私は、一応蓉子に話せるだけの事は全て話したつもりだった
私の罪を
そして蓉子は私のために泣いてくれたというのに
江利子は蓉子に話していない事があるという
つまり、私はまだの事を知らないという事なんだ
其れが私の心を深く深く傷つけた――――――――――――
「相変わらず参考書しか揃ってない本棚ね」
珈琲を差し出してくれた蓉子にそう言ったのは江利子
蓉子の部屋をぐるりと見回してから、放ったその一言に部屋の主は呆れたと顔を顰めた
「当たり前でしょう?受験生なんだから」
それもそうね、と肩を竦めてみせる江利子に蓉子は短いため息を吐く
私は蓉子のベッドに背中を預けて珈琲を啜りながら苦笑いするしかなかった
ふと腰の辺りでくしゃっと小さな音が聞こえて、
私は何気なくポケットに手をやると小さな紙のようなものが入っている
其れを取り出して広げてみると、
其処には美しい白い薔薇が描かれていた
そして下の方に英語で小さく
"What should I do? Maria, please teach. "
其れは美しい筆記体で、綴られていて
私は其の文字を親指でなぞる
そんな事をしてもに伝わる筈はないと判ってはいるけれど
でも私は彼女を困らせているのだと痛感しての事だった
ごめん、
君にもう一度会いたい、償いたいだなんて思っていたけれど
結局私は優しい君を困らす事をしているだけなんだ
…ごめん
「其れで、の事を話すという約束だったわね」
そう直球に話を始めさせたのは江利子だった
ぎょっと私と蓉子が顔を見合わせると、
江利子は何よ、その顔というように紅茶を一口飲んだ
そして其のカップを机に置くと江利子はポツリと話始める
「は…そうね、気づいているとは思うけれど。1年生でも私達と同い年よ」
そうなんだ
私は判らないんだ
同い年のが何故2年も留年してまでわざわざリリアンに来たのか
そして何故2年も留年せずにいられなかったのか
私は未だに怖くてに聞けていない……
「何故そういう事になったのかというと、ね。には中学生の頃から婚約者が居たそうよ」
「…え?」
そう言って顔を上げたのは私と蓉子、ほぼ同時だった
江利子は肘杖を突き、目を細めて思い出すように語った
「其の頃から結婚する相手が決まっていたみたい、相手は父親の会社の社員で」
「もしかして、あの後結婚でもしたの?」
私が言うあの後とはもちろん、
彼女がリリアンを辞めてからの事だ
信じられないとカップを握り締める私を一瞥してから江利子はやれやれと首を横に振った
「そうよ?とりあえず公立の中学を卒業してから、直ぐに結婚したみたい…そして……」
其処まで言いかけてから江利子は口を閉じてしまう
早く、と急かす私を再び一瞥して江利子はまた首を横に振った
「いえ、此れは言えないわ。幾ら貴方達でも」
「何、それっ!!」
苛立ち気に机を叩くと、
隣に居た蓉子がやめてと制止してくる
「だってそうでしょう?此れはの事よ、こうしてが居ない場所で赤裸々に語って良い訳がないわ」
「じゃあ何のためにに蓉子と私を!」
「だから落ち着いて最後まで聞きなさいよ…」
「……聖」
江利子も苛立ち気に私に睨みを利かせてきて、蓉子が私に手をやり、聞きましょうと告げてきた
唾を飲む
だって、これ以上の事…
私は聞く権利はあるんじゃないのか?
でも其の権利を主張してしまえば江利子に全てがバレてしまう
そして一番傷つくのは恐らくだ
言いたいのに言えないもどかしさに私は握り拳を作るしかなかった
「私が言いたいのは、何故はリリアンを去ったのにわざわざこうして私達の前に戻っていたという事よ」
いい?と
江利子は私に言い聞かせるように馬鹿丁寧な口調で説明し始める
「貴方に酷く裏切られてかなり傷ついたのに、何故わざわざ戻ってくるというの?再び傷つくかもしれないのに?其れが貴方に説明出来る?」
「……っ」
「はね、其の結婚相手を…今年の1月に亡くしているの」
「亡くし…?」
「そう、死んだ、のよ。其れで更に傷ついて、ボロボロになった時に思い出したのはリリアンだったそうよ」
「………」
今度は言葉が何も出てこなかった
そんな、どうして…
「其れで戻ってきたの、リリアンに。でも貴方や私に迷惑や混乱をかけたくなかったからひっそりと過ごしてきたんですって」
「……でも新入生歓迎会でも見かけた覚えは…」
「参加していないって言ってたわ」
「な………」
「つまり、はもう既にあの頃とは比べ物にならない程にボロボロなの」
「…だから…」
「そう、貴方はに近付かないで。あの子の傷を再び開かせてしまう可能性があるから」
最後にそう力強く言った江利子から私は目を逸らせなかった
今度は蓉子も助太刀をしてはくれない
だってそうだろう
私はもう既にとは再び関わりあっているんだから
そして江利子は蓉子に向き直ると
「此れが全てよ、貴女の知りたがっていた…の」
「嘘よ」
「…え?」
「まだ何かあるでしょう?あの人には」
「………いいえ」
ないわ、と薄ら笑顔を見せて江利子はこの話を終わらせた
蓉子はまだ勘繰っていたし、
私は放心するしかなくて
結局解決した事なんてひとつもなかった、この夜は……――――――
そして其の1週間後、はリリアンで注目を浴びる事になる
其れは私達山百合会のファンの中でも過激なファンの子達からによる理不尽な攻撃だった
朝、私達生徒が登校すると教室の黒板には真っ白なチョークと真っ赤なチョークで痛々しく大きく書かれていた
"薔薇の館の崩壊、黄薔薇様と白薔薇様を手玉に取った女に制裁を与えよ。バツイチという汚らしい肩書きを持っているを罰せよ"
そう書かれた黒板の真ん中には2枚の写真があって
江利子と手を繋いで一緒に帰宅すると、
私と一緒に寛いでいる
どちらも同一人物が写っていた
其の笑顔はどちらも嘘くさいものだった
一緒に居る時は気づかなかったけれど、
こうして客観的に見ると其れははっきりと判った
、君は……何がしたいんだろう………
私は一体どうしたいんだろう…―――――――――――――――
ポケットの中にある"私はどうすればいいのでしょうか?マリア様、教えてください"と書かれた白薔薇の絵を握り締めた――――
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