瞳子に可南子
其れだけなんだ
其れがどんなにちっぽけな世界で
自分の存在意義が見えない世界は真っ暗なのか、想像つくかい?
けれど少女はこう言った
『私には貴方がとても眩しく見えるわ』
『でも其れは貴方が素晴らしい人々の子どもだからじゃない』
『貴方の持つ影と光、2つが貴方を輝かせているからよ。私には貴方自身がとても眩しく見える』
他人にそんな事言われて
他人なのに…
初対面なのに
私は凄く嬉しくて
安堵出来て
何故か知らないうちに涙が零れてきた
そして知らない人な筈なのに
彼女も私の頬に手を伸ばして涙を拭ってくれた
其れがとても温かくて
その日から伊音は私にとってかけがえの無い人となった―――――――
「…ん……」
重い目蓋をこじ開けて、
目に映るものを見渡す
天井には綺麗な木工の柱が立っている
そうか、此処は聖堂だ
昼休みに此処に来て、
2人でたわいも無い話をしているうちに眠ってしまっていた
昨晩遅くまでゲームをしていたのがいけなかったな
私の後頭部は柔らかいものに支えられている
くるりと目線をやると、
私に膝枕をしてくれている伊音が私を見下ろしていた
「起きた?」
「…ん~」
「良く寝ていたわね」
彼女は本を読んでいたらしく、
其の本を畳んで傍らに置く
そしてまだ寝ぼけ眼の私の短い髪を撫で付けてくれる
「今何時?」
「もう6時間目始まっているわ」
「…いいの?サボって」
「貴方こそ」
「……ふふ」
悪戯的な目で伊音を見上げると、
伊音も悪戯っぽい笑みで見下ろしてきた
何だか可笑しくて笑ってしまう
彼女も一緒に微笑んでくれる
「帰ろっか」
「でも…」
「だって今から教室戻っても同じじゃない」
「先生に明日何と言われるか」
「幸い荷物は此処にあるし…今日はうちに来る日でしょ?のんびり道草しながら行こうよ」
「道草は駄目よ」
「判った、じゃあ私は早く蓉子に会いたいから早く帰りたい。其れでいい?」
「…仕方ないわね」
適当に理由を作って言うと、
伊音は苦笑しながら本を鞄に仕舞い始めた
あながち嘘ではなかったりするけど恥ずかしいから言わない
だって自称"隠れマザコン"だからね
2人で手を繋ぎ他愛も無い話をしながら帰路に着く
こうして2人だけで過ごす時間はなんと愛しくて短くて…
だから大事にしようと思えるんだろう
「ただいま~」
家に入る時に鍵を使わなくても良いというのは、
何だか新鮮で困る
けれど其の反面ワクワクしてくるのも事実だ
嬉しくて
「おかえりなさい」
其の言葉を聞けるのはとても貴重だから
時々煩い友人達の誰かが来てて
我が物顔で家で寛いでいて
帰って来た馨に「おかえり」とは言ってくれるけれど
其れとはまた違う安心感
蓉子は仕事をしていたらしく、
ノートパソコンを閉じて資料やらを片付ける音がリビングから聞こえてくる
少し緊張した面差しというものを拝めるかと思ったけれど、
伊音は何時もと変わらない表情で
落胆してしまう
残念な気もするけど
如何なる状況でも揺るがないというのが伊音の魅力の1つなのかもしれない
だから黙って背中を預けられる、という
妙な安心感
「お邪魔します」
「はい、どうぞ」
丁寧に頭を下げる伊音に、
先に上がっていた私は江利子専用の来客スリッパを差し出す
…別にいいじゃないか
伊音の鞄を引き取り、両手に通学用の鞄を掲げながら私は伊音をリビングに通した
予想通り蓉子は休日だというのに仕事をしていて、
其れを纏めたファイルを持ったまま私達を迎え入れてくれる
「ようこそ、いらっしゃい」
「始めまして、久保伊音と申します」
「水野蓉子、馨の母よ。宜しくね」
「此方こそ宜しくお願い致します」
鞄をソファに置くついでに蓉子の腕の中から重そうなファイルも取り上げる
そして恐らく蓉子が其処に置きに行こうと思っていたであろう、
蓉子の仕事用具が揃っている棚に其れを置く
「有難う」と微笑む蓉子に、私も微笑んで返す
「本当、気が効くわね。馨は」
「……何で居るの?」
鞄をソファに置くために部屋の隅に向かった私に声を掛ける人物が現れた
ソファに深く身を沈めていたため、見えなかったけれど
江利子がずっしりと横たわって雑誌を読んでいたらしい
のそりと起き上がり、
してやったり面で私を見る意地の悪いいつもの笑み
「だって以前約束したじゃない、恋人を連れて来る時私も呼ぶって」
「…半年も前の事良く覚えてるね」
「当然じゃない、あれからまだかまだかって指折り数えて待ち焦がれていたんだもの」
「……でも江利子、スリッパ…」
「あら、私のスリッパがなくなっていたら警戒するでしょ?だから、ね」
そう言って江利子は両足を掲げて見せた
靴下を履いた足、そのままだ
なんと用意周到な人だろう
驚きを通り越して呆れる
「じゃ、改めて…此方が江利子」
「どうも」
「お邪魔致します」
「で、こっちが伊音」
ぺこりと頭を下げる伊音を、
何故か江利子は黙って見ていた
そして訳ありの目配せを蓉子としている
私は首を傾げて不審に思うものの、
伊音をソファに座らせるために江利子の足を退けて1人分のスペースを奪い取った
何故蓉子と江利子が深刻な顔つきで伊音を見つめているのか、
私にはこの時まだ判らなかった
伊音が、聖と深い関わりのある人だなんて思いもしなかったんだ――――――――
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