『祥子姉ちゃん大好き!』
ねぇ、
あれは本心だったの?
本心だったら私は嬉しいわ
だって私も貴方が昔から大好きだったんだもの
「…祥子姉ちゃん?何しているの?」
「、私がここに居る事誰にも言わないで」
「……うん」
「…理由聞かないのね」
「………」
「優しいのね、は」
「本当に優しかったらここから祥子姉ちゃんを連れ出して逃げるよ」
「………」
「でもそれをしたら悲しむ人がたくさん居るから、しない」
「ありがとう、大好きよ」
「私も、大好きだよ。祥子姉ちゃん」
小笠原家という重荷に耐え切れなくなった幼い私
広い家の中で私だけの秘密の部屋で隠れて泣いていたら、
が見つけてくれた
誰も知らないはずのこの場所を、は見つけてくれたの
私を探して
そしてただ黙って側に居てくれて…
ずっと私の頭を撫でていてくれたわ
それが物凄く安心した
ニッコリと微笑む、幼馴染にこの頃から恋心を抱いていたのかもしれない
今、思うとそうだ
優さんとは小さい頃から婚約者として出会っていて
だから会うたびに胸が高鳴っていた
でもそれは違ったのね
粗相をしないように
お父様に幻滅されないように
お母様にガッカリされないように
私を作り上げていたの
そして、
はそれを見抜いていたわ
疲れ果てていた私を
上手く笑えない私を
だから優さんにすぐさま殴りかかった…
何が何だかわからなかった私は、一番言ってはいけない事を言ってしまった
『大嫌い!』
って…。
泣きじゃくって謝るを見向きもせず優さんと帰った私を、
は恨んでいると思う
ごめんなさい、
それが何年も続いた
7年も続いた
何故ならその日以来ずっと会ってないから
次の日、が大好きなお菓子を用意して待ってたのよ?
お母様がお手伝いさんとヒソヒソ話している事も気付かないくらい
そして、
その日から来なくなったの
私の前から消えたの
お母様やお父様に聞いてもはぐらかされるばかりで、
そんな事よりもお稽古事に集中しなさいと言われて
だからちゃんと出来れば教えて貰えると思って
何年も何年も
ただ言われた通りにして来たわ
でも去年、お姉さまに鎖を解き放って貰ったけど
多分その日にこう思えたんだわ、やっと
はもう私の前には現れない
どんなに私が頑張っても両親も誰も教えてくれない
もう…やめよう、と
そして祐巳を妹に迎えて
私の学園生活は一変したのね
貴方の事を忘れよう、とそう決めた時に
貴方は現れたの
私の前に
『うん、二人とも面影は変わらないね』
そうニッコリと微笑んでいるを見て
あぁ、失われていた時が戻ってきたと思ったけど
それは一瞬の事
は変わっていたわ
あの頃のように無邪気にじゃれてくる事もなく
私が触れた手を払いのける
誰かに触られる事を避ける
どうして?
人付き合いが嫌いというよりもむしろ好きな子だったじゃない
『ストレスって…、未有、何があったの?』
『いろいろあったんですって』
『だから何があったのって聞いているのよ』
『そこまで話す必要性ないと思うけど』
変わったわ
貴方は変わったのね
私はあの頃のまま、
貴方の背中を追いかけているだけ…
貴方はすでに先を歩いていたんだわ
『仕方ないよ、昔とはもう何もかも違いすぎる』
変わってないのは私だけね…
あの小さかったに
それでも頼りがいのある優しいに
既にずっとずっと追い抜かれていたのね……
『ねぇ、』
『……何』
令と竹刀を交えた後、
薔薇の館で1人コーヒーを飲んでいるを見つけた時の嬉しさったら言い表せないくらいだった
やっぱり、読書は好きなのね
昔から本を持ってきては読んでとせがまれていたもの
でもほとんどがドイツ語で私は読んであげる事が出来なかったけど
令の頼みで紅茶を淹れてくれたの腕を掴む
『小母様は元気?』
『………うん』
辛辣な顔つきでそう頷くを見て、
これ以上は聞いてはいけない気がした
何故かって?
それは私にもわからなかったわ
ただ直感がそう告げただけ
これ以上この子の心に立ち入るなって
それはとても悲しい事だったけど
でも仕方ないわ
が私を拒んでいるんだから…
小母様は居ない
あの日私と別れた後に、
亡くなっていたと
静かに眠るの前で静さんがそう言った
あの綺麗で、
優しい、
にとても良く似たあの小母様が?
もう亡くなっている?
そしてはその日からずっと1人、
闇の中を彷徨っていたというの?
その闇の中でどうして私はあの子の小さな光を見つけてあげられなかったんだろう
自責の念に追われた
『マリア様は不公平ですよ…っ…』
妹から告がれるその言葉
泣かないように必死に堪えているのか、
僅かに震えているその身体
どれもがただ胸を切なくさせるだけで…
マリア様は、
私達は
幼稚舎の頃から何を祈ってきたのだろう…
そして、
私はと出会ってから今まで一度もした事のない事をしてしまった
心の何処かでは駄目だ駄目だと言いながらも、
その制止を振り切って手が上がってしまった
『……何すんの』
『…っそんな最低な事…言う子じゃなかったわ!』
また…この子の嫌いな言葉を言ってしまった
過去と比べられる事が嫌いなに、
また昔と比べてしまった
ただ叩かれたままの姿勢でこちらを睨んでくるに、
私は泣きそうだった
そんな瞳で私を見ないで
私を否定しないで
私を嫌わないで
お願いだから、
『祥子姉ちゃんの””はね。言わなかったと思うけど』
『どういう意味よ』
『だからそんな幻想をいつまでも私に求めないでくれない?って意味』
そうね
私の中のはそんな事言う子じゃない、だったわ
訂正するわ
……でも、
あの頃と本当に何もかもが違ってしまったの?貴方は
違うわ
だって時折見せる優しい瞳は
心を失っていない証拠だもの
そうでしょう?
「む…」
「どうしたの?」
何か探し物をしていたらしいが、
鞄の中を覗き込みながら突然不穏な顔つきになった
私は飲んでいた紅茶をテーブルの上に置き、
訪ねてみる
と、ポイッと一枚の紙切れを放り出す
それはヒラヒラと舞って私の前に到着した
「……これ」
「最悪なもん紛れてたよ」
苦虫を噛み潰したような顔で再び鞄をあさり始めるに苦笑が漏れる
「、まだ優さんの事嫌い?」
「嫌いっていうか性的に受け付けない」
「……ふふふっ」
「…何さ」
肩を震わせて笑い始めた私をが訝しげに見てくる
紙切れには、
学園祭で王子様役をやっている優さんが映っていた
でもおかしい
学園祭が開かれた頃にははまだ居なかったのに…
「蔦子に貰った。お互いの写真を交換して物色してるんだ」
「なるほど…ライバルって訳ね」
「ライバルって程でもないけどね」
ったく…と写真を持ち上げて眉を傾げる
その姿がまるで天敵を窺う様子みたいで、
また笑みが込み上げてくる
「今度優さんに会わない?」
「嫌だ」
即答ね
まぁ、いいわ
「いいじゃない、もう昔みたいに一緒に居て苦しいという事は無いもの」
「……」
「ねぇ、。お願いよ」
「…………」
「私の今を見て?」
「はぁ………うん、わかった」
貴方の瞳から見て欲しい
私はどう変わったか
どう映っているのか
私はいつも貴方を追いかけていたわ
でももうそれはしない
今度は一緒に歩き始めるの
お互い隣を気にしながらも、
それでも颯爽と歩いて行きたいの
付き合ってくれる?
私の人生という道のりを…
貴方は欠かせないのよ
next...