「え…でも其れは……」
(良いから、私の言う通りにして)
「本当に?」
(うん、を学校に行かせないで)
「……はい、判りました」
(憤慨して怒ると思うけど何とか宥めといてね)
「…はい」
(私は私でやらなくちゃいけない事があるから、だからを絶対に近づけちゃ駄目なんだ)
「……はい、それでは…」
携帯電話を切ると、令は肩を落とした
そんな事出来るのだろうか
だって何でも大人の言う通りに動く機械じゃない
1人の人間なんだから
怒るだろう
でも…この方に抗える人は居ない
蓉子さまとお姉さまを除いて、恐らく誰も居ない
今日は土曜日だからはまだ寝ている
勿論もう今朝方に近い時刻まで起きていたから、
ぐっすりと眠っているに違いない
けれど祥子は既に起きていて朝からパソコンと睨めっこをしている
しかし先程掛かって来た電話に令が出てから、
じっとこっちの方を見ていた
「…聖さま?」
「うん」
祥子の隣に腰掛け、其の細い肩に頭を置いて寄りかかる
別に嫌がる素振りも見せずに、言葉の続きが発されるのを待っている
「、月曜になっても学校に行かせちゃ駄目だって」
「…そう……」
「素直に聞き入れると思う?」
「いいえ」
「だよね」
きっぱりと首を横に振る祥子に、令は笑い返した
「でも、逆らいもしないと思うわ」
「……だよね…」
そう呟く祥子に全く持って同感してしまう
きっとは、不満げな顔を隠そうとはせずに
けれどグッと言葉の飲み込んで呟くだろう
判った、と
只其れだけ呟いて俯くんだろう
「はぁ〜…何だか憂鬱だなぁ」
「でも1番大変なのはだわ」
「うん、判ってる…」
もう1度寄りかかりなおすと、
祥子の腕が令の腰に回って抱きしめてくれた――――――
雑誌を手に取り、パラパラ捲っていると
江利子が公園のベンチに座り、アイスを食べている姿があった
累さんに紹介されて始めたというモデルの仕事も、
かなり合っているらしく好き勝手にやらせて貰っていると言っていた
でも累さんはポツリと呟いていた
仕事が始まる時間になっても悠々とお茶を飲んでいるのは止めて欲しいなぁ、と
そんな事を思い返していると背後でコホンと咳をされた
振り返ってみるとコンビニの店員が迷惑そうにこっちを見下ろしている
そりゃもう彼此1時間は篭っているからな…
休日だから皆楽しそうに笑いながらコンビにの前を通り過ぎていくというのに
こんな所でポツリと1人立ち読みをしているのは自分だけなんだろう
「すいません…」
小さく頭を下げてから雑誌を元の場所に戻し、
いそいそとコンビニから出る
真昼の日差しが降り注いで来て
その眩しさに目を細める
今頃聖と蓉子は何をしているんだろう
伊音は、何をしているんだろう…
吹き抜けるような青空は
雲ひとつ無い真夏の空は綺麗だった
そっと目を閉じると都会の喧騒だけが聞こえてくる
其の中に僅かに漂っている風の音
「伊音に、会いたいなぁ」
「其れでどうするつもりなの?」
「何が?」
寝室で服を着ている聖を、
ベッドに横なりながら蓉子は問いかける
乱れた髪を直し、聖を見据えると
聖の目には蓉子なんか映っていない
今からしようとしている事で頭がいっぱいなのだろう
蓉子はふぅ、とため息を吐きベッドの下にある自分の服に手を伸ばしながら続けた
「リリアンへ行ってどうするつもりなのよ、って聞いているの」
「確かめてくるんだよ、本当に栞の子なのか」
「…貴方ねぇ」
「だってまだ判らないじゃない!栞の子じゃなければを反対する必要ないし…」
「……」
「私だって反対したくないよ、の悲しそうな顔見たくないもん」
「…そうね」
本当は聖だって、を悲しませるような事したくないのは蓉子にも判っている
けれど聖は反対せざるをえないだけで
が本当に聖を嫌ってしまったら、
私はどっちにつけば良いのかしら?
否、こんな事は私が考える事じゃない
に嫌われてしまう事を恐れているのは他でもない聖自身なのだから
だから私は、
聖が感情的になってしまわないように
が絶望的になってしまわないように
只側に居て支えるしか出来ないわ
「……判ったわ、私も一緒に行く」
「え?」
「貴方1人じゃ不安だもの、私がついていないと」
「蓉子…」
当てもなく町をぶらつく
今日起きるなり言われた事は、
かなり精神的に辛かった
『あの、さ…』
『ん?』
『月曜…』
『あ…制服と鞄どうしよう、取りに戻らないと駄目か…』
『そうじゃなくて、行かなくていいんだ』
『え?』
『学校、しばらく行っちゃいけないって聖さまから今朝電話があってね』
『………』
『学校には聖さまの方から連絡してあるそうだから』
『…そっか…判ったよ、令』
言い辛そうに何度も口篭りながらそう告げて来た令が、
本心でそんな事を言いたい訳ではないと判った
でも仕方がなくて
嗚呼、私まだ中学生なのに仕方が無いって諦めてばかりだなぁ
もう少し抗いたいな
自分に課せられる壁を乗り越えようと悪あがきしてみたいな…
どんなに格好悪くても良いから
その勇気を分けて欲しいな、誰か………
「…?」
ふと呼ばれた自分の名前に
私は吃驚して辺りを見回す
「……え?」
少し離れた公園で、公園のシンボルマークになっている大きな噴水に腰掛けている人が私を呼んだのだ
日差しの眩しさのせいで良く見えないけれど
その人はかなり驚いているようで目を見開いていた
次第に目が慣れてきてその人物が判別出来た
「伊音…」
「、どうして此処に?」
「どうしてって」
其の問いかけに、私は苦笑しながら伊音に歩み寄る
伊音はきょとんとして私を見上げたままだった
「ぶらぶらしてたんだけど、もしかしたら伊音に会いたいって思っていたのかも」
「そうだと思うわ、だって此処貴方の家からは正反対で…私の家の方面だもの」
「…そうだよね、ははっ」
照れ笑いをしながら頭を掻く私を、
伊音は目を細めて嬉しそうに微笑みながら見つめてきた
ふと2人の間に静寂が訪れ
私は誰に言われるがままでもなく自然に無意識に伊音の手を取っていた
「伊音……私さ、しばらく会えなくなるかもしれない」
「どうして?」
「学校行っちゃ駄目だって言われて、…多分君と会わないようにだと思う」
「そんな…」
「もちろん私だって納得いかないよ!でも……だから…」
「……私、嫌だわ。貴方と会えないなんて…」
伊音は私の手をギュっと握り返してきて、
潤んだ瞳で見つめて来る
伊音からそういった我侭を聞いた事なんて今まで無かった
だから余計に胸が締め付けられて
私の手の中の小さな細い手が弱々しく、けれど力強く握り返してくるのが
まるで伊音の心境を表しているようだった
「伊音…其の、伊音は母子家庭なんだよね?」
「…ええ」
「あの、えっと…お母さんは何か言ってる?」
「何も言わないわ、好きにしなさいって言ってくれるの」
「……じゃあ、うち来ない?うちって言っても聖達の後輩の家だけど」
「…いいの?ご迷惑じゃないかしら?」
「大丈夫だよ、多分」
「………今日はずっと一緒に居たいわ」
「うん、私も」
何を考えていたんだろう
血迷ったのだろうか
それとも思考回路が遮断される程追い詰められていたのだろうか
けれど私は伊音を令と祥子の家に連れて帰った
皆に迷惑をかけるという事
其れだけは明らかで、ちゃんと判っていた筈なのにね…―――――――
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