護りたい物が在った
護りたい者が在った
其の違いは何だろう…?
伊音ちゃんと2人で何処かで遊んで来なさい、と
5千円渡された
其の紙はポケットに入れている手の平で撓っている
祥子は出掛ける間際の私をそっと抱きしめてくれた
そして小さな声で謝罪を述べた
ぽかんとしている私と伊音の背中を押して、玄関の扉を閉める
段々狭くなっていく隙間から祥子の顔が見えた
初めて見た、祥子の緊迫した顔
蓉子と同じようにいつも余裕を持っていて格好良かったのに…
ズボンのポケットに突っ込んでいる手とは反対の手に握られている伊音の手はとても小さくて、
とても華奢だった
無言で歩いていた足を止めて伊音を振り返る
「何処…行く?」
「何処でもいいわ」
「……ゲームセンター行ったりする気分じゃないから何処かでお茶でもしよっか」
「そうね」
なんて
元々伊音を連れてゲームセンターに行った事なんて無いけれど
何と無くゲームをやる気分にもなれなかったから
私達はそのまま近くにあったファミリーレストランに入った
2人共特に会話を交わす事もなく
運ばれてきた珈琲を飲みながら窓から見える休日の人々を見つめている
其れで何時間ぐらい過ぎたのだろうか
中に居たお客の面子は私達が入ってきた頃とは大分違っていた
さすがに店員達も私達が一言も交わさずに長時間居座っている事に違和感を覚えたらしく
店内の隅でひそひそと此方を見ながら何やら喋っている
そろそろ拙いかな、と思い私は口を開く事にした
「今頃、ひと段落着いたかな?」
「……そうね」
窓の外を眺めている私とは対象的に、
伊音は何やら本を取り出して没頭していた
けれど其れを捲る手は遅すぎるペースだった
だからきっと頭に入ってなんかいないだろう
私がそう言うと伊音は困ったように笑った
「……聞いても良い?嫌だったら答えなくていいけど」
「いいわよ」
伊音がぱたんと本を閉じて傍らに置く
ちゃんと聞いてくれるという合図だ
だから私もちゃんと座りなおして真剣に向かい合う
「お父さん、ってどうしたの?」
「…居ないわ」
「……あのさ、私が言うのもなんだけどお父さん無しでは子供は出来ないよ?」
「ふふっ、判っているわよ。でもね、居ないの」
そして何処か遠い所を見つめて伊音はぼそぼそと経緯を話し始めた
私は砂糖入り珈琲を静かに啜りながら其の言葉の旋律に耳を傾けていた
全てを聞き終えた頃、
既に日は沈み街並は夜のネオン街へと変わっていた
話し終えてすっきりしたのか、
俯いてしまった伊音を無言で引き店を出る
夏だからジメジメした空気がむわっと私達を包む
伊音の手を引きながら令の家へと戻る途中
小さな公園があった
其処に寄り道して、ブランコに伊音を座らせる
鎖に手を掛けて伊音の顔を上から覗き込むと、
彼女は不思議そうに顔を上げてきた
其のまま私は見下ろした其処に居る彼女の顔を眺める
「…どうしたの?」
「……ううん、綺麗だなぁって」
「貴方の方が綺麗な顔していて凛々しいわよ?」
「そんな事ないよ…あれ、伊音此れどうしたの?」
苦笑しながら首を横に振った時、
伊音の前髪に隠れていた額から小さな傷痕を見つけた
前髪を指で払い、額を指でなぞりつつ問いかけると
彼女は身を竦めて私から目を逸らす
其の行動だけで何があったのか悟るのは充分だった
「何、されたの?」
「……言えないわ」
「言って」
「…嫌よ」
「言って、伊音」
頑なに首を横に振る彼女だけれど
私は其の細い手首を握って問い詰めた
少しして諦めたように伊音はため息を吐いてから私を真っ直ぐ見上げてくる
「叩かれて、其の時に側にあった壁にぶつけただけよ」
「……誰に」
「其れだけは言わない、死んでも」
「どうして!」
「言ったら貴方、仕返しするでしょう?そんなの許されないわ」
「伊音にそういう事をする事自体が許されないだろう!?」
「だから、。此れを良く見て」
「…っ」
いきり立って怒鳴る私に伊音は自分の額の傷を指す
渋々ながらも其処を良く見ると、
…傷だ
確かに傷がある
というか先程見た時と何も変わらない
伊音の言わんとしている事が判らず首を傾げると
彼女は呆れた様に「もう」と頬を膨らます
「傷といっても古いでしょう?痕も消えかかっているし」
「そう言われれば…」
「あの日、薔薇様方に水を掛けられた日から苛められなくなったのよ」
「そう、なんだ」
「だからもう貴方が心配することないのよ」
「……伊音」
「うん?」
「ごめん」
そう言って笑う伊音を見ると、
なんだか胸がきゅ〜っと締め付けられた
彼女の肩に両手をやり、そっと抱きしめて謝ると
彼女の手の平が私の背中に回り抱き返してくれる
「大丈夫よ」
「…ごめん」
呟いてから、そっと身体を離す
至近距離にある伊音の顔
こんな近くで見るのは初めてかもしれない
ずっと一緒だったのに
其の薄い桜色の唇に引かれるように私は顔を近づけた―――――――
そうだ
伊音に初めて出会ったのは小学5年の時だった
祐巳ちゃんに紹介されながら黒板の前に立つ伊音はとても綺麗な子だと思った
小学生で、まだ幼くて浮かれている小学生達の中でひと際目立っている程大人びた子だった
伊音は私の隣の席になったんだ
『初めまして、久保伊音です。宜しく』
『…宜しく』
そういえば最初は素っ気無かったな、私
窓際の席だったからいつもぼうっとして高等部の校舎を眺めていたんだ
そんな彼女の周りには興味津々なクラスメートが常に集っていたから、
鬱陶しくてしょうがなかった
とうとうある日私はそのやかましさに我慢が効かなくなって、
これ見よがしにガタンと席を立って伊音の方を睨んでから教室を後にした
今思えば伊音に罪は全く無いんだよなぁ
だって君はいつも微笑んで「ええ」か「いいえ」しか言ってなかったもん
とにかく、私の行動でクラスメート達は罰が悪そうに辺りに寄って来なくなった
…此れも今思えば伊音に友達が出来るの邪魔しちゃったんだよなぁ……
ごめん
と、とにかく
其の頃は全く伊音という存在を気に掛けてなかった
小学生らしかぬ小学生が転校してきた
其れだけだったんだ、けど
あの日を境目に君は私の世界へ飛び込んできた―――――――
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