人目見た時に、私は胸騒ぎがしてやまなかった
お姉さまのあんな嬉しそうな顔、見た事ない
どうして…どうして貴方がお姉さまにあんな顔をさせてあげられるの?
さん
私のその存在にすら嫉妬していたのかもしれない
「可愛いわよ」
何の偽りもなく肯定するお姉さまに、
さんを想像していた
きっと私なんかと違って
綺麗で
優しくて
素敵な人なんだろうなぁ
けれどそれは…違った
いや、違くはないけれど
確かに綺麗で
素敵な人だったけど
優しくは、無かった
少なくとも私には
幼馴染である由乃さんや令さま、そしてお姉さまには
最低限の受け答えはしていたけれど
私には見向きもしなくて…
何だか悲しかった
おかしい、お姉さまの事で嫉妬していたのに
本当はその日薔薇の館に誘おうと思っていたんだけど
志摩子さんが先に声をかけちゃったから…
遠目に眺めているだけだった
心の中で志摩子さんにエールを送って
……でも、志摩子さんの方をろくに見もせず断ってしまった
志摩子さんでも無理だったんだから私なんかじゃ無理だよ
そううな垂れていると、教室に勢い良く由乃さんが駆け込んできた
やっぱり、由乃さんにはちゃんと返すんだ…
あ、また笑った
苦笑でしかなかったけど、
でも僅かに表情を変える瞬間
きっと、私にはこんな風に表情を変えてくれることはないんだろうな
変色したという髪の毛
それらも決して私の中で彼女を悪く印象づけるものなんかじゃなかった
余計に興味がわいてくる
知りたい、
さん
貴方の事をもっと知りたい…
『仕方ないよ、昔とはもう何もかも違いすぎる』
貴方がそう言った言葉が頭の中でリフレインする
何故そんな事を言うの?
確かにそうだけど
確かに時間はただ同じくして過ぎていくものじゃない
確かにその流れの中で人は様々な変化を成し遂げていくものだけど
………でもその言い方は悲しすぎる
全てを、否定しているみたいで
貴方のその綺麗な瞳は何を映してきたの?
お姉さまの変化をいち早く見抜いて、柏木さんを遠ざけた
ただ、従姉妹の心配だけをする令さまを黙ってみていた
そんなに優しい子が何故、こんな辛い目にあわないといけないの?
どうして…
私達は小さい頃からマリア様に祈っていた
今日も1日良い事がありますように、と
でもその傍らで不幸な人が居ると
そんな当たり前のことが判らなかった自分が
情けなくて
悲しくて…
「世の中は不公平で、矛盾で成り立ってるのにマリア様や神様が居る訳ないじゃん」
そうだね
そうだね…でも
でもそれでも何かに縋りつきたいから人は信仰を持つのかもしれないよ
さんの縋りつきたい相手に、なりたいと思った
居たい
会いたいと思える場所にしたいと思った
このリリアンを…
翌日何か視線を感じると思ったら、
さんが側にやってきた
何だか緊張して発する言葉がどもる
「そうかそうか、福沢祐巳。思いつかなかった」
その言葉にはかなりショックを受けたんだ
だってお姉さまのオマケみたいにしか覚えられていなかったから
そして私を置いてといて蔦子さんと志摩子さんとさんでの会話に焦る
「告白でしょ、あそこはそういうのにも良く使われているみたいだし」
……え?
どうして…
否、告白する子の気持ちは痛い程わかるけど
どうして
複雑な顔をしている私を、
さんは一瞥くれただけだった
そして
「軽そうな格好して公園で一人、飲んでたから暇つぶしに声かけてみたら、
案の定乗ってきたからツイてると思って家にも上げたさ。
だけど本気の慰め合いだなんてアンタだって思ってなかっただろう!?」
違う
こんなの本心なんかじゃないんだ
だって…
凄く悲しそうに
愛しんだ眼差しで湊さんを見ていたんだもの
どうしてお姉さまも令さまも気付かないの!?
こんなにも絶望した瞳なのに…
由乃さんに靠れかかって、
泣いているさんを見て、
私はもう安心だと思った
泣ける場所が、出来たから…
例えそれが私じゃなくても
でも彼女の笑顔をを毎日見れれば、
それだけで十分なの
「う〜ん…」
「どうしたの?」
教室で窓の外を眺めているさんに、
私は書きかけだった手を止める
さんの次の生徒番号の子が休みだったから、
私が指名された
さん曰く、こき使えそうだから
……ひどいけど、でも優しいんだって事知っているから私はメゲない
珍しく嬉々としている私を不審に見ていたさんの表情が忘れられなかった
いつもいろいろ苛められているからね
でもやっぱりさんは優しかった
チョークの粉で制服が汚れると困るからって
祐巳は一応薔薇様なんだからって
黒板消しを進んで変わってくれた
だからこうして日誌を書いている訳だけど
雑に適当に消し終えたさんは、
私の前の席の机に腰掛けて窓を眺めていたんだ
そして一言放たれたのが…
「どうして皆他人をいとも容易く信じられるんだろう」
「……まだ人を信用できない?」
さんがこちらを振り向く
夕日がさんの顔に影を落とした
その顔は穏やかに微笑んでいる
「そう…簡単にはね、やっぱり男性は苦手だし」
「それならお姉さまと同じじゃない」
「祥子姉ちゃんと…?」
「うん、男性嫌いで片付くよ」
「そっか…嫌いなんだ」
してやったり、とニヤけるさんを見ていると
数日前の様子が嘘のように思えてきた
「でも、山百合会の皆は大好きだよ」
「私達もさんが好きだよ?」
「そ」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、
顔を背けてしまった
でも、
私には判っていた
照れている
真っ赤な顔を見られたくなくて
わざとそう反応しただけなんだ……
今は貴方もマリア様に手を合わせているの?
大した事は祈らなくてもいい
マリア様への忠誠心を誓わなくてもいい
ただ…
今日も良いことがありますようにって
next...