過ぎ去りし日々の記憶が蘇る
栞とは心が繋がっていて
一生側に居て生きていくんだと思っていた幼かった私
その私を思い出させる目の前の少女
彼女は栞にそっくりだった――――――
「なん…で居る、の?」
「聖さま、此れは…」
「何で此の子が此処に居るの?」
「ですから、聖さま……」
しもどろと理由を話そうとする祥子を、
聖は振り返って目で制する
其の凄みに祥子は身を竦ませて蓉子の後ろに隠れてしまう
「聖、祥子を責めないで頂戴。私の大事な妹なのよ」
「関係ない!此処に、と共に此の子を入れたなら祥子も令も同罪だ!!」
祥子を庇って窘める蓉子に、聖はじり、と眉尻を吊り上げる
そして発された言葉に今度は累が立ちあがり受け応えた
「同罪って、罪って書くあの同罪?聖さん」
「累…君が連れ込んだんだね?」
「だったらどうするって言うの?此処は別に聖さんの家じゃない、どうしようと勝手だろう?」
「問題大有りなんだよ!此の子はっ…紛れもなくあの栞の子なんだ」
「関係ないね」
累がため息を吐きながら新しい煙草を咥え、
その突き放す言い方に聖は再び眉間に皺を寄せた
まるで忌々しい敵でも見るような目つきで
けれど累は応える事もなくフッと口角を吊り上げる
「だって、そうだろう?と伊音ちゃんは互いの正体も知らずに惹かれあったんだ」
「…果たして本当にそうかな?」
呟くように声を絞り出すと、
するりと聖の目線は累から目の前に身を縮こまらせて座っている2人に向けられた
も伊音も俯いてしまい、
けれど互いの手を強く握って離さない
其の様子を気に入らないとでもいうように聖は見やってから
其の目線の集点を伊音へと向ける
「君は、知ってた筈だよね。小等部に5年の終わりに転校して来た君なら」
「……っ…」
「どういうつもり?」
「え…?」
「栞に命令された?私の子であるに近づけと」
「な……っ…」
あまりの言い草にも顔を上げて聖を睨みつける
伊音と手を繋いでる自分にしか判らない程度に小刻みに彼女は震えている
そんな少女を傷つけるような言葉を淡々と発する聖は、
もはやが大好きな聖なんかじゃない
只の、立ち塞がる忌々しい壁だ
「ちょっと待って、今…なんて言った?」
「………」
眉間に指を置いて、揉むようにしながら伊音を守るように累が聖の前に手をやる
けれど何の反応もしない彼女に、
累は苛つき聖の前に翳している手の平を握り締めた
そして蓉子と令と祥子が見守る中、何とかその握り拳を下ろす
「……今此処に江利子さんが居たら、間違いなく貴方を殴っているね」
「…どうして君にそんな事が判るんだ」
「どうしてだと!?今貴方が言った言葉は誰が聞いても尋常じゃないからだよ!!」
「……他人からどう思われようと別に良いさ」
「蓉子さんはちゃんと判ってくれるだろうから、とでも言いたいのか!?詭弁だ!」
「何を…」
「蓉子さんが、いつも貴方の全てを受け入れてくれると思うなよ」
「っ…」
「蓉子さんは貴方の事を大事にしているだろうけど、の事も無二に例えがたいくらい大事に思ってるって事だよ」
つい声を荒げてしまったがためにまだ火の点いてない煙草が床に落ちる
其れはまるでスローモーションのようにの目には映っていた
ゆっくりと平和な日々と家族が壊れていくように…
累の言葉に聖は息を呑み、ハッと蓉子の方を見た
蓉子は何も言わずに祥子の肩を抱いたままジッと聖の方を見返している
そんな聖を見て、累は歯を食いしばる
「大事な人がいつでも側に居てくれるのが当たり前だなんて…思っちゃいけないんだ……」
江利子と心が通い、
幸せな日々を送っていたけれど
けれども離れ離れになってしまった自分と江利子を、聖と蓉子に重ねているのだろうか
累は卓上に置かれたままの雑誌の中の江利子を見つめた
今はもう、
今はもう此の幸せを2度と手放すまいと必死に握り締めている
だから常に手を開いたまま幸せそうに笑っている聖が何処か羨ましくもあり、
嫉ましくもあったんだろう
どうしてそんなに手放しで、
ニコニコ安心しきって笑う事が出来るのか累には理解出来ない
自分は常に必死に両手拳を握り締めているというのに
江利子さんはいつも何処かにふらふらと出て行ってそまいそうだから
私は未だに怖い
其れは昔経験した事がトラウマになっているというのもあるかもしれない
けれど…
床を見つめてぐぐっと何かに堪える様子を見せる累に、
聖は一息置いてから両肩に手を添えて正面から顔を覗き込む
「…累、ごめん」
「………」
「ごめん」
「……私よりも此の子達に謝るのが先でしょ」
「……」
聖と目を合わそうとせず、と伊音の方を向く累に
何も言えずに聖は目を伏せてしまう
「とりあえず…私、帰ります……」
「え?」
「ごめんなさい、皆さん。私の我侭でお騒がせしてしまって」
「伊音、いいんだよ!此処に居てよ」
「でも、駄目だわ。私が此処に居ては」
「伊音!」
すくっと立ち上がるなり頭を下げる伊音に、
辺りの視線が集中する
は其の細くて華奢な腕を掴む
「否…帰るのは私達よ、帰りましょう。聖」
「………うん」
「伊音ちゃん、ごめんなさいね。近々貴方のお母様にお会いさせて頂いても宜しいかしら?」
「あ、はい!」
「…ごめんなさい。其の時に貴方にもちゃんと話すわ、こうなった理由を」
「……今話してよ」
「」
「今話してくれなきゃ納得出来ない!!!」
いつもだったら辺りの雰囲気を読み取り、
何かを強制するなんて子供染みた事はしないに蓉子も切なそうに眉を寄せる
其れほどには不安定な状態だというのだ
誰よりも其れが判ったから蓉子は余計辛くて悲しい
聖が栞さんの事で悩むのは、もう2度と見たくないと思っていたから
だから…
もちろん聖が再び栞さんに想いを寄せて何処かに行ってしまうなんて事は無いと信じている
だけど、今度はが何処かに行ってしまいそうなの
嗚呼今も昔も誰かを引き止める事しか出来ない私
何て無力なの、私は……
其れはあまりにも自然に動いた
私の腕は持ち上がり、小さいけれど大きな我が子の肩を抱き寄せる
「ごめんなさい……本当に、聖が…いいえ、私も。貴方を追い詰めるような事ばかりして」
「べ、つに…蓉子は……」
「、でも此れだけは覚えておいて。私達は貴方が大事で大事で、大好きで堪らないの」
「…………」
「…伊音ちゃんも、ごめんなさいね?貴方もきっと訳が判らないままにこんな事になってしまったんだろうと思うわ」
「……いえ…それは…」
俯いて蓉子の背中に腕を回し、
ギュっと抱きついてくるの背中越しに蓉子は伊音にも微笑みかけて声をかける
伊音は初めて見るの様子に多少戸惑いながらも蓉子に小さく首を横に振って応えた
蓉子は其の侭手を伸ばして伊音の頭を愛おしむように撫でる
「でも安心して、貴方達が心から想いあっていれば其れは決して誰にも断ち切る事の出来ない絆となるわ」
「…はい」
「だから、を宜しく頼むわね」
「…はい!」
少しずつ力強くなっていく返答に蓉子は満足そうに頷いてから、
自分の身体から離れようとしないの腕に手を回して引き剥がす
引き剥がされた瞬間のの寂しそうな顔につきんと心が痛むのを押し留めて
ふいっと背を向ける
そして其処に居た聖の腕を引いて出て行った
残された4人は呆然と玄関の方を見つめているだけで
しばらくしてからの呟きが静かな令と祥子の家に響く
「今まで…絶対無かったのに…蓉子が私を引き剥がすなんて……」
其の呟きには誰もが声をあげる事が出来なかった
取り残された幼子のような声色と顔つきの彼女に誰が何と言えようか
「蓉子は…聖も、嫌がる私の手を絶対に振り払わなかった………」
其れは家族の崩壊を意味しているのだろうか
只、只…切なくて
誰にも明確に出来ない未来に何が待ち受けているのだろうか
聖は何を望んでいて、何をしようというのだろう
蓉子は何を望んでいて、何をしようというのだろう
そして此の場には居ない江利子も何かしら行動を起こそうとしているに違いない
其れは一体何なんだろうか
今まで最高に、そして最悪に感じる孤独感
其れはの胸を締め付けて押し殺そうとしていく
不安で不安で押し殺されそうになるという経験を並大抵の人はした事がないだろう
もしあるとすれば
此の中で壮絶な孤独感を感じた事がある人といえば
此の人しか居ない
彼女のたくましくて頼りになる腕を掴んでは見上げる
「累さん、私…独りぼっちになるのはもう嫌だよ…」
「……大丈夫…」
いつも自信満々の彼女も何処か不安そうに微笑みながら、
其れだけ言い放つとの頭を撫でる
「…………大丈夫だよ」
next...