「ごきげんよう、聖さま」
「…今日は同窓会?」
開口1番の台詞は其れだった
呆けている先輩に静は物怖じせずにニコリと微笑み返すだけ
そして背後に控えていた祥子と祐巳と由乃が静の背を押して中へと入ってくる
自然と聖は其の体を脇に寄せて彼女達の侵入を許す形となった
まぁ元々祥子と令の家なのだから遠慮も何も無いが
「お姉さま、ごきげんよう」
「…やっぱり同窓会?」
ドアを開けた姿勢のままリビングを見ていた聖の背後から再び声が掛かる
其の主を見て聖はやはりというように唸った
けれど志摩子もやはり微笑み返すだけで、
乃梨子を引き連れて中へと入っていく
一気に賑やかになるリビングへと向かいながら聖は1人呟いた
「絶対同窓会だ、此れ」
久しぶりの面子に蓉子と祥子が紅茶を差し出していく
ソファに、
食卓に、
床に、
それぞれ寛いでいる仲間達
まぁ床で寛いでいるのは累だけだが
聖以上の喫煙家なためにベランダを開けてあり、
其の近くが累の専用席となっている
此れはいつもの仲間以外も来る今日のために祥子が出したルールだった
栞とは良く知らない仲なので話し合いにも参加せず累は1人で其の床で漫画を読んでいる
和やかに談笑していた一同に、話を切り出したのは江利子であった
「唐突で悪いけれど、伊音ちゃんのお父さんはどうしたの?」
本当に唐突だった
其の為にその場に居た全員しばらく脳内がフリーズした
けれど唯一栞は覚悟していたようで苦笑いしながら話し始める
「あの子は、正真正銘私がお腹を痛めて産んだ子です」
聖と別れてシスターへの道を歩み始めた日
そして其れを決断したのは自分なのに、栞は聖の事を忘れる事は出来なかった
其の思念を打ち払うように教会の仕事を一心不乱に熱中したのだと
其れから数年が経った頃シスターになった彼女の前にある男性が現れたそうだ
もちろん聖が心を占めている栞と其の男性が恋愛関係になる余地は無かった
其れに栞はシスターだ
聖ともそうだったように彼女に恋をする事が許される訳がない
そんな彼女を熱心に口説き落とそうと近づいてくる男性に栞は少なからずとも興味を持ちえた
其の理由が判ったのはその後産んだ伊音が大きくなってきてからだった
男は、聖に似て日本人離れした顔立ちだったという
仕草も物腰穏やかで時々ぼんやりとしだすという
正に栞が出会った頃の聖に似ていたらしい
惹かれた理由はもう1つあったそうだ
栞が出会った頃の聖は穏やかな反面いつスイッチが切り替わるか判らない程不安定な部分もあった
けれど其の男は常に落ち着いていて
見ていて此方も安心できる人だった
そして2人はいつしか結ばれた
数年経った今頃に栞の脳内は聖でいっぱいになった
聖と自分はシスターという壁で別れたのに、
その後自分は違う人と其の壁を誤魔化して結ばれた
其れは聖に対する冒涜行為で…
何よりも自分と別れる決意をしてくれた彼女に背いているという事だ
其の背徳行為で栞は常に罪悪感にからわれるようになり
其れに気付いていたのだろうか、相手の男も段々自分に対する気持ちが消えていった
そろそろ別れるべきだと栞が覚悟を決めた其の時
伊音の妊娠が発覚した
其の事を男に伝えると、
次の日男は姿を消した……
途方に暮れている伊音を教会の仲間達が迎え入れてくれ、
神を裏切った筈の自分を受け入れてくれる彼女達に涙ながらに懺悔し
彼女達は新しく生まれてくる命を喜んで待ち望んでくれたらしい
そして栞は伊音を産んだ
伊音が小学5年生の時に、こっちに居た両親に伊音を連れて帰って来いと言われ
栞は聖達の住む此の町に再び戻ってきたという
自分が出来なかった事を此の子にさせてあげたい
其れは自己満足かもしれないけれど
でも伊音は喜んで其れに好奇を示してくれた
そして
伊音が転入したリリアン小等部には聖と蓉子の子供であるが居た
余談だが栞と祐巳は面識が無いためお互い言葉を交わしても聖という繋がりには気付かなかったそうだ
話し終えた栞を前に、一行は言葉を飲み込む
想像以上に伊音の悲惨な過去
父親が居ない状態で独りで産んだ子供
そして子供を抱えて此の街で働きながら子供を育てている
そんな栞は、誰が見ても逞しく感じた
「栞…」
其の沈黙の中で聖が声を震わせながら彼女の名を呼ぶ
けれど栞は周りと比べて結構すっきりした状態で微笑みながら顔を聖に向ける
「聖、私は。…私は貴方と蓉子さまの幸せそうな姿を見れて本当に良かったと思っている」
「……」
「聖の事が心を占めていたとは言っても、其れは恋だった訳じゃない。貴方への罪悪感、其れだけだったから」
「…うん、そんな物……感じる事ない。私はこうして蓉子と、も居て皆と居れて物凄く幸せだから」
「ええ、嬉しい」
肩を竦めながら嬉しそうにそう言う栞に
其の部屋が穏やかな空気に支配される
ずっと不機嫌そうだった江利子も、
そんな彼女を心配げにいつの間にか後ろから見守っていた累と目が合う
其の眼差しがまるで捨てられた子犬みたいで江利子は思わずフッと笑ってしまった
其れを見て累は満足そうに煙草を咥え直して再び漫画に目を通し始める
「それじゃ、宴会でも開く?」
蓉子の一言に部屋の中が活気付く
料理担当の令と祥子と祐巳が意気込んで腕まくりをして、
志摩子と乃梨子と由乃は買出しに、
其の買出しの為に車を出すという江利子
けれど当然其の車を出すのは累だと江利子は思っているみたいで、
面倒くさそうにそそくさと逃げようとしていた累を捕まえて後輩3人に提供した
いつもの事なので皆笑いながらそれぞれの仕事に入っていく
聖はどうすればいいのかと戸惑っている栞と静に笑いかけ、
蓉子達の手伝いを頼んだ
リビングに1人残された聖は累が読んでいた漫画雑誌を持ち上げ、
其れを眺めているといつの間にか窓から見える街は夕陽に照らされてた
いつもと変わらない静かな夕陽に染まった自分達が確かに此処に居た
少しだけ微笑みながら、雑誌を本棚に戻して
仲間達の待つ所へと戻っていく―――――――――
「物凄い人口密度だね」
帰ってきた我が娘は呆気に取られてリビングで立ち尽くしていた
そんなを出迎えるのは随分と沢山居る大人達
もう宴会は始めていたみたいで皆程々に酔っている
としてはもっと暗い雰囲気が立ち込めていると思っていたのだろう
けれど想像とは正反対に明るい家に戸惑っているのだ
後ろに居た伊音も苦笑いを浮かべている
「いいのかな?…此れで」
「いいんじゃない?」
「うん、ま、いっか」
2人で顔を見合わせてニコッと笑うと、
手を繋いだままその輪の中に入っていった
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