「………」

「………」





私達は無言で歩いていた
手を繋いだまま

お互い地面を見つめながら、令と祥子の家へと向かっていた


2人の間に言葉は必要無かった

互いに気持ちの強さを改めて確認したから、
嬉しいのと
此れからどうなるのだろうという不安と

2つが織り交ざって生まれた複雑な気持ち








「あれぇ、?」



再び街中で自分の名前が呼ばれ、私はのろのろと顔を上げた

直面にある道路から呼ばれたという事は、
呼んだ人物は車に乗っているという事だ

探す必要は無かった


其れは大きな1tトラックに乗った人だったから
何もしなくても目立つのは当たり前で

私も小さい頃から何度も乗せて貰っているものだ





「累、さん」

「久しぶり〜…うわ、デート?もしかして邪魔しちゃったかね?」

「そんな事ないですけど、累さんは今仕事の帰りですか?」

「うん、1週間出張でね。今帰り」

「お疲れ様…あ、伊音。此の人は昨日会った江利子の恋人だよ」

「あっ、初めまして…」




昨日の事もあったせいで、
私の家族に関しては少し神経質になってしまったようで

伊音は慌てて頭を下げる


そんな彼女を見ても累さんは穏やかな少年のような無邪気な笑みを浮かべているだけだった



もしかしたら…と

累さんは伊音との事反対しないかもしれない
そんな希望が私の胸に沸き起こった





「累さん、今から令の家行くんだけど一緒に行かない?」

「え?令んとこ?そういや最近会ってないしなぁ」

「江利子も多分まだうちに居ると思うから、今から帰っても1人でしょ?」

「そうなの?」

「うん、昨日から来ていたから。泊まっていったと思うよ、夜遅くまで居たし」

「そうなんだ、珍しいなぁ。江利子さんが」

「…寂しかったんじゃない?累さんが居ないから」

「このぉ、口が上手くなったじゃないか」





窓から腕を伸ばして、累さんに頭をわしゃわしゃと撫でられる


そんな私達を見て、伊音も累さんは大丈夫だと思ったらしく
緊張を解いてふふっと可笑しそうに笑う






「じゃ、乗りな」

「うん!」




そう言って反対側の助手席のドアを開けてくれる累さんに、嬉しそうに頷いて返すと

伊音の手を引いて道路に出てから伊音をトラックに先に乗り込ませる
ロングスカートの彼女のスカートが捲れてしまわないように、
抑えながら体を押し上げて乗せる

慣れない人にはトラックというものは乗るだけで大変なのだ


そして乗り終えたのを見届けるとドアに掴まり、ひらりと自分も乗り込む



私も乗り終えたのを見届けた累さんが、
アクセルをゆっくり踏みながらボンネットから煙草を取り出す

直ぐに伊音が居る事に気付いて累さんは確認した





「煙草、平気?」

「はい、大丈夫です」

「ありがと」



再びニッコリと笑い、
何処か未だに緊張の取れきっていない伊音を安心させる

ちらりとこっちを見た伊音は何だか頬を染めていた


…累さんの魅力は私も判っているから仕方ないけれど何だか面白くなかったのでじと、と軽く睨む






「江利子、結構束縛凄いから累さんには惚れない方が良いよ」

「やだっ、そんなんじゃ…の馬鹿!」

「痛い」




走り出す車の窓から景色を眺めている私に、
伊音が赤らめた頬を押さえながらばしばしと肩を叩いてくる

其れは物凄い力で
普段の伊音からは想像できないくらいだった


伊音を挟んだ向こうで累さんがハンドルを握ったままカラカラと笑っている





「累さん、伊音を誘惑しないでください」

「ははは、其れは無理な相談だなぁ。大人の魅力って奴でね、自然とフェロモンが出ちゃうんだ」

「…其のうち江利子に殺されるよ?」

「江利子に殺されて死ぬなら本望だね」

「……やっぱり歪んでいる、此処のカップル…」






咥え煙草でニヤリと笑いながら、
累さんは目を細めた

ボソリと本音を言ってみたがふとバックミラーの所にストラップと一緒にぶら下がっているものに目がいく


ロケットペンダントがぶら下がっていて、
其の中からは江利子の笑顔が覗いていた

そういやボンネットにも同じ雑誌が沢山乗っかっている
江利子が専属モデルを努めている雑誌だ



でも、何だかんだ言いながらお互いを思いやっているのは間違いないと

私は何だか嬉しくてニヤニヤしてしまう








「でさ、何で君らは元気ないの?」

「え?」

「そう、見えますか?」





私と伊音が吃驚して累さんの顔を見ると
累さんは相変わらずニコニコしていて

以前蓉子に軽く聞いた事がある
累さんはいろいろあって一時期無表情になってしまったと

でも今見ている累さんからはそんな事想像もつかない


自分より一回り以上も年下の、
自分の子供のような年頃の私達を安心させるために
いろんな言動で安心させてくれる

こういう時、大人って凄いなと思ってしまう






「さぁ?」

「さぁ?って」

「何か、勘」

「勘…凄いや、累さん」

「て事は何かあったんだね?」

「……うん」





感嘆の言葉を漏らす私に、
累さんは鋭く気付いて尋ねてくる

私は伊音をちらりと見てから口を開いた





「でも、令に話してあるから令と祥子から聞いた方が早いかも」

「ん?意味が判らないんだけど」

「累さんになら2人とも全部ちゃんと話してくれると思うから」

「………そう、じゃあ私が聞いても良いの?」

「うん」

「ありがと」







累さんは律儀にもちゃんと私達に了解を取り、
私達が頷くと微笑んでお礼を言ってくる

此処が累さんの魅力かもしれない


ちゃんと筋を通す事


私もこんな大人になりたいな



蓉子みたいに常に冷静沈着で、欲しい言葉をあげて

聖みたいに言葉で慰めるよりも先に抱きしめて

江利子みたいに常に自分の周りに楽しそうな事を探して

令みたいにいつだって朗らかでいて

祥子みたいに自分というものをちゃんと持って

由乃みたいに時には周りが見えなくなる程突っ走ってみて

祐巳ちゃんみたいに生徒達から好かれる明るさを持って

志摩子みたいに側に居てくれるだけで安心感を与えられて

乃梨子みたいに堂々と誇れる趣味を持って








……そうしたら人生楽しめると思うんだ

















!何処行ってたの…」



ドアを開けるなり飛び出してくる令は、
の後ろに居る人物を目の当たりにして言葉を飲み込む

累がやっほ〜と軽そうに言いながら手を振っていたからだ




「累っ!?帰って来たの?」

「久しぶり」

「え?なんでと一緒なの?」

「はい、退いた退いた。お邪魔するよ」



突然の来訪者に戸惑っている令を押し退けて、
我が物顔で上がりこんでいく累の後をも続く

もちろん伊音の手を引いて




「……え?」



誰?と再び目を丸くする令に
はニコリとだけ返して靴を脱ぎ捨てて伊音を中に促す

伊音は令を見て仰天していた

其れもそうだろう、累と全く同じ顔の人が現れたら誰だって吃驚する





「此の人聖と蓉子の後輩。で、累さんの双子の妹。令」

「えっと…初めまして、久保伊音と申します」

「あ……君が…初めまして、支倉令です…」






両者とも戸惑いつつも、
伊音も頭を下げ
令も頭を下げ返す

きょとんとしっぱなしの令を玄関に置いたまま

累とと伊音は中に入っていく


先に上がりこんでいた累は、令と同じく突然の出現者に吃驚している祥子に抱きついたりしていた


相変わらず女っ癖が悪い
其れも聖みたいに狙っている訳ではなく無意識だから余計性質が悪いのだ









「祥子、此の子。例の子」




そんな累と祥子をいつもようにベリッと引き剥がしながら伊音を祥子に見せる令
祥子は、あ…と息を呑んでから複雑そうに微笑み一礼した





「小笠原祥子よ」

「久保伊音です、突然お邪魔してしまって申し訳ありません」

が来るように言ったの?」

「いえっ!えぇと、私が行きたいと図々しくお願いして……」

「そう、別に構わないわよ。気にしないで」






礼儀正しい伊音に好感を得たのか、
祥子は伊音に寛ぐように促す

令も微笑しながら累の肩を掴んだままソファに座り込んだ


其の、肩を掴まれたままの累も必然的にソファに押し込まれる事になる








「でさ、累。いつも言ってるけど、祥子に抱きつくのやめてくれない?」

「何でさ、社交辞令だって。社交辞令」

「私がっ!気に食わないの」

「なら問題ない」

「大有りだよ!!!」




令の思惑なんぞ関係ない、と頷く累に令は食って掛かる


此方も相変わらず仲が良いんだか悪いんだか判らない姉妹だった

そんな双子達を見て、再びポカンとしている伊音に気付いたが苦笑しながら耳打ちする







「そっくり過ぎて誰でも最初は驚くよ、でも中身は正反対だから見分けるのは簡単だよ」

「そ、そうなの…」





昔は男のように短くしていた累のお陰で、
外見も髪の長さで判別出来ていたけれども

今は累の髪も伸びていて令と変わりは無い

だからラフな格好の累ときちんとした格好の令が服を入れ替えたら見分けはつかないかもしれない


でも、やはり中身は全然違うので見分けるのは容易い










「煩いなぁ、ホント細かいよね。其の上心が狭いときた」

「じゃあ蓉子さまに抱きつかないのは何でよ!?」

「え?そりゃあ…聖さんが怖いから?」

「結局私がナメられてるって事じゃん!」

「そうとも言う」

「…っ!!」






全然反省する様子も見せず、
満足そうに頷く累に令はとうとう言葉に詰まる








「其れに別に良いじゃん、私は祥子の元恋人なんだしさ」


「……え!!?」








更に続けて悪びれる様子も無く飛び出た言葉に、
は顔を上げて素っ頓狂な声を出す

今度は累の頭を思いっきり殴る音が聞こえた





「痛っ!?」

「いい加減になさい、累?」

「…ハイ、スイマセン」








あ…、とは思った
どんなに自由を愛している累さんでも、蓉子と聖と祥子には逆らえないんだなと

……つまり








「ナメられてるの令だけって事か」





つい口に出ていた本音に、
令がうるうると涙を溢しながらを見つめてくる

其れに気付き、は慌ててニヘラッと笑い誤魔化す






「冗談だって、冗談…」

「さっすが!良い処に目をつけてるね!」




折角のフォローも此の人のデリカシーの無い一言で台無し
累はの背中をバシバシ叩きながら笑い出した







「でも、羨ましいです。姉妹だから甘えられるからこそ、の信頼関係でしょう?」

「…っ伊音ちゃん良い子だね…」

「伊音ちゃん、令なんかの機嫌取らなくても良いのに」

「なんかって、酷い!私一応貴方の可愛い妹なのに」

「あはは、そうそう。可愛い妹だよ、大事な」





さすが伊音
その場の空気をころりと変えてくれて、
令が感激したように泣きつくと再び累は其れを阻止した

けれど令に対する気持ちはちゃんと口にした


それに対してか更に感激した令は本当に目頭が熱くなっていくのを感じる











「あ、令。今日伊音此処泊まっても良い?」

「え?」

「今夜だけで良いから」





の突然の提案に令は息を呑み、
伊音も吃驚したようにを見つめた

けれどは隣に居る伊音の手をギュっと握り締めて


大丈夫だから、と安心させるように微笑む



其れを見て令と祥子は反対する事など出来ず
どうしようかと目配せをするだけだった








「良いじゃん、別に。聖さんちでは泊めさせてあげるなんて出来ないんでしょ?」

「でも、累…」

だっていち大人だよ、充分。好きな人とずっと一緒に居てみたいんじゃない?例え一晩でも」

「……其れは判るけど…」

「今が1番頼っているのは令、祥子。君らだよ」






煙草を咥えながら言う累に、
令は戸惑いを顔に浮かべた

けれど意志の強いの瞳とぶつかると


苦笑しながら、
けれどゆっくりと力強く頷いてあげる












「良いよ」

「…その代わり中学生らしい態度で居なさいね」








大方令が承諾してしまうだろうと予測していた祥子も、
ため息を吐きながら念を押す


はうん、と心底嬉しそうに頷いてから、
伊音に顔を近づけ歯を食いしばる

もちろん満面の笑みで












「でも、さ…そっくりだね。伊音ちゃん」

「……そうね」

「誰に?」





2人に夕飯の買出しを頼み、
家から離れさせた後令は呟いた

祥子も苦々しげに肯定するが、
話の流れが読めない累は首を傾げて令に問い直す



令は口につけていた水の入ったグラスをテーブルに置き、

累に応える











「久保栞さま、聖さまの昔の…恋人っていうのかな?」

「恋人、というよりは想い人かしらね」

「うん、そうかもしれない。恋人よりは1歩手前の関係だったと聞いている」






2人で顔を見合わせて話し始める様を見つめながら、

累はふぅっと煙草の煙を深く吐き出した


何かしら只事ではない事が起きているのは見え隠れしていたから驚きはしないけれど




なるほど、そういう事なら聖が頑なに反対し、
其れにが納得出来ないというのも頷ける














「ふぅん……難しいね…」




「うん、難しい」




「ええ、難しいわ」



















3人の呟きは夕方の室内に静かに響くだけだった―――――――






































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