あのね
私は
聖の事大好きだよ?
でも
判っていてもしょうがない事だってあるんだ
黒く染まる夜は
膝を抱えて
君といた日を
思い返すよ....――――――――――――
「え?どういう事?」
佐藤聖の口に含まれた珈琲は無残にも机の上へとボタボタ落ちてゆく
けれど普段は其れを嗜め、拭く役目を果たす蓉子もポカンとしていた
2人の視線の先に居るのは久保栞、当人だった
「もう1度言いますね、明後日引越しをするんです」
昔から変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて、
口走る内容はとんでもない事だった
聖は1度栞から目を背けてから
窓の外へやりフッと目を細める
そして嘘くさい笑顔を顔に貼り付けてから再び栞に目をやった
「え?今何て言った?」
ゴツンッ
「だっ…」
机の下で隣に座る蓉子からの蹴りが炸裂
痛さに呻く聖を見やって栞は苦笑する
其れとは対称的に聖をじと目で睨んでいた蓉子は真顔に戻ると、栞に向き直った
「其れは、随分とまた急な話ね」
「ええ、以前から進めてはいたんですけれどなかなか言い出す機会がなくて」
「何処に引っ越すの?」
「長野の方…と言いますか、以前住んでいた所に戻るだけです」
「……其れは、伊音ちゃんは知って…るわよね」
「はい、ちゃんと告げてあります」
「問題は、うちの子って訳か…」
キッパリと言い放つ栞の言いたい事を掴んだ蓉子は、
深いため息を吐いて眉間に手をやり頭を横に振る
「は感受性強いからね、どんな事を言い出すやらしでかすやら」
「不安、とまではいかなくても私達のせいでちゃんを傷つけるような事があってはならないと思いまして」
「…そうね、大丈夫よ」
申し訳なさそうに頭を下げる栞を見て、
蓉子はふと微笑みながら隣に居る聖の頭をぽんぽんと撫でながら目を細めた
「大丈夫よ、あの子なら」
「…うん、大丈夫だ」
力強い蓉子の言葉に聖もいつの間にやら窓の外を眺めながら、
小さな声で
けれど力強く肯定した―――――
「それで昨日さんに言われた通りに焼いてみたのよ、食べてみてくださる?」
「うん、頂きます。綺麗に焼けてるね」
「本当!?嬉しい、此れでも綺麗に出来た方を持ってきたのよ」
「まぁ、私は令に聞いた事をそのまま伝えただけだからいいけどね」
「とりあえず食べてみてください、さんにお召し上がりになって頂きたくて作ったんですから」
教室の真ん中で年相応にはしゃいでる少女達を、
読書少女は本越しに見ていた
実際にはその真ん中で一際目立つ背の大きさで爽やかにクッキーを食べている佐藤、1人だけなのだが
しばらく咀嚼している彼女を固唾を呑んで見守る少女達
そしてふと笑って「うん、美味い」と言う台詞に少女達の間に歓声が沸き起こった
次から次へと自分のお手製のお菓子を食べてと差し出されるの顔は照れたようで、困っているようで、
其れでもやっぱり嬉しそうだった
知らず知らずのうちに漏れるため息を食い止める方法を伊音は知らない
何故なら、の事は好き
けれど…という気持ちが心を占めているから
もう1度深いため息を吐いてから
本を机の上に倒して、其の上に頭を落とす
「…の馬鹿」
小さな、
小さな呟きは誰にも聞こえる事は無かった―――――――――――
「此れはイマイチ」
…………
「此れはまぁまぁ」
…………
「此れは美味しい方かな」
…………
「げっ、此れは問題外」
そう言いながらはお菓子を空の弁当箱に置く
再び様々なお菓子達を味見し始めたの目を盗んで、
伊音は其の除けられたクッキーを摘んで口へ入れてみる
「……美味しいじゃない」
「え?あっ、食べちゃったの?!」
「だって凄く美味しそうなんだもの」
「美味しい?」
「ええ、其れなりに美味しいとは思うわ」
「何処が!生地の段階で分量を間違えているね、牛乳入れ過ぎだよ。此れは」
「…令さまのお菓子で舌が肥えているのよ」
「そっか〜、そうかも。ま、令に敵う人なんて世界中何処にも居ないけどね」
「……」
ふと見上げた先の空はとても青い
いつもと変わらない空の青さ
そしていつもとは変わらない風が頬を撫でる
"此の侭でいいの?"
と
嗚呼、そうね
きっと
貴方は空の青さを知らないのね…
「」
「ん〜?」
「私ね、明後日引っ越すの。元住んでいた所に」
「ふ〜ん」
「……、貴方は…1度も私を愛してはくれなかったのね」
「………ん?何か言った?」
風が気持ちよく頬と髪を撫でる
風が煩くて、
きっと彼女の耳には届いていなかったのかもしれない
それとも
もしかしたら
「ごめんごめん、聞いてなかった。令のお菓子の事考えてたんだけどさ」
「……いいのよ、大した話じゃないもの」
「そう?」
「ええ」
「ところで伊音は令のお菓子食べた事あるっけ?」
「………いいえ、ないわ」
目の前で令さまの作ったお菓子が如何に美味しいかを語るを見つめる私は、
嘘で固められた笑顔
貴方へと見せた素直は笑顔は、
あの夜で最後だったわ
そうね、貴方は気づいていなかったでしょうね
でも、
私は
私はとても幸せだったわ
さよなら、
貴方と過ごすこの昼休みとはお別れね
嗚呼
悲しみが空に、涙が滲んでいくわ
さよなら
愛する人
例え其れが片想いだったとしても
私は愛していたわ――――――
きっと幼すぎて
見えずにいた
愛と云う名の
意味
あのとき
胸に積もった
幾重の
想い出さえ
音もなく
溶けてゆく....
next...