聖と蓉子が大好きだ
ひとりの人間としても大好きだし
ひとりの母親としても大好きだけれど
何よりも聖と蓉子という組み合わせが大好きだった
互いを支え合い、
互いを労わり合う、
こんな美しい愛を私は今まで知らなかったから
だから、当然だと思っていた
2人は初めて出会った時からずっと想い合っていたんだ、って
そんな筈ないのにね
だから物凄くショックだったよ
聖は伊音のお母さんと想い合っていたなんて…―――――――
「嘘、だ…」
私の呟きに聖は苦々しげに顔を歪めた
しきりに馬鹿みたいに騒いだ後急に聖が切り出した、聖と栞さんの昔話を聞かされた時の事だった
誰も何も言わない
黙って私と聖のやり取りに耳を傾けているだけ
だから私は猛烈に蓉子が気になって、隣に居た蓉子を見上げたんだ
けれど蓉子は至って落ち着き払っていて
其れが余計に私を狂わせた
「嘘だ!聖に、聖に仕方なく別れた人が居たなんて!」
「嘘じゃないよ、…私と蓉子は最初から好き合っていたんじゃないんだよ」
「そんな…の、蓉子が…」
「可哀想?其れは蓉子を馬鹿にする言葉だよ、」
「だって!!」
「じゃあ言うけど!」
落ち着き払っていた聖が突然苛立しげに口を開いた
びくっと身を竦ませると聖は手にしていた麦酒をダンッと荒々しく机に置く
蓉子が嗜めようと口を開きかけるが、その前に聖が叫ぶ
「私は祐巳ちゃんとも付き合っていたよ!其れすらいけない訳!?」
「っ……な、そんな…」
「大体さっきから何さ、君の理想に私をはめ込まないでくれないかな。凄い迷惑なんだけど」
「違…そんなんじゃ……」
私が言葉を飲み込んだ所で其の激しい会話は中断された
皆も聖が言葉を荒げた事に対してかなり驚いたらしく
其の戸惑いが皆顔に出ていた
何故だろう
其れから私は急に目の前に居る聖に対する気持ちが膨らんだ
何と言えばいいのかな
凄く…こう……
ムカつく
ばしゃっ
気づいたら手にしていた麦茶を聖に思いっ切りぶちまけていた
さすがに聖も驚いたようで、
綺麗な髪から麦茶を滴らせながらポカンと私を見ている
何も言わずに私は席を立ち上がり、
自分が巻き起こしてしまった険悪な空気の中を横切って自分の部屋と化している令と祥子の家の客室に飛び込む
勢い良くドアを閉めると内側から鍵を掛ける
が居なくなった部屋の中では蓉子が盛大なため息を吐いた
「…酔い過ぎよ、聖」
「……麦茶も滴る良い女、なんちゃって」
「笑えないから」
表面には出していないけれど恐らくかなり怒っている様子であろう蓉子に、
聖はお惚けながら可愛く首を横に傾けてみた
けれど蓉子が其れを一刀両断する
其の会話に我に返った令が慌てて洗面所からバスタオルを持ってきて聖に差し出す
タオルを苦笑しながら受け取る聖に江利子もため息を吐いた
「どうせならにコーラを渡しておくべきだったわ」
「うわ、其れぶっ掛けられたらべたべたになっちゃうじゃん」
「なれば良かったのよ、そうでもしないと貴方いつになっても学習しないじゃない」
「…だってさぁ」
「だってじゃないわよ!栞さんの事が片付いたと思ったら自分で新たな問題起こして!!」
江利子が厳しい意見を述べると、
拗ねた様に口を窄ませる聖に痺れを切らした蓉子が怒鳴った
普段冷静な蓉子が怒鳴るなんて珍しい出来事に聖が再び目を丸くする
けれど誰もが蓉子と同じ意見だったのか、
今度驚いているのは聖だけだった
皆やれやれとため息を吐きながら手にしていた其々の飲み物の動きを再開させる
静も栞もすっかり其の中に馴染んでいて一緒に酒類を飲んでいた
其の中で唯一初々しい伊音だけが客室の方をしきりに気に掛けながら、
居心地が悪そうにそわそわしている
「よ、蓉子さん?」
「今まで黙って成り行きを見てきたけど、いい加減呆れるわよ。貴方達の幼稚な喧嘩には」
「幼稚…」
「大体貴方も貴方よ!はまだ中学1年生、思春期なのに其れを相手にいい大人が情けない!」
「はぁ」
「でもね」
「…え?」
「でも、今度の事は貴方の言う事が正しいと思うわ」
「蓉子……」
「は私達を崇高し過ぎてる、私達だっていろんな過去がある普通の人間なのにね」
「…うん」
怒鳴るだけ怒鳴り、少しすっきりしたのか
ふと優しげな声色になった蓉子を聖が見上げると
緩やかに微笑みながら蓉子は聖の頭に乗っかったままのタオルをわしゃわしゃと撫でる
「じゃ、今夜は放っておきましょうか。一晩もすればあの子も頭が冴えるでしょ」
「そうだね、江利子の言う通りだ」
「それじゃ、解散する?そろそろ帰らないと」
「ええ、皆も悪かったわね」
親友3人がそう決着をつけると、
誰が促す訳でもなくばらばらと皆立ち上がる
そして其々帰るグループを自然と作り、家の主である令と祥子、そして3人に挨拶をすると帰っていく
栞は静と一緒に渋る伊音を引き連れて帰っていった
最後に残ったのは令と祥子と聖と蓉子と江利子と累だった
黙々と片づけをしている中、累がぽつりと言い放つ
「今日泊まってくよ、いいよね?令」
「え?」
缶を片付けながら累は何気なくそう言った
食器を片付けていた令が顔を上げると累はちらりと一瞥して、
何も言わずににこりと微笑むだけだ
江利子と聖と蓉子の3人は親友同士で話でもあるのかキッチンに閉じこもって動かないから、
リビングで片付けている令と祥子と累の様子は見えていなかった
其れを良い事に累は独断でそんな事を言ったのだ
令も祥子も片付けの手を止めて累をきょとんと見ているだけ
「何でまた急に?」
「ん〜…私がこうでも言わないと江利子さんも此処に泊まろうとしないでしょ」
「江利子さまがどうして泊まろうと思うと言うの?」
「が居るから」
それだけ言うと累は缶の詰まったビニール袋を片手にキッチンへと姿を消していく
残された2人は顔を見合わせて首を傾げる
「はぁ?泊まる?何でよ」
想像通り江利子の訝しげな声がキッチンから聞こえた
恐らく今と同じようにさり気無く江利子に告げたのであろう累の声も聞こえる
「たまには令と姉妹の絆を暖め合いたいんだよ」
「何馬鹿な事言ってるの」
「ね、だから蓉子さんも聖さんも泊まっていこうよ!」
「ちょっと累」
「でもね、累。私達はそういう訳にいかないのよ、明日の朝起きてが嫌な思いするじゃない」
「う〜ん、逆だと思うけど」
「え?」
キッチンで皿洗いをしていた蓉子
そして洗い終えた皿を受け取り布巾で拭いていた江利子
キッチンの床、蓉子の足元辺り座って1人未だに麦酒を飲んでいる聖
3人がゴミ箱の前でゴミの分別をしている累に言うと、
累は笑いながら其れを否定してみせた
蓉子が疑問の言葉を投げかけると累は冷蔵庫から麦酒を取り出しながら言う
「逆だと思う。は今は聖さんと蓉子さん、そして江利子さんにも傍に居て欲しいと思うよ」
「でもさっきあんな事あったばかりだし…」
「蓉子さん言ってたじゃない、は思春期だって。だから行動と同じようにの心を汲み取るのは駄目なんじゃない?」
「……」
「本当は傍に居て欲しい、聖さんと蓉子さんにはずっと一緒に居て欲しい、其の反面から出ちゃった咄嗟の感情だと思うな」
一口煽る様に其れを飲んでから、
語る累に3人とも黙り込んでしまう
「だから、久しぶりに今日は皆で寝よう?いいね?」
其の累の言葉が決定打だった
蓉子も聖も戸惑いつつ頷き、
江利子も仕方ないわねというように承諾した
は繊細だ
聖も繊細で
何もかもお見通しのような累でさえ繊細だと思う
人間は、皆繊細に作られている生き物だから
時にはぶつかり合い
ぼろぼろになりながらも、
傍に居てくれる人のありがたみを感じ取り
少しずつ自分の華を咲かせていく生き物なんだ――――――
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