あのさ、
私は卑怯だから
自分の過去を君に話さなかった
恥ずかしかったんじゃない
私の弱い処を知られるのが怖かったんだ
そう、私の悪い癖だ
何でも格好つけて何食わぬ顔をしてしまう
でもね、もう終わりにしよう
全て話そう、君に
だって君は私の家族だから――――――――――
「…此れはまた見事にびしょ濡れだね」
電話で事情を話してあるものの、
令は事態の重さに少し目を見開いていた
私は苦笑しながらちらりと紅薔薇様を見やる
彼女は我関せずな顔でコホンと咳をしていた
…あの後あの薔薇様達の妹達が姉達を叱咤しながら私達を薔薇の館へと引き入れて
少し苦笑しつつも制服が乾くまで此処に居なさいと言ってくれた
当然濡れたまま教室に戻るなんて出来なかったから、
私も伊音も有り難くその申し出を受け入れる事にした
けれど幾ら夏の暑い陽射しといえど数分かそこ等で制服が乾く筈がない
とりあえず山百合会の誰かに(一応先輩なんだけど)体育のジャージを借りて、
其れで午後の授業は出席した
難は逃れたけれどさすがにジャージ姿のまま帰路に着く事は山百合会の人達も承諾してくれなかった
私は別に良いんだけど…
むしろ制服よりジャージの方が動きやすいし
でも私達が許してもシスター達が許さないでしょう?と言ってくる紅薔薇様の言う事も正論だった
…っていうかね、こんな事になったのって貴女が元凶なんです
其の言葉を飲み込み、私はこっそりと持ち歩いている携帯電話である所に掛ける
其れが令の仕事先だったという訳だ
直ぐに迎えに来てくれると言う優しい令を待つ間、お茶会とやらに参加させて貰った
私も伊音も質問攻めに合い、
最後には薔薇様方が冗談で孫に当たる人達に「妹にしたら?」とまで言い出す始末
私、1年生なんですけど
彼女達が卒業してから私は高等部に上がるのにどうやって妹になれと
そう言うと皆朗らかに笑う
「何とかなるわよ」と
ならないよ
どう足掻いても
……そうか、山百合会の自分勝手な気楽さは代々受け継がれるのかもしれない
聖達の宴会の様子を思い出しながら私は失礼な事を考えたり考えなかったり
しばらくしてから館の階段を上る音が聞こえ、
ビスケット扉から令が現れた
卒業生だから問答無用で校内に入れたらしい
会議室を見回して懐かしいな〜と呟きながら令は微笑んでいた
そして私達に気付くと令はニコリと笑い、頭を軽く下げる
令は卒業して随分と経つのに未だにリリアンでは知れ渡っているらしくて
先程まで堂々としていた薔薇様達も慌てて立ち上がって礼を返していた
そして私の傍らにあるビニール袋を手に取り、
中を覗きながら令は言ったのだ
『…此れはまた見事にびしょ濡れだね』
其れを閉じて左手に持ち変えると、
令は目を細めて伊音の頭に手を置く
「其れで、伊音ちゃんは怪我とか無い?」
「はい、大丈夫です。と此処にいらっしゃる先輩方のお陰で…」
「そっか」
令から甘い香りがしてくるのに気付いた私は目線を下にやった
仕事着である厨房制服の上に軽く薄手のジャンパーを羽織っているだけで
余程慌てて急いで来てくれたのだ、と
申し訳ないと思いつつ、嬉しくもあった
昔から令はそうだった
私が学校で揉め事を起こすと聖と蓉子の代わりに迎えに来てくれて
令の姿が見えると安心出来る
いつも変わらない優しさで見守ってくれる彼女の温かさは誰にも真似できないものだと思う
「この度はお世話になりました、皆さん有難う御座います」
「いえっ、私達こそ伝説の王子様に会えて光栄です!」
「伝説…?」
黄薔薇様の妹、黄薔薇の蕾と呼ばれる人が慌てて頭を下げた
其の言葉に違和感を取った令が眉を顰めるので、
私は説明してあげる事にする
「永遠のリリアン史上No.1のMr.リリアン。支倉令、伝説になってるらしいよ」
「えぇえっ!?」
「ちなみに聖も蓉子も皆、伝説に残ってる」
「そうなのっ?」
「うん、其れだけ個性が強過ぎるんだろうね」
ふぅ、とため息を吐く私の隣で令は微妙な顔色を浮かべていた
「でも、令はMr.リリアンなんかじゃなくてMr.ヘタレだよな〜」
ぼそりと令にしか聞こえないように呟いてみる
こら、と背後で肘で怒突かれた
笑いながら令を見上げると令もいつの間にやら笑っている
そういえば昔ある1つの遊びが大のお気に入りだった
其れは令と聖と、3人で公園で剣道ごっこ
激しい運動は駄目だと言われていたけれど
令の高校時代のビデオを見て憧れを募らせた私のために
2人とも子供用のスポンジで出来た棒を持ってきて遊んでくれた
遠くのベンチに腰掛けて此方を微笑みながら見ている蓉子と祥子に時折手を振る
そして再び聖と令に容赦ない猛攻撃を仕掛けたりして
2人共手加減してくれているのは子供ながらに丸わかりで
ならば其処を突こうと滅多打ちにして2人共最後には本気で痛がったりしていた
楽しかった
一言で言うならば
そう、此の他に形容出来る言葉などあろうか
その後聖が心配していた通り幼稚園のお遊戯も小学、中学と続けて体育の授業は参加を許されなかった
でも私は全然気にならなかったんだ
由乃に聞いた方法で皆が動き回っている所を眺めながら1人楽しんだり
お陰で今ではスポーツ番組を見ながら2人で解説したり、此の選手の悪い癖はとかマニアックな会話が出来るようにまでなった
リリアン中学部に上がってから時々剣道部の部活動を覘きに行ったりしている
其のルートは3人で遊んだあの遊びのお陰だと思う
少なくとも素人よりは剣道に詳しいし、
時々部長に頼まれてアドバイスをしたりしているくらいまでだ
…嗚呼、多分私の人生の全てに皆が関わっているんだ
好きな飲み物も
好きな食べ物も
好きな服も
好きなテレビも
好きな本も
皆の影響で培われている私の性格
嫌だなんて思った事ない
血の繋がりよりも深く感じれる繋がり
堂々と胸を張って言えるよ
私が世界で1番好きなのは皆で
私の世界で1番大事なのは皆だよ、って……
「ねぇ、伊音ちゃん。君も送ってあげるから家何処か教えてくれる?」
「えっ、そんな!いいですよ、皆さんのお宅とは正反対の方向ですし」
「に付き合ってくれたんだから其れぐらいさせて、保護者からのお礼の気持ちとしてさ」
「…それじゃあお願いします……」
「うん」
シートベルトをしながら令が尋ねると、
後ろの席に居た伊音は慌てて首を横に振り断った
けれど令はふふっと笑いながら車のキーを差し込み、やんわりと受け流す
すると伊音は申し訳なさそうに苦笑しながら頭を令の背中へと深々と下げる
其れをバックミラー越しに見ていた令が再び微笑んで頷いた
そんなやり取りをはちらりと横目で見てから、
肘を突いて前方をぼんやりと眺め始める
車はするりと動き出し、の身体を揺らす
「ねぇ、令ってさ」
「ん?」
「黄薔薇様だったんだよね」
「うん、そうだよ。ちなみにお姉さまも由乃もだけど」
「未だに良く判らないんだけど、つまり今日あそこに居た人達が卒業後も仲良くしているみたいな…其れが皆の集まり?」
「そうだね、私達の場合特殊だと思うけど元々はあそこに集った人々の集まりだよ」
「ふぅん……」
令が車のハンドルを切る
其れと合わせて車体も傾いて右折した
頷いてから何も言おうとしないに、
令は含み笑いをしながら尋ねる
「何?も山百合会に入りたくなった?」
「ううん、全然」
「…あっそう」
さらりと首を横に振るを視界の端に捕らえて令は項垂れた
は顎を置いていた手の平から其れを離し、顔を上げるときっぱりと言い放つ
「でも、良いなぁとは思った」
「え?」
「羨ましいな、って。私には親友とか居た事ないから、聖と蓉子と江利子とか見ててさ」
「伊音ちゃんが居るじゃない」
「伊音は別なの」
「…ふぅん」
後頭部席にて微笑んでいるだけの彼女をバックミラー越しに見ながら、
今度は令が頷くだけの返答をする番だった
親友、では無いらしい
だとしたら本当に恋人だとでも言うのだろうか?
「う〜ん…」
1人首を傾げながら思案する令
だって此の間の晩、は言った筈だ
伊音ちゃんとはキスをしたりSEXをしたりしたいとは思わないと
ならば其れは強い友情であって、
其れを恋と勘違いしているだけなんじゃないか
累がそう言っていた
だから私も祥子も素直に納得出来て
は違うと断言してみせた
伊音は恋人だ、と
……もしかしたらの感情は変わりつつあるんじゃないか
最初は累の言った通り勘違いしていたかもしれない
けれど段々伊音ちゃんへの愛しさが込み上げて来て
今は本当に好きで、守りたいと思っているんじゃないか
「…子供の成長って瞬く間だなぁ」
独り言を呟く令に、
は訝しげに目線をやった
けれど彼女の中で問題はもう解決したようで
先程までの思案に更けているような顔は消えていた
むしろすっきりしているようだ
そんなこんなでそれぞれの思惑が行き交う内に伊音の指示で令の車は目的地へと辿り着いた
バンの後ろのドアを閉めてから伊音は窓から顔を覘かせている令に改めて一礼する
「送って頂き本当に有難う御座いました」
「ううん、伊音ちゃんも有難うね」
「いいえ。あ、母に会って行ってやってください。いつもお世話になっていますし」
「母って……あの…久保栞だよね?」
其の単語が出た途端令は気まずそうに頬を掻きながら、
伊音に窺うように尋ねる
伊音は小首を傾げて「はい、そうですが…」と応えると
令は更に気まずそうな表情を見せてから手を横に振る
「やっぱり良いよ、聖さま達を置いておいて私が会う訳にはいかないから」
「久しぶりね、令さん」
アクセルを踏もうとしていた足が止まる
そろそろと顔をやると、其処にはあの頃と変わらない静かな笑みを浮かべた彼女が居た
やはり伊音ちゃんは栞さんにそっくりだ
何処か冷静な部分の私がそう告げる
我が子である伊音ちゃんの両肩に手を掛け、此方に微笑みかけてきてた
「栞…さん……本当に貴女なの?」
「ええ」
「…こんな近くに居たんだね」
「ええ、まさか貴女方に会うとは思わなかったけれど何の因果かしらね」
ふふ、と控えめに笑う彼女から目を離さずに
令は車から降りるとちらりとを見る
訳が判らないという顔をしているはじっと此方を見つめていた
栞に向き直り、令も微笑浮かべながら気になっていた問題を投げかける
「……じゃあ知ってて伊音ちゃんをリリアンに入れた訳じゃ」
「違うわ、断じて違う。私が途中までしか過ごせなかったリリアンを伊音に過ごして欲しかったの」
「そう、なんだ…じゃあ此の子の事は知ってた?」
そう言いながらを目配せで示す
けれど栞はふるふると首を横に振り、伊音を見やる
「最初は知らなかったわ、でも…伊音からちゃんの家に行った時の事を聞いてピンときたわ」
「そうなんだ…」
「皆さん元気なの?」
「うん、あの頃の仲間は今でも集まっているよ。を中心に」
「そう……」
「ねぇ、今度の土曜日…うちに来ない?蓉子さまが会いたがっていたから」
「紅薔薇の蕾、水野蓉子さまよね?」
「もう紅薔薇様になって、更に其れも卒業しているけど」
「ふふっ、其れもそうだわ。あれから何年経っているんだから。私ったらあの頃から時間が止まったままらしいわ」
「じゃあ伺わせて頂くわ、伊音も一緒で構わない?」
「うん、今はうちに住んでいるから其の方が良いかも」
「判ったわ、それじゃ祥子さんにも宜しくね」
「うん」
そして最後に伊音と同じく栞も頭を下げて礼を言う
其の優雅な動きに見入りながらも令は苦々しげに口を開く
「栞さん」
「何かしら?」
「…聖さまに会っても大丈夫なの?」
「……もう関係ないもの、私とあの方は」
「関係ないとは言い切れない事態になっているのは、判ってる?」
「…そうね、でも此れは此の子達の問題だもの」
はっきりと言い放つ栞に、令は何も言い返せず
挨拶だけしてから車に乗り込み、発進させる
2人の姿が遠ざかっても、
家に着いても、
は何も言わなかった…―――――――――
next...