透き通った美貌を備えている人物だった




けれど世の中には美人な人は沢山居る

でも彼女にはどう足掻いても他の人達が足掻いても勝てない部分がある


其れは無限の優しさ




彼女が其れを手に入れる事になったきっかけはこの少女のお陰だろう








の代わりに迎えに来たわ」

「………」

「一緒におうちに帰りましょう?」

「……」





少女は何も言わず、
只こくんと頷くだけ

にこりと微笑んでから少女の小さな手を握り、託児所を後にした



うんともすんとも言わないこの幼子


私はこの子が泣いている所しか見たことが無い

ですら笑う時はあっても喋る所は見たことが無いという




理由は判らないそうだ


別に耳が聞こえてない訳でもないし、
言語機能の発達が遅いという訳でもないらしい





2歳半ばの小さな女の子


名を楓という





に良く懐いたとても可愛い子だった――――――――






















「" "…?」





ある日、紅薔薇様は図書カードを手に眉を潜めた



先日の江利子の行動がどうしても気になり、

踏み込んではいけないと判ってはいても結局足は図書室に向かってしまったのだ



図書委員の子に江利子から頼まれた、抜くように指示された其れを見せてくれと言い、
おずおずと出された図書カードの束を捲っているうちに蓉子は気づいた

全てのカードに同じ名前が並んでいる



其れがどれも全部" "だった



聞いた事はない

この人物が江利子と、恐らく聖とも繋がりを持っているなんて信じられない



目の前に居た図書委員の子の不安げな目線に気づいて、

蓉子は紅薔薇様の笑みを浮かべて尋ねる








「この子、知ってるかしら?」

「えっ?あ…さんでしたら紅薔薇の蕾の妹と同じクラスです」

「祐巳ちゃんの?」

「ええ。洋書がお好きなようでこのシリーズを何度も読んでいらっしゃいますよ」

「…そう、判ったわ。有難う」






図書カードだけでは情報はまだまだ満足しきれない


図書室を出て、
次に目指すは1年桃組


少なくとももしも本人に会えたら大きな収穫になるに違いないと蓉子は踏んだ



図書室のある校舎から、
教室のある校舎へと渡れる渡り廊下を進んでいるうちに中庭で聖を見かけた

ベンチに腰掛けてゴロンタと戯れている







「聖」

「ん?蓉子…」







ふと微笑みながら聖の傍に寄ると、
聖もほにゃっと笑いを浮かべて顔を上げた

そしてゴロンタに煮干をあげるのを再開させる


ゴロンタから目を離さず、聖は口を開いた






「どうしたの?」

「いえ、ちょっと図書室帰りに貴方が見えたものだから」

「蓉子も何か本借りたの?」

「…ちょっと調べたい事があってね」

「其れで、解決した?」

「いいえ、まだよ」

「そっか」








蓉子が首を横に振ると聖は苦笑いしながら頷いた


昼休みはまだ残っている

その残りの時間を使って蓉子は祐巳の所へ向かうつもりだったが、
先程の事が頭を過ぎって、どうしても聖に尋ねないといけないような気がした







「聖」

「ん?」

「貴方、1年生に祐巳ちゃんと由乃ちゃんと志摩子以外に知り合い居る?」

「1年に?否、いないよ?」

「……そう…」







きょとんとした目つきで首を傾げながら言う聖に、
蓉子は小さくため息を漏らしながら空を見上げた


秋の空は肌寒くて、

散りゆく木の葉達が道を埋めていく





銀杏の木が黄色に、染まると



普段見慣れている筈のリリアンも不思議な幻想の世界になってしまう


其の中を歩いていくとちょっとした探検気分になれる







秋は何とも言えない気分にさせる




















「" "…気にし過ぎかしらね」

「……え?」

「いいえ、何でもないわ。それじゃ私は行くわね」

「…あ、うん」

「聖も五時間目には遅れないようにいきなさいよ」

「うん」








じゃ、また放課後に薔薇の館で、と

手を振り去ってく蓉子の背中を見送りながら


聖はたった今耳にした頭の中で名前を繰り返していた











「どうして蓉子がその名前を…?」










否、もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない


聖は頭を横に振ってまさかと肩を竦めた













「そんな訳ない、か。ね?ゴロンタ」
















足元に居るゴロンタに声を掛けても只泣き声をあげるだけで


猫に問うても答えが返ってくる訳がないか、と

聖は1人笑った








の事は蓉子は知らない



だって其れは私達が親密になる事だったから


つまり腐れ縁の江利子と私だけの知り合い












 は、私の恋人だった―――――――


























あの頃の私は自分を取り巻く全てのものが嫌いで、


鬱陶しくて





この世界が大っ嫌いだった

どうしようもない人間で、
今思えば恥ずかしくも思う














高校2年の時の栞との事は学園中誰もが知っているけれど




其の前に1人の女性と付き合っていた事は誰も知らない


だって彼女はある日突然ふらりと姿を消してしまったから…









あの日私は只1人になれる場所を探していた



学校の何処にも1人になれる場所なんかなくて

ふらふらと辿り着いた場所が図書室だった



授業中だから人はあまり居なかったけれど、
其れでも人の声とか何も聞こえない場所を探してのことで



図書室には案の定誰も居なかった





居ない、と思っていた




念のためシスターに見つからないように図書室の奥の方へ行くと、

1人の少女が椅子に座って読書をしてて




私の方には気づきもしなかった





けれど日の当たる場所は彼女の席と、其の隣だけで


少し思案した挙句仕方なく其の隣に座る事にしたんだ



椅子を動かす音で彼女、は顔を上げて初めて私の存在に気づいた








『貴方、授業は?』

『……人の事言えないんじゃない?』

『…それもそうね……』

『………』






交わした言葉は其れだけで


自分を見つめてる彼女を無視して私は其の場で組んだ腕に顔を埋めて眠り始めた





そして気づいたのはもう既に放課後だった



ふと肩からかかっているコートに気づいて持ち主の名前を見ると、

小さな可愛い文字で" "と書かれていた














先程まで彼女が居た席は誰も居なくて


特に気にも留めなかった

コートも其の場に置いておいて私は教室に鞄を取りに戻り、家に帰った








次の日、昼休みに再び図書室で仮眠でも取ろうと訪れたら


昨日と同じく同じ場所で彼女は読書をしていた

昨日と違うのは彼女の周りに幾つかの本が並べられていたこと




無言で私も同じ場所に座ると、
組んだ腕に顔を突っ込んだけれど

ふと目の前に置いてある本が洋書だと気づいた



そっと手を伸ばしてページをぱらぱらと捲っていると、


彼女はふふっと笑った







『英語、得意?』

『……どっちかというと』

『じゃあ読んでみたら?この"ロミオとジュリエット"とか』

『…遠慮しとくわ』







ぶっきらぼうに其れだけ答えて寝る体勢に入ると、
彼女はまた笑って読書を再開させた

彼女の膝の上には昨日私に掛けられていたのと同じコートが掛かっていた




そして再び目を開ければ、

また肩からコートが掛けられていて
ネームプレートには" "と書かれていた



お節介な人だな、ぐらいにしか思っていなかった





其れから私達は毎日のように図書室で鉢合わせて、
交わす言葉も少なく、互いにあまり関わらないようにしていたのもあって

自然と私達は互いの隣が居心地の良いものに変わっていったんだ




でも全然付き合う関係にまでは発展しなかった

互いにそんな意識をもって接した事はなかったから
でもある日ふとは本から目を私へと向けて真剣な表情で問いかけてきたんだ




『キスって、レモンの味って本当かしら?』

『…さぁ』

『試してみない?』

『はぁ?』




初めてのキスは、が相手だった


しかもされる方で

最初は何をされたのか理解していなかった






けれど其の日を境に私達は2人きりになって少しすると、

図書室の奥の棚でキスをしたり
私は彼女を抱いたりした










正直言うと、其処に愛なんてなかった





恋すらしてなかった













は江利子と同じクラスで2人は良く廊下で見かけていた



仲良さそうに話している江利子を見て多少仰天した部分もあった

江利子はいつもつまらなさそうだった事しか覚えてなかったから




けれど其の江利子を遠巻きに眺めていて判った





江利子はに恋をしていた



私は別に恋なんてしていないのに彼女をこの手中に収めている

江利子は彼女に恋をしているのに手を出せずにいる




少なからずとも優越感があったのは此処だけの話









昼休みには互いに好きな事に没頭して、只隣同士でいるだけで

放課後にはどちらとも無く営みを始めて



何も変わらない日々が私はこの大嫌いなリリアンを卒業して離れるまで続くと思っていた









そう、あの日を境目に










ある日私は江利子に呼ばれた

物凄い形相の江利子が無人の教室で待ち構えていて


けれど興味がなかった私は欠伸をしながらぼんやりと江利子の顔を眺めていた










『…単調直入に聞くわ、を抱いているって本当?』

『……ええ』

『じゃあもう1つだけ。貴方はが好きなの?』

『…いいえ』





肩を竦めながら私が言うと、
江利子は凄い剣幕のまま私の両肩を掴んで教室の後ろの壁に叩きつけた

背中を打ちつけたため、痛みに唸ると至近距離に居る江利子を睨み下ろす




『何よ?』

『そんな事だろうと思ったわ』

『だから?』

『もうには近寄らないで頂戴』

『何故?』

『傷ついていくを見たくないのよ!』

『其れは心外よ、一番最初に誘ってきたのはの方だもの』

『っ……!』








頬を鋭い痛みが襲う


私は江利子に最初で最後、叩かれたのだった













は…貴方に恋愛感情を抱いているわ』

『……其れで、江利子はに恋愛感情を抱いているという事でしょ?』

『…っ聖!』







フッと薄ら笑いを浮かべながら江利子の両肩を押し返して、
身体を離れさせると

頭を掻きながら面倒くさそうに私は告げた









『判ったわよ、にはもう近付かない』

『…本当?』

『ええ』









面倒くさい事はもう沢山だ、と



教室を出ようとする私の背中に声が掛かった








『聖、最後にもうひとつだけ』

『…何?』

『本当に貴方の心にはこれっぽっちも入ってなかった?』

『……当然よ、私は好奇心で彼女を抱いただけだもの』

『…そう、判ったわ』










江利子の何とも言い難い声のトーンに私は微笑んだ


何を思ったか判らないけれど、
其の時私の顔に出ていたのは微笑みだったんだ




そして教室を出て、廊下に行くと1人の女生徒と目が合って私は目を丸くした















…』


『……………』















初めて見た、彼女の泣きそうな顔


そして廊下の向こう側へと一目散に駆け出していくを教室から飛び出た江利子が追いかけていった


















私達は其の日




終わった






















そして次の日の朝


担任の先生が悲しそうな顔で私達に言った




" さんは転校しました"と










別に驚きもしなかった





















嗚呼、そうなんだ





















それだけ…






それだけで、


私はその後栞と出会い





初めて知った恋と、

初めて知った恋の切なさ




そして蓉子の健気な支え



山百合会の温かさ













それらをやっと知って





私は今の私に至る



江利子だって言葉は普通に交わす程度になっていたし、

私に対しての怒りは、
のいなくなった時の流れに比例して薄らいでいったように思えた










でも、


 を傷つけたのは間違いなく私





そして、

彼女が私に恋していたから何も言わずに只されるがままになっていたのを知っていて抱いたのも私の罪





















全ては重い















もう一度君に会えたら



真っ先に謝ろうと思う―――――――













"傷つけてごめんなさい"
























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