どうして居なくなっちゃったの?






いつものように決まった時間にこっそりやって来るを待ってたのに…
すっかり私の部屋染みた病室で、看護婦さんたちや他の患者さん達にも人気のあるを待ってたのに…

10分が過ぎて、

30分が過ぎて、

1時間が過ぎて



『また明日ね』

そう言って、約束を破った事の無いは、
その日

2つの約束を破ったの




私が入院している時は毎日来てくれること


私と、令ちゃんと、
ずっと


ずっと一緒にいること




『ずっと一緒だよ』

そう言ったのに…

誓ったのに




痺れを切らして病院の庭まで行ったら、
ベンチに見間違うはずのない姿が見えた
名前を呼んで、まだ走れない身体をもどかしく思いながら
令ちゃんに近寄ると、

ゆっくりとこちらを向いたその顔はとても青くて

泣いていた…




『由乃、どうしよう…』


私に縋りつくように両腕にしがみ付いてきた




が消えた、と





令ちゃんがぽつりぽつりと話し出したのは

一緒に私の病院へ行こうと誘いにの家まで行ったら、
家の前には人だかりができていて、
警察の人がたくさんの家を出入りしてたらしい



急いで家に帰っておばさん、令ちゃんのお母さんに訳を教えてもらおうとした
リビングに飛び込むとおばさんはビクッと震えて、
令ちゃんの方を向くと慌ててテレビを消したらしい
そして青冷めた顔で私のお母さんに電話をかけ始めたんだ
極力令ちゃんいは聞こえないよう小さな声で話してたから全部は聞き取れなかったけど、
1つだけ聞こえたらしい


ちゃんはもう帰って来ないのね、あんな事があったんじゃ…。令と由乃ちゃんには何て言えば…」


頭が真っ白になった


『もう帰ってこない』?




何で?



は何処に行っちゃったの?





何があったの!?











その日から支倉家と島津家での話題は出てこなくなった
最初の頃は令ちゃんと2人で問い詰めていたけど、
急に深刻な顔つきになる両親達の様子を見て…
私達も子どもながらにそれを察したのだ


 の話はしてはいけない、と………








なのに、どうして

「由乃、って覚えてる?小さい頃近所に居た……」




令ちゃんはいきなりあんな事を言い出したんだろう…



数年も経った今、何故?

私もすぐにはピンと来なくて、



罪悪感に襲われた



ひと時でも忘れた事なかったはずなのに、

あっさりは私の記憶から遠ざかっていた


令ちゃんと祥子さまは夢に見る程想っていると判るのに…








『1年桃組に転入する です』




本当に驚いた

まさか令ちゃんと祥子さまが未来を予知する力があるなんて夢にも思わなかった


それともう1つ驚いたんだ


ドイツ人のお母さんがいる、としか教えてくれなかったの髪の毛は
ハーフとは信じられないくらいに真っ黒でとても綺麗だったから

でも美容院に行ってもそこまでは無理なんじゃないかってくらい

余す所なく真っ白になっていた



よくこのリリアンがの転学を認めたな、と思う
聞いた処によると第一次試験で合格した異例だと

シスター達なら揃って顔を顰めて、
落とすと思う…けど



何故受かったのか知るのはずっとずっと後の事だった





令ちゃんと祥子さまにじゃれ付くを見て少し安心した
壇上に上がってもずっと

心なしか纏う空気がとても張り詰めていた感じがしたから



「あれ、何で令ちゃんここにいるの」
「え?」

「だってここ女子高でしょ」


やっぱり言ったわね
昔からあの子はそう言って令ちゃんを悲しませる事が大のお気にいりだった
令ちゃんも令ちゃんよ、学習してよね




ちらりとこちらを見た気がした
やばい、と咄嗟に前の席に座るクラスメートの背中に隠れた、けど…


「やっぱおった!由乃!こっちも相変わらず令ちゃんに金魚の糞ごとく付き纏ってた」




…数年振りにそれかい


金魚の糞て何よ

カルガモの親子の方がまだマシじゃない





私は休み時間を利用して、
隣のクラスまで駆け込んだ

どうして黙って居なくなったの?

何があったの?

今は何処にいるの?


聞きたい事はたくさんで、
でも
何でそんなに素っ気無いの?

何でそんなに冷たいの?


「由乃煩い」



そんなことを言う子じゃなかった
いつもケラケラ笑っていた…のに




「で、何?」
私を廊下に引っ張って行った後、
そう言うの瞳は

少しだけ温かい感じがした


「ごめん」


苦笑して私の頭を撫でるに、

何だか無性に切なくなってきて


零れ落ちる涙を見られたくなくて抱きついた

そっと受け止めてくれるが、

こんなに大きかったっけ?と思わせる程逞しかった


私と同じくらいの身長しかなかったはずなのに、
いつの間にか抜かれていた



それもまた、離れていた年月を思い知らされた感じで、
泣いているって言うに意地を張って泣いていないと、言ってしまう






「……相変わらず本当に強情だなぁ」





相変わらず?


に相変わらずって思わせる処は無いわ

纏う空気も、
外見も、
中身も、

全てが一転している





「今日は天気良いね、私の転入をマリア様も喜んでくれてるのかな」




嘘だ
話を逸らそうとしている

何故?

幼馴染の私にでも言えないような事なの?




無性に悲しくなって、


悔しくなった









でもそんなことを言ってたって仕方ない
私はを連れて来るように薔薇様に、特に黄薔薇様に言われていたから

を連れて行かないといけない

薔薇の館に…




「念のために言っておくけど、私はここにいる皆さんと仲良くなったりするつもりないんでそこんとこ胸に刻んどいてください」



何でそんなことが言えるの?

その中に私や令ちゃんも含まれているの?


どうして…っ









そして気になっていた髪の毛の件を聖さまが問いかけた

考えていたような返答は返って来ず、思いも寄らぬ返答が返ってきた


「地毛だよ、変色しちゃったの」




変色…って



つい口に出てしまった私に、が微笑みかけてくれた
やっぱり笑うと昔のようだ

でも何処かぎこちない感じはするけど…




「医者が言うにはストレス性だと思うって。実際こんな例は類まれらしいけど」





何があったのか、と問い詰める祥子さまに、
は冷たく一瞥くれてやるだけだった



「そこまで話す必要性ないと思うけど」



また発される言葉は冷たいものばかりで

自ら自分を、そして人を傷つけようとしているようにしか見えなかった






「…………、貴方変わったわね」





「仕方ないよ、昔とはもう何もかも違いすぎる」












「ねぇ、


「…ん?」


「私達にも紅茶淹れてくれない?」



私達はの剣道部訪問を見学した後、
薔薇の館に向かうとそこにはがいた

1人勝手に淹れたらしいコーヒーを飲みながら本を読んでいた

何を呼んでいるのかと思ってちらりと表紙だけ見たら、
原本だった

それも英語なんかじゃない


見知らぬ言葉がたくさん書かれていた
呆気に取られている視線に気付いたのか、
が顔を上げてそれを閉じた


ドイツ語だから判る訳ないって



吃驚している祐巳さんと志摩子さんに、
私ははドイツ人とのハーフなのだと説明してあげる

令ちゃんの言葉には一見「はぁ?」という顔をしてみせたが、
仕方ないとでもいうように立ち上がって流しへ向かった


は昔から紅茶を淹れるのが上手だったから



お母さんがいつも飲んでいたから覚えただけだよ、と言っていたから

はいつも家族の話をしたら微妙な顔つきになっていたけど、
それでも何処か嬉しそうに話す様子からしてはお母さんが大好きなんだとわかった




そして、


その大好きなお母さんは、



私と令ちゃんがいくら言っても決して家の中に入れてくれなかったの住んでいた家には、







もう居なかった、と




静さまにより聞かされた








私達に出会った頃にはもうすでに居なかったんだ、って



あの家では毎日のようには暴力を受けていたんだ、って





何故気付いてあげられなかったんだろう

今考えれば毎日生傷の絶える事のない彼女について不審に思うだろうに…





あそこまで泣き叫んで、
我を見失う


私は何もしてやれなかった、とそう思った






「同情は要らない」






同情なんかじゃないわ、











「祥子姉ちゃん、令ちゃん、由乃、ツインテール!!その他メンバー!!!!」



……それはどうかと思うけど


隠れられる場所を尋ねられて、
私は笑ってしまった

だって私と令ちゃんとのお気に入りの遊びだったから




「どうしたの?かくれんぼでもやってるの?」

「あ〜、そんな感じ!で?知らない?つぅか知ってるでしょ、教えて!!」

何、何でこんなに必死なの?
この子そこまで好きだったっけ?この遊び…




そして、が身体だけの関係を持っているという女性に出会ったんだ


どうして?

そんなことするはずがない


に限ってそんな事…


何かの間違いに決まってるわ






気がついたらその場から逃げるを追いかけて足が動いていた


早い

息が苦しい

でも今はあの頃とは違う

私はを捕まえる事のできる身体を手に入れたから…




校門の近くで立ち止まっているのを発見して、
私は適度の距離をはかってその後ろに立ち止まった



「……参ったな、一番追いかけてくる筈ないと思ってた由乃が来ちゃったか」



何それ、追いかけて欲しかったけど、
私じゃ不服って事?

…違うわ


私が手術受けた事知らないんだった



「手術受けたんだ」





約束だもの


私は貴方との約束を守ったの


手術を受けるのが怖いと泣いていた私の背中に、
はそっと手を回して抱き締めてくれたじゃない

『大丈夫、私が守るから。いつでも側にいるから』

って


手術を受ける時に一番側に居て欲しかったのはだったのに…

手術を受けた後の私を一番に見て欲しかったのはだったのに…




「そうよ、この間ね」

ここには、たくさんの人達との約束や想いが詰め込まれている
ふと、の方を見るとその顔が緩んだ気がした

「痛いよね」



の身体に刻まれた無数の傷跡
その中にあったいくつかの手術の痕

私の傷よりも遥かに痛々しいものだった…


「…そうでもなかったわよ」


貴方のに比べればね

麻酔も効いていたし

術後もいろいろ処置を施してくれていたから





苦笑をしてみせた後、は私に近寄ってきた
呆気に取られていると肩に額を乗せられる

…久しぶりだった


昔は良くやっていた事

お互いが何か約束をする時や

お互いが泣きそうな時や


お互いが助けて欲しい時…


抱き合う訳でもなくただお互いの肩に額を乗せる





「そう。私は痛かった」


…?」


「死んだ方がマシってくらい、痛かった…身も心も……」




は私より少し大きな身体を震わせて、
泣いていた



昔は出来なかった事


私は思い余っての首に腕を回して
強く抱き寄せた


もう私の前から居なくならないでっていう想うが伝わるように…












「約束?」



「そう、約束」



私は令ちゃんの部屋で寝っ転がりながら、

令ちゃんがおばさんに頼まれて少し買い物に出かけている間に
窓淵にて煙草を吸っていたにそう言い直す

案の定はそんなの初めて聞いたという風に聞き返してきたから


「…したっけ?」


「したわ」



「……何の約束?」




上半身を起こして、をめいいっぱい睨んでみる
苦笑して頭を掻くその仕草が子どもっぽくて、

可愛いなんて思ってしまった




「『私と令ちゃんとずっと一緒に居ること』」


「…………」



「ま、いいわ。これから守ってくれれば」



「無理」




「何でよっ!!??」



即答に私は思わず下半身も全て起こしてを見つめる

ニヤニヤ笑いながらまた一服するに、



何だかムカつく





「それさ、祥子姉ちゃんとも約束してるから」



「祥子さまと…?」


「っていうか薔薇の館の全員?無理矢理約束させられた」





「全員?祐巳さんや志摩子さんや紅薔薇様、白薔薇様……黄薔薇様も?」



「そ。特に江利子には嵌められたって形容が正しいけど」




……ライバル多すぎない?






私はに飛びつく


「うわっ、危なっ!火!火!!」


慌てて煙草を私から遠ざけるに力の限り抱きつく




にこんなことしていいのは私だけだもんね!」


「う〜ん、残念。聖にもやられているから」



「…………」






「あははっ、大丈夫大丈夫、由乃なら令ちゃんも居るじゃん!」






違うわよ


令ちゃんじゃ問題外なのよ



何で気付かないのよ…



令ちゃん以上に鈍いのは貴方くらいよ







私は貴方が好きで堪らないの!!







離れていた間の時間を埋めるように、
私はとじゃれ合っていた



今の瞳にはあの冷たさは微塵も感じられない

とても温かい瞳




が居てくれなきゃ駄目なの


私は島津 由乃じゃなくなっちゃう




令ちゃんには足りないところを、
さり気無くフォローしてくれるの優しさが大好きなのよ







私だけを見て……



あの日の約束をちゃんと果たす、と

耳元でそう囁いてくれたが堪らなく愛しくて



約束事を、もう1つ増やしたいと思ってしまった







私から離れないで、













next....