人は何と浅はかで軽薄で愚かな事だろう
そっと手に触れた物
其の温かさに感動して
忘れる事が出来なくて
どんな手を使ってでも手に入れようとする
人が人を殺める卑劣な事件だって
裏を返せば其れが理由だったりする
だからいいんだという訳じゃなくて
人は手に入れたくなったら何処で抑えればいいんだろう
どうやって、ぐっと堪える事が出来るだんろう
君といた想い出に
寄り添いながら生きている
情けない僕だけど
今でも
忘れられない――――――――――
思考回路が遮断されたみたいに
頭が上手く動いてくれない
大人しくて優しい彼女だと思っていたのに
あんなに鋭い強い目つきで私を見上げながら言葉を言い捨てる彼女はとても怖かった
けれど其れよりも私は無意識に伊音を傷つけていたという事実に驚愕を隠せなかったんだ
生まれて初めて出会った同い年の信頼出来る大切な友達だと思っていたのに
其の大切な友達を、……恋人を自らの手で払いのけてしまったなんて
好きだったんだよ
確かに
この想いは偽りなんかじゃない
伊音が思っている程私は伊音の事に無関心じゃなかった
何処で…
何を……
取り違えたというのだ……?
「」
ずしり、とソファが軽く揺れる
ちらりと横を見ると聖が穏やかな笑みを浮かべて隣に座りこんでいた
けれど私はふいと目を逸らして膝を抱えていた両腕に顔を埋める
聖の手にはいつの間にかやらウイスキーのロックがあって、
綺麗な氷がカランと音をたてて溶けていってる
其れをゆらゆらと回して中身を眺めながら聖は伊音の事とか特に何を言う訳でもなかった
たわいも無い話
世間話
別に私が答える訳でもないのに、
1人で喋っていた
時々ウイスキーを喉奥に押し込んで、
ため息を吐いたりしていた
其の一連の流れが気障ったるくもなくてとても綺麗だった
腕の間からそっと眺めていると、
不思議ととても落ち着いた気分になれる
「何で、かなぁ」
「ん?」
あんなに張り詰めていたのが嘘のように心に温かい風が流れ込んでくる
「聖の隣が凄く心地良い」
「………」
聖はかなり驚いているようで、
言葉を失っていた
少なくとも見た感じ、嫌悪感を抱いた訳ではないようだ
しばらく眺めていると其の綺麗な顔はみるみるうちに真っ赤になっていった
「でも聖の隣は私の特等席よ?」
そう言って、真っ赤な顔の聖の隣に座りこんできた蓉子
聖の手の中にあるコップからウイスキーを一口飲み、
そして微動だに出来ずにいる聖の顔をみて思わず微笑みながら其の頬を撫でた
「少しは分けてくれたっていいじゃない」
「あら、もう分けてるじゃない。ちゃんと」
「…?」
「聖の隣も、私の隣も、貴女用にちゃんとあるわ。ずっと昔から」
「……」
あれ
あれれ
何だか変だぞ
涙腺が緩んできたぞ
視界が滲んできた
何だろう
凄く
嬉しくて
凄く
救われる……
「ねぇ、聖。蓉子。……私が間違ってたのかなぁ」
「…聖」
私が呟くように言うと、
蓉子は聖の腕を小突いて応えるように合図を送った
すると聖はハッとした顔つきになってから、
直ぐに私の頭に手を置いてきた
「ね、。ちょっと真面目な話するけど…聞いてくれる?」
「…うん」
「よし、じゃ、こっち向こうか」
聖はにこやかにそう言いながら、私の両肩を掴んで90度動かした
膝を抱えた格好のまま聖に向き直るようにされて、
それから私は聖の顔をジッと見据えた
「まず、は自分が間違っていたのかなって言うけれど其れはね、違うと思う」
「…」
「間違ってたんじゃなくて、知らなかっただけ」
「何を?」
「"愛"と"恋"の違いを」
「……」
「恋は下心、愛は真心…とかそんなんじゃなくてね」
「…ああ……」
「そうだなぁ、…私の身の上話になるけどさ。蓉子と付き合う前の事なんだ」
少し考える素振りを見せてから、
隣に居た蓉子の手を握って蓉子に微笑みかけると
蓉子も微笑んで頷いた
「祐巳ちゃんと付き合いだした時、蓉子に言われたんだよね
『相談相手の紅薔薇様からは卒業しないとね
此れからは祐巳ちゃんに相談とかいろいろしなさい』
そう言われて……
何だか、無性に悲しくなった。
どうしてか判るかな?」
私が首を横に振ると、
聖はふっと自虐的に微笑んだ
「は伊音ちゃんが引越しちゃう、
遠くに行っちゃう、
自分は愛されていなかったと言う、
…そう聞いてどう思った?」
「……"寂しい"…?」
「うん。そっか。
…例えば、江利子が友達を辞めるってある日突然言ってきたら。
私は凄く"寂しい"。
…うん。
でも蓉子に対しては"哀しい"と思った。
今だから言えるけれど、栞に対してもそうだったんだ。
此れが愛なんだよ。
は、伊音ちゃんの事を大事にしていた。
大好きだった。
でも、
愛していなかった…。
其れを伊音ちゃんは敏感に感じ取ったんだろうね」
「…そんな……」
「でも、。その"寂しい"と思う事は間違いじゃない。むしろとても大事だよ」
「……っ…」
「、私は…恋というのはリボン結びした紐みたいなものだと思うんだ」
「………」
「その両端を互いが握っていて、とても不安定なんだ。其の握る場所をどちらかが変えてしまえばあっという間に解けてしまう、そうでしょ?」
「リボン結びの、紐…」
「でも、お互いが同じ…輪っかの所を同じ力で引っ張り合えば、その結び目は…絆はとても固いものになる」
「私は今蓉子と同じ力で輪を引っ張り合っている、だからとても固い絆で結ばれている。
江利子と累もそう。
令と祥子もそう。
祐巳ちゃんと由乃ちゃんもそう。
志摩子と乃梨子ちゃんもそう。
でも、と伊音ちゃんは…
は輪の所を引っ張っているのに
伊音ちゃんは輪の下の紐を握ってしまった。
そう、意図的にじゃなくてちょっと手が滑ってしまって握る場所を間違えてしまっただけで、
は其れに気づく事が出来なかった。
其れは相手を良く見ていなかったから。
だから…結び目はいとも容易く解けてしまったんだよ」
「っう……」
聖の腕が伸びてきて、私の頭を掻き抱いてくれる
泣きじゃくる私を宥めるようによしよしと背中を叩いてくれる
其れがとても優しい声で仕草で、
私はとても安心した
「も、いつか見つけられるよ。
私が栞と引っ張り合う所を間違えてしまった後、
こうして蓉子と同じ場所を引っ張り合う事が出来るようになったように…
にも現れるよ。
が握っている紐をそっと引っ張ってくれる人が」
好き、だったんだ
本当に好きで
護りたいと思ったんだ、生まれて初めて……
さよなら、私の恋―――――――――
もう一度あのときの
ふたりに戻れるのならば
迷わずに君のこと
抱きしめ
離さない........
next...