「ただいま」




小笠原祥子

皆も知っての通り世界に羽ばたく小笠原家の一人娘
彼女達一家を囲むものは誰もが疑いもなく思っていた

一人娘の祥子に、名家の婿を取らせて小笠原家を存栄させていくと


けれどきっと誰もが開いた口が閉じなかっただろう

祥子は結婚せず、高校時代の親友であり恋人である人と2人で暮らすという事実に


相手は女性で、
祥子は子供を身篭る事は出来ない

小笠原一家の代々受け継がれてきた血は一体どうなるのだろう、と




しかし一族の(本家の祖父、父、母以外)苛立った思いに反して

数年経った頃ある少女がやって来たのだった


聞く所によると祥子の先輩達の子供だという

彼女の事を知った小笠原の奥方が是非とも遊びに来て欲しいと熱望し続け、
其れが叶ったのがその日だったという訳だ



外国の人のような透き通った美しさを持った人と、

きりっとした女性ながらの美しさを持ちえた人に、

両脇から手を繋がられてやって来た小さな少女








名をという











そして2人の女性と、
祥子と、
祥子の恋人と、
小笠原の奥方の清子と、

たまたま家に居た小笠原の主




7人で談笑しながら信じられないくらい広いリビングでお茶をしていた時の事


祥子がふと謝った
自分を此処まで育て上げてくれ、我侭も聞いてくれた両親に




"此の家を継ぐ事が出来なくてごめんなさい"と



両親とも朗らかに笑って何を言っていると娘の肩を叩くけれど、
其の娘は心底申し訳なさそうに呟いていた


例えば会社に関して
例えば世継ぎに関して


女性であれど優秀な祥子が父の元で学びながら働いていれば、
自分の実力を周りに知らしめる事がいずれ出来る

だから会社もその時に祥子が継げばいいだけの事


けれど其の後はどうすれば良いのだろう
祥子が働けなくなったら、
小笠原の会社は誰とも知れない他所の人に譲るしかないのだろうか


そして何より

自分の両親は一生孫を抱くという事が出来ないのだ



子供の可愛さは知っている
先輩2人の養子であるを赤ちゃんの時から見てきた

だから余計に改めて両親への罪悪感が募った



さしても気にしていない両親に、祥子を良く知る3人はホッと安心したように微笑んだけれど

部屋の中で1人暗い顔をしている祥子が取り残される




其の時驚いた事が起きたのだった

大きな高そうなソファに座っている一同の真ん中に空いている床で、
清子から与えられた玩具で遊んでいた幼稚園児がきょとんと首を上げて祥子を見たのだ


そしてニコリと微笑むと



一言









がさちこのあとをつぐよ!いっしょうけんめいべんきょうして、つぐよ」













其の言っている事を判っているのか判っていないのか


少女はくてんと首を擡げて自分の親2人を見る
まるで褒めて貰おうとでも思っているのか

其れとも、もしかするとそうしても良いよね?と了承を取ろうとしていたのかもしれない



けれどという名は小笠原の一族にあっという間に知れ渡った


小笠原とは遠縁である松平家にも其れは響き渡り、
自分の親からの名を聞いて松平瞳子もかなり驚いたと言っていた






別に幼いの言葉を鵜呑みにした訳ではない

けれど今まで感じた事のない喜びが胸を駆け上がってくるのを祥子は感じた




其れはがまだ小さな頃の時の事……――――――――




















「あれって、本気だったのかしら」





幾分か年が流れた頃、
祥子は独り言にそうやって呟いた

妹である祐巳からの頼みにて祥子は自慢の愛車で迎えに出たのだった

さすが世界に名を轟かせている小笠原の跡取りなだけあって車も相当立派なものだ


青を基調にしたMercedes-Benzのオープンカー



祐巳が初めて乗せて貰った時はカチンコチンに固まってしまったらしい

街を走ればかなりの目が惹き付けられる美しさは、
祥子の美貌に沿ったものかもしれない


弁護士である蓉子と祥子の愛車が並んで走れば何とも言い換え難い光景となるのだった



1度聖と令が顔を見合わせて苦笑いをしていたのを覚えている






すれ違うだけでも周りは躊躇するような車をいとも容易く運転しながら祥子は先程の一言を呟いたのだ

助手席に座っていた祐巳が首を傾げて素敵な姉を見上げる







「何が、ですか?」

「ねぇ、祐巳。貴方は小さな子供が言う事を信じるべきだと思う?其れとも否?」

「いや、それは…」




真っ直ぐに尋ねてくる祥子に祐巳は苦笑した
甲か否か答えられはしないだろう

何故なら祐巳は祥子の言う其の"小さな子供"を相手にする仕事をしてきたから


其れに気付いた祥子も苦笑して目を細める






「ごめんなさい、其処で否を突き通したら貴方の仕事を全面否定する事になるわね」

「そんな事ないです!でも…其の小さな子供って、ちゃんの事ですか?」

「ええ、が幼稚園に入ったくらいだったかしらね。信憑性あると思う?」

「幼稚園時代の事は…多分覚えていないと思います。でもちゃんならもしかしたら」

「覚えていると?」






少し思案してから祐巳が微笑みながら言うと、
祥子は交差点で車をするりと停めてから祐巳の顔を見る

そして期待を込めて再度問いかけると祐巳は力強く頷いてくれた


其の頷きに祥子は嬉しそうに微笑んだ






「其れで、一体全体何の話ですか?」






誰にも邪魔できない姉妹の世界に入り込んでしまいそうだった2人の後ろから、
本来祐巳の恋人である由乃が不機嫌そうに其の世界に終わりを与えた

対照的に祥子はご機嫌なようで微笑みながら肩越しに後ろを振り返る






が小さい頃に言ったのよ、私の後を継いでくれるってね」

ちゃんが?お姉さまの後をですか!?」

「そんなに驚かなくても良いじゃない、でも確かにそう言ったの」

「はぁ〜…」






由乃は想定外の答えに言葉を発する事が出来ず、
変わりに祐巳が声を上げて予想通りの反応を見せる

祥子がウキウキと昔を思い出しながら言う







「覚えていると良いんだけど」

「あ…でも確か此の間言ってましたよ、ちゃん」

「何て?」

「テストの答案を返した時、ちゃん物凄く良い点を取ったんです」

「あら、そうなの。何点?」

「98点です…私が中学生の時と比べると全然出来が良くて……」

「そりゃそうよ」

「え」

「私達という優秀な人に囲まれて育ってきたんだもの」

「あぁ…そういう意味ですか。1番仰天したのが其のマイナス2点は最後の最後で寝ちゃったんだとか言うし」







さらりと肯定する祥子に祐巳はショックを隠しきれず顔を上げた
けれど祥子は前方を見つめながら得意げに言い放った

其の会話の食い違いに気付いた祐巳がホッと胸を撫で下ろして足してそう言うと、後ろに居た由乃がカラカラと笑う








「だから高校も大学も好きな所に行けるね、って囁いたんですけど。そしたらちゃんこう言ったんです」











聖譲りなのか口をニカッと開けて笑う仕草

そして目を細める動作を加えて、其の笑顔は悪戯を思いついた少年のものになる









『だって私の目標は祥子だからね。まだまだこんなもんじゃないよ』






















「格好いい…自分より一回り二回りも年下の子供に言うのも変だけど」






由乃の言葉にその場に居た3人は同意した
祥子と祐巳と由乃

其処にはもう1人居たのだ









「さすがちゃんね」









そう、何を隠そう此の方

蟹名 静


彼女こそが祐巳が祥子に迎えを頼んだ理由だったのだ







令の家に栞が来ると聞いて静が是非自分もと参加意志を述べた


最初こそは戸惑う祐巳と志摩子だったが、

その後祥子に電話をかけた所承諾が取れたので静も集会に出席となった訳である










車は走る




懐かしい時代のメンバーが集い、何を交わすのか

其れは誰にも分からない



けれど車は走るしかない


其の主が走れと命令をしてくるのだから
4つの足をひたすら回して走るしかない―――――――











運命の歯車は止まるのか

其れとも急加速して回りだすのか




其れとも…ゆっくりと回り続けるのか




















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