私達は歯車の狂った時計みたいな位置関係だと思った
私は秒針
江利子は分を刻む長い針
は時を刻む短い針
其の三つの針はどんなに回り続けても他の針と重なる事は出来ない
重なったと思っても直ぐに離れていってしまう
嗚呼、時計の裏側に指を突っ込んで
歯車を奪って動きを止めてしまいたい
でももしそうする場合
私はどの針と針が重なっている瞬間を狙うのだろう
三つの針が重なる事なんてない――――――――――――――――
ごめんね
本当は会いたかったの
ずっと
ずっと、会いたかったの
ごめんなさい、江利子―――――――
放課後に屋上から見る景色は朝とはまた違った雰囲気がある
金網に指を絡ませて、額を打ち付けるとガシャンと音がした
朝、江利子と眺めたこの学園はとても広大で、
江利子となら本当に幸せになれると感じた
この青空の下で――――――――
当ても無く歩いてるうちに図書館に辿り着く
中に誰も人が居ないのを確認してから以前良く行った洋書コーナーへ向かった
棚に手を伸ばすと1つだけ抜けている部分があり、
私以外にも借りる人が居るんだと感動を覚える
このシリーズは大好きでいつもいつも飽きもせずに繰り返し読んでいた
その1巻を抜き出して、昔私の特等席と化していた読書スペースへと足を運ぶ
すると其の席の隣に人の姿を発見した
あの頃よく目にした光景
人よりも明るい綺麗な髪で、
寝顔を人に見られないよう両腕に顔を埋める寝方
紛れも無く私の愛したあの人
片想いの、一人よがりな恋だった…
本当は以前に祐巳さんと見かけた時、泣きそうで
聖を起こそうとした祐巳さんを止めたのも、今会ってしまったら自分を見失いそうで怖かった
ふと聖の手元に置かれている本に目を留め、そして見開く
私以外に借りている物好きは、聖だった
「ん・・・」
其の時聖は身動ぎをして顔を腕の中から現れさせる
起きると思って硬直していた身体を解くと、そろそろと聖の隣まで来て覗き込んだ
やっぱり数年経っても綺麗な顔が其処に在った
無意識、そう言えば済んだけれど
きっと本当はずっとこうしたかった
手を机にそっと置いて、其の頬に唇を寄せる
愛しい――その気持ちは今でも消えていない
頬を伝うのはそう、水よ
何の温もりも持たない液体なの
「大好きよ―――――」
そう呟いて離れる
離れようとした瞬間、机に置いた手首を掴まれた
「――――っ!!?」
其の手を振り解こうとしても、まるで接着剤でも付けているかのように離れない
ゆっくりと睫毛の長い目蓋が開かれる
「やっと…捕まえた――」
「…っ離して!」
「離さない」
「どうして……」
わなわなと震える唇
聖は上体を起こして空いてる方の手を私の頬へと伸ばしてきて、
頬を伝う涙をぬぐう
「泣いてるの?」
「泣いてなんかいないわ」
「じゃあこれは何?」
「水よ」
「水にしては温かい」
「………」
隣の席の椅子を引いて其処に私の身体を引っ張って座らせる
そして私の手首を掴む手を、手の平へと移動して指を玩ぶ
私は手遅れと知りながらも涙を慌てて拭う
その様子を黙って眺めながら、聖はじぅと私の顔を見ていた
「何故逃げるの?」
「判らない?」
「判らない…なんで?」
「江利子を傷つけたくないからよ」
「…なんで?」
「………質問ばかりね」
「じゃあ、質問しない。"逃げないで"、私が傷つくから」
「……」
ねぇ、と聖は続ける
「私の事憎んでる?」
「っ憎いわよ!」
睨みながらそう言うと、聖は瞬間目尻を下げて悲しそうな顔になった
「…何よ、其の顔……悲しいのは私の方よ…っ」
「……うん、ごめんね」
「泣きたいのは、私…よ…」
「うん、ごめん」
「だから、だから嫌だったのよ。貴方に会うのは」
「でも私はに会いたかった」
「…ずるいわ」
もう一度ごめんね、と聖はそう言う
私の両頬に両手を添えて真っ直ぐに目を合わせてきた
「、私ね。今おかしいんだ、何だか」
「…?」
「それをどうにかしてくれるのは蓉子でも江利子でもない。しかできないような気がするんだよ」
「……」
「ねぇ、助けて…」
そう言って聖は一筋の涙を流した
其の涙を指先で拭ってから、彼女の目蓋に口付ける
嗚呼、人が交わるのは弱くて1人では立てない程不安定な生き物だからなのね…
「江利子を裏切る事だけはしたくないの」
「うん、それでいい。只傍に居てくれるだけでいいんだ…―――――」
「ごめん!会議が長引いちゃって…」
息を切らして駆け寄ってくる彼女に私は微笑みながら首を横に振る
けれど鋭い江利子は私の様子がいつもとは違う事に気づいて指摘してきた
「何かあった?」
「ううん、何も?」
そう言いながら肩を竦めてみると、
納得はいかないものの一応江利子は見逃してくれる
手を繋いでくる彼女の横顔
私を必死に守ろうとしてくれている彼女の影で、
私は聖と関わり合ってしまっている
此れはもう既にこの時点で裏切っている事になるのだろうか?
「江利子」
「うん?」
「大好きよ」
江利子は目を見開き、帰宅途中の足を止めて私の顔を凝視してくる
何か変な事でも言ったかな?と首を傾げると彼女は泣きそうな表情になってしまった
「…いいえ、初めて、だから」
「え?」
「私の事好きって言ってくれたの」
「そうだっけ?」
「そうよ」
彼女が唇を尖らせて拗ねる様子に私は思わず笑ってしまった
「そんな顔しないでよ、江利子は充分魅力的だもの。私なんかには勿体無いくらい」
「"私なんか"を其の魅力的な私が好きになったのよ?貴女こそ自分の価値を下げるのは止めなさい」
「……」
「楓にはそんな姿、見せられないわね」
「…ごめん」
「だから、貴女は何も悪くない素敵な人よ」
「…………うん」
頷くとやっと江利子は満足したみたいで再び前を向いて歩き始めた
手を引かれるがままにその後を付いて行く
違うの
私が謝ったのはそういう事じゃないの
貴女のその真っ直ぐで純粋過ぎる想いに対しての謝罪よ…―――――――――
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