夏の日差しがじりじりと追いかけてくる
まるで溶けてしまえ、と
此の季節は私達ちっぽけな人間に太陽は非常にも試練を与えるのだ
令と累は2人で駅にある噴水広場の淵に腰掛けていた
「あ〜ちぃ…」
「うん」
「……暑い」
「うん、そうだね」
1人は辺りを見回しながらもう1人の言葉に相槌を打っている
もう1人はコンビニで買ってきたアイスの棒を咥えながら項垂れていた
通り過ぎていく人々がまるで雑誌の撮影かテレビの撮影じゃないかと2人に視線を釘付けにしていく
けれど此の双子は昔から2人で居るとこうなる事を知っていたから、
さも慣れているふうに何ともない顔をしている
「暑いな〜もう!」
「暑い暑い言わないでよ!余計暑く感じるじゃない」
ぐったりした顔で噴水の水に顔を近づける累に、
痺れを切らした令が叫ぶ
けれど其の侭放っておいたら噴水の中に入りかねない姉を発見すると其の首根っこを掴んで引っ張った
「あ〜づ〜い〜」
「分かったら!アイスもう1本買ってあげるから!其れだけは止めて!」
「ホントッ!?」
「…はぁ……」
水面すれすれの状態で引っ張られながら累が叫ぶと、
令も叫びながら必死に累を噴水から遠ざけようと引っ張りつつ叫ぶ
するとまるで身を翻したかのように累は跳ね起きて令をキラキラした目で見つめた
こんな姉にも慣れている令はため息を吐きながらポケットから千円取り差し出す
「サンキュ!令も何か飲む?」
「じゃあ麦茶お願い」
「了解」
うきうきとその場から離れていく累の背中を見つつ、
令は再び辺りに目をやる
休日だから駅前は人が多かった
此の中から1人の人間を見つけ出すのは到底難しいだろう
約束の時間までまだ10分はある
本当は30分前には辿り着きたかったのだが、
双子の片割れが出掛けまでぐずぐずしていたものだからこんな時間になってしまった
待ち合わせの相手は本当に此処を判っているだろうか
途中で気が変わって帰ってしまったのではないだろうか
何処かで何か事故に巻き込まれてしまったのではないだろうか
心配性の令に悩み事は尽きない
其の分あっけらかんとしてる累は先程からご覧の通り好きな事をしていた
「令さん!」
そんな時背後から声がして令は長身の身を生かして振り返ると、
人混みの向こう側から待ち合わせ相手が小走りでやって来る
真っ白な肌に薄らと赤みを増している
令は慌てて近寄り、安心したようにはにかんだ
「ごめんなさい、遅れてしまったかしら?」
「ううん、私達が早く着いちゃったんだ。まだ10分前だから大丈夫」
「良かった」
ホッと胸を撫で下ろす彼女に、令は微笑む
傍から見れば初々しいカップル以外何物にも見えなかった
「あ〜、令の浮気現場発見!」
「えっ!?」
再び背後から掛かった声に、
令はぎょっと振り返ると其処には新たなアイスを咥えている双子の片割れ
手には2本分のペットボトルが入ったコンビニの袋を掲げている
ニヤニヤと笑いながら此方へ悠長に近寄ってくる累を見て、
栞はえ?と令と累を見比べる
あ、と説明をしようとした令の肩越しに累が顔をにょきっと出してスマイル
女の人を口説く時に用いる笑顔に、令は呆れ顔になった
「初めまして、栞さん。令の双子の姉である支倉累です」
「双子…初耳だわ」
「うん、まぁ…栞さんがリリアンに居た頃は累は別の学校行ってたから」
「そうなの」
「私が2年生の時に累はリリアンに転校してきて…直ぐ辞めた」
「あら、まぁ」
「本当、累って何処かに長年居続けた事ないよね」
半目で累を見ると、
累はカカカッと笑いながら令の肩を叩く
そして今しがた買ってきたばかりのビニール袋から麦茶を取り、
栞に差し出す
遠慮がちに優雅にお礼を言う栞に、令と累姉妹はニッコリと笑い返す
けれど直ぐに令は真顔になって累の手から袋を取ろうと手を伸ばした
累も腕を目一杯伸ばして令から取られないように阻止する
「其れ、私のじゃない?」
「…お堅い事言いなさんな」
「私の分ある?此れでも喉渇いているんだけど」
「な〜い」
「ちょっと累!!」
袋に入っていたもう1本は累の大好きなレモン系の炭酸ジュース
つまり令の物はもうない、と
累は残念だったね、と憎たらしい笑みを浮かべながら其のジュースを飲み干した
栞が苦笑いしながら麦茶を元の主へと返そうと差し出すが、
令は累を睨みつけながらお構いなくと其れを断る
「じゃっ、行こうか」
「ええ」
累の掛け声を合図に栞は頷き、
令のワゴンが停めてある駐車場へと一行は足を向けた
栞を助手席に乗せ、
累が運転席に乗り込み
令が後部の席に乗る
シートベルトを栞がしている間に累はポケットからペットボトルを取り、後ろに居る令へと差し出した
其れは麦茶
なんと累は栞の事も考慮して予めちゃんと3本買っておいたのだが、
令を苛めてやろうかと悪戯っ子本能が働きポケットに隠していたのだった
其の流れを見抜き、令は苦笑しながら嬉しそうに受け取る
何だかんだ言って累はちゃんと令に対して優しいのだ
何食わぬ顔をして車を発進させる累
其れから数十分して令の車は自宅へと辿り着いた
駐車場にするりと綺麗に入れると、
3人は令と祥子の愛の巣へと向かう
一応家の主である令がドアを開けて中に入ると、
続けて栞が入り、
最後に累が入るという並びだった
家の中はしんとしていて、
クーラーの冷気が3人の熱い体を冷やしてくれる
令が床を見ると、確かに見慣れた靴が数組揃っている
その数はおよそ3組分
由乃達も来ると言っていたけれどまだ着いていないらしい
とりあえず栞に来客用のスリッパを差し出す
累はいつものように素足で中へとずいずい入ってく
サンダルを揃えもせず脱ぎっぱなしにしていくずぼらさには令も呆れるしか出来なく、
自分の靴と累のサンダルを揃える
栞の真っ白な靴は栞がスリッパを履いた後に自分で揃えてあった
少しは見習って欲しいなと思ったり思わなかったり…
「ただいま〜」
「おかえり」
「早かったわね」
累がキッチンに顔を出すと蓉子と江利子が笑顔で迎えた
其の侭累はキッチンに入っていき、江利子の背後から抱きついたまま江利子の手元を肩越しに見つめる
2人は此れから集まる仲間達の分のお茶やらお菓子やらを皿に並べていた
其処に手を伸ばしてクッキーを摘み食いすると、
江利子が顔だけ振り向いて美味しい?と尋ねてくる
累がまぁまぁと応えると足を踏んづけられた
「あだっ」
「感想は素直に言っておくものよ、累。其れ江利子が作ったんだから」
「え、そうなの?じゃあ私が全部食べようっと」
「……ちょっと」
「あだっ」
江利子の手作りだと蓉子から聞き、
数枚纏めて摘む累の足を再び江利子が襲う
あまりの痛さに累が呻くと蓉子がやれやれと肩を竦めて苦笑した
「珍しい江利子の手作りの差し入れなのよ、皆にも味わせてあげて頂戴」
「うぅ、じゃあ蓉子さん何か作ってよ」
「冷蔵庫に私の作った珈琲ゼリーがあるから食べて良いわよ」
「うっしゃ」
其の言葉を聞くなり嬉々として冷蔵庫へ直行する累を眺めながら、江利子が言う
「蓉子、あの子を甘やかさないでよ」
「いいじゃない、たまには甘えさせてあげないとね」
「貴女が甘えさせるから調子に乗って私にもいろいろ要求してくるのよ」
「貴女も累に恋人サービスしてあげないと何処かの女にフラフラ着いて行っちゃうわよ?」
「其れ経験談?」
「えっ」
「へぇ、そうやって聖の浮気防止をしているのね」
「な、何言ってるのよ!」
蓉子が真っ赤になって否定すると、
江利子はニヤニヤとほくそ笑みながら勉強になるわと追い討ちを掛ける
そんな2人を尻目に累が珈琲ゼリーを左手に、スプーンを咥えたまま、
足で冷蔵庫を閉めながら右手で江利子の隙を狙って再びクッキーを摘み、
其の侭逃げるようにキッチンを後にした
やられた、と舌打ちをする江利子
再びキッチンに累が顔だけ覘かせて言う
「そういえば栞さん来ているけどいいの?放っといて」
「…其れを早く言いなさい!」
玄関先で蓉子と江利子が出てくるのを律儀に待っていた令と栞を口に咥えたスプーンで差す累に、
蓉子と江利子は手にしていた物を放ってパタパタと玄関へと向かう
2人に怒られてもけろりとして累はひょいひょいリビングへと入って行った
累がリビングに入ると、珈琲を飲みながらテレビを見ている聖が居た
ソファに身を深く沈めているけれど
其の耳も目も活躍はしていないみたいだった
ぼーっとしている聖の隣に累は腰掛けると珈琲ゼリーを食べ始める
少しして聖は累の存在に気付いたらしく嗚呼、と微笑を浮かべた
「おかえり、累。有難うね」
「ん。…あ、言うか言うまいか悩んだんだけどさ」
「うん?」
「静、日本に帰ってきてみたいだよ?」
「嗚呼、知ってる。手紙でそう聞いたよ、もう日本で暮らすんだってさ」
「ふぅん、ならいいんだ」
其れだけ言って頷くと、
蓉子の珈琲ゼリーを熱心に食べる事を再開した
そんな累を見て聖はふっと優しく微笑んだ
手に握られたままだったアイス珈琲を口に運ぶと、氷が溶けていてかなり薄くなっている
あまりの不味さに顔を顰めた其の時、リビングのドアが開け放たれる
蓉子を正面に、江利子と令と次いで
懐かしい顔が現れた
聖が其の侭硬直していると、彼女は困ったように微笑む
「久しぶり、聖」
「し、おり……」
蓉子達は不安そうに聖を見ていたけれど、
其の不安に応えるように聖は見事にフリーズしていた
恐らく栞と過ごした日々の事、
そして栞と別れた日…
聖の心に傷となって残っている日々の事が蒸し返されているんだろう
其の状態が何分続いたのだろうか
否、もしかしたらそんなに経っていなかったのかもしれない
沈黙と、気まずい空気を破ったのは累だった
あっという間に喉の奥へと掻き込んだ珈琲ゼリーを租借しながら、
最後の一欠けらをぽかんと開けたままだった聖の口へと押し込んだのだった
「……むぐっ…」
「うん、美味しかった」
突然の進入物に聖が顔を顰め、
皆がきょとんとしているのに
累はソファから立ち上がり美味しいと呟きながらキッチンへと器を戻しに行った
聖も戸惑うように口を動かすと少しして固い笑みを浮かべる
「確かに美味しいや」
「…有難う」
そんな聖に蓉子が微笑んで礼を言った
其の一連の流れで聖の緊張は解けたらしく、いつもの凛々しくて格好良い聖に戻っていた
優雅にソファから立ち上がり、
栞の顔を正面から見つめてにかっと笑う
「久しぶり、栞」
「ええ」
自分と居た頃はしなかった笑い方に、
栞もホッとしたらしく頷いて微笑んだ
そんな時キッチンから戻って来ない累に気付いた令が、
キッチンと繋がっているカウンターの中を覘きながら叫ぶ
「累!珈琲ゼリーは1人1つだよ!!」
皆が見てる中で、累は新しい珈琲ゼリーを手にスプーンを手にカウンターの下から現れた
そして令の険しい顔を見て言う
飄々と
「令の分があるじゃん」
「駄目っ!!!」
どっと家の中に華やかな笑い声が沸いた――――――――
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