私が何をしたいのか


私は何をしようとしているのか




不思議でしょうね

疑問でしょうね



勘ぐっているでしょうね





でもね、江利子






私は何もしようとしてないわ











私はもう何かを変えようとするのには疲れたのよ――――――――





















土曜日の夜



ソファで1人、食後の紅茶を飲みながら雑誌を読んでいた江利子に駆け寄ってくる小さな影

少女は手に持っていて、
其の小さな背のせいで床に引きずっていた大きなバスタオルを江利子へと差し出した





「……ごしごしして」

「楓、お風呂あがったのね」





風呂上りの少し火照った顔つきでもじもじとおねだりをしてくる楓という少女に江利子は微笑みながら雑誌を横に置いた


其のバスタオルを受け取ると楓を膝の上に乗せ、

向かい合った状態で頭を優しく拭きながら江利子は楓に話しかける







は?」

「おふろ」

「まだ?長いわね」

「ながぶろ」

「そうね、ふふふっ」







無表情に何の感情も込めないで淡々と喋る楓を、


江利子は未だに謎の多い子だと思っていた



楓は年相応の子供らしかぬテンションで生きている


別に無口だとかそういう訳じゃない
でも楓は何処かおかしい


其れはも言っていた





『何処かおかしいのはね、元主人が死んでからなのよ』






何処か遠いところでも見るような様子で言うに江利子は言葉をつまらせた


こういう時そういう事は無経験な私には掛ける言葉が見つからないのがもどかしい

私よりも沢山の経験をしてきている彼女


つまり彼女は私の何歩も先を歩いているということ







ふと私は時計を見やってから首を傾げた

そして膝の上に居る楓に告げる







「やっぱりちょっと見てくるわね」

「…うん」

「じゃあ少しだけ此処で待ってて。また拭いてあげるから」

「うん」




只頷く楓を抱き上げてからソファの横に座らせると、
バスタオルを彼女の頭の上に置いて離れる

リビングから続く洗面所へと向かうと風呂場への扉をノックした







?」






返事はない


中で人が動いている気配もない



一言断ってから私はその扉を開ける







、開けるわよ?」







がららっという音と共に中の湯気がぶわっとむせ返る

シャンプーと石鹸の爽やかな良い香りが鼻腔を擽った


は風呂桶の中で体育座りをしたままじっとしていた









「…何やってるの?」

「……」

「のぼせるわよ」

「……」

?」






私は風呂場の入り口にしゃがんで彼女と目線を合わせる


彼女は私を見つめたまま微動だにしない

風呂桶に手を伸ばして、そのお湯を指先に絡めて音を立ててみる




ちゃぽん…








今度はの目は私の手へと移動した


私は何も言わずにお湯を指先で軽く叩いていた

しばらくしては自分の膝をより深く抱え込みながら
私の指先をぎゅっと握ってくる






「…どうしたの?」

「……ねぇ、江利子…私……」

「うん」

「聖の事まだ好きって言ったらどうする?」

「…」

「あっ、でももちろん江利子は大好きだよ!」

「…ふっ、判ってるわよ」






そんなに慌てて言わなくても、と


焦ってるの頭を撫でてあげた

すると少し安心したのか、彼女はふにゃっと笑う


こういう処は楓に似ていると私は思う



そして私も座りなおすと、両膝の上に腕を組んで考え込んだ








「そうねぇ、そうだとしたら…今度は退くかもしれないわ」

「…えっ?」

「私考えたのよ、貴女の事」

「私の事?」

「そう、私ね、貴女の事本気で大好きよ」

「…」

「だから考えるの、貴女が幸せになれる方法を」

「…江利子」

「そりゃね、私でいいなら私が精一杯幸せにするわよ?でも貴女が聖が良いっていうなら…」

「……もういい!!」








ばしゃんっと大きな音がして、

は自分の両耳を塞いで目を瞑ってしまった


私は驚いていたのもあってその際飛び散ったお湯を頭から被ってしまった




けれどは頭を横に振るだけで何かから怯えているように見える








…?」

「もう聞きたくないっ!」



「嫌よっ、そんな事言わないで…っ」

、ごめんなさい。もう言わないから……」





取り乱す彼女の腕を掴んで自分の声を聞かせようと努める


けれどは完璧に興奮しているようで私の声を聞いてはくれない






、落ち着いて」

「そんな事っ」

「…っ」








煮を切らした私は一緒に湯船に入った

そしての裸の身体を力一杯抱きしめる



するとの身体から力が抜け、


肩で息をしながら私の肩口にそっと額を預けてきた








…、どうしたの?今日はおかしいわよ、何だか」

「……はぁ…はっ……っごめん…」

「うん、大丈夫?」

「…う、ん……江利子…ずぶ濡れだよ」

「そうね、でもどうせ今からお風呂に入ろうと思っていたから手間が省けて良いわ」

「服を着たまま?」

「そうよ?」

「ふふふっ、何それ〜」

「ふっ」






いつもの調子が戻ってきたを抱えたまま私も小さく笑った








そしてそのまま私は一応服を脱ぎ今度は2人で仲良く風呂に入った


風呂からあがると髪を乾かしに寝室へと向かったをあとに、

私はバスタオルを頭に被ったままリビングへ戻る



するとリビングに放置していた楓が1人で絵本を読んでいた

文字はまだ読めないから絵だけを見ている







「楓、ごめんね。私ずぶ濡れになっちゃって…」

「ううん」

「……好きね、その絵本」

「…ん」






こくんと頷く楓の隣に座ると楓は絵本を差し出してきた


読め、という事だ

いつもの事



だから私は笑顔で其れを受け取り、
楓を再び膝の上に乗せると絵本を楓の身体越しに開いた


どのページから読めばよいのか尋ねたその時

楓がぽそりと呟く











「あのね、あれはおとうさんがいってたの。だからいっちゃだめだよ」



「……え?」



「いったらないちゃうよ」



「…判ったわ、有難うね?楓」



「………ううん」









小さくふるふると首を横に振る楓の頭をなで、
笑顔の裏で私は戸惑っていた

所謂禁句というものだろうか


は其の台詞を言われると其の人は自分を置いていってしまうと思っているのだろうか





そんなこと…ある訳がないのに……










なんて不器用な子なのでしょう…―――――――






























おとうさんは、いない




"しんだ"っていうけれど

"しんだ"ってなに?


もうにどとあえないの?



あのおおきなてでだきしめてもらえないの?





でもわたしはなかなかった




だって

おかあさんがないていたから



だからわたしはないちゃいけないとおもったの





おとうさんにあえないのはかなしかったけれど



おかあさんがないてるほうがもっとかなしかったから







そしてあるひおかあさんはものおきからみどりいろのおようふくをだしてきた



それをきて

わたしにどう?ってきいた



わたしはとってもにあうよ、ってこたえた





だってずっとないてばかりいたおかあさんがひさしぶりにわらっていたんだもん






そしておかあさんは


わたしをつれておひっこしをした




おじいちゃんとおばあちゃんのささえのおかげで、




あたらしいいえでおかあさんとわたしのあたらしいせいかつがはじまった











まいにちあさおかあさんはわたしをほいくえんにつれていって、



がっこうにいく





そしてえりこちゃんといっしょにゆうがたになるとむかえにきてくれる








えりこちゃんはやさしくって

ごほんもよんでくれる


とってもきれいなおねえさん






だからだいすき












でもね



おとうさんがしんだばかりのころになくのをがまんしたせいで


こんどはわらうこともできなくなっちゃった






えりこちゃんは


おかあさんは




こんなわたしのこと、きらいになっちゃわないかなぁ






いつもふあんなの







いつかふたりでわたしをおいていってどこかいっちゃうんじゃないかって

















でも、あのひとはわらいながらいってくれたの







『そんなことある訳ないじゃない、安心して甘えていいんだよ』








おともだちはみんなおかあさんにつれてかえっちゃったあと

ひとりっきりのほいくえんのおにわですなあそびをしていたわたしを、
そとからきれいなおねえさんがみていた


さいしょはしらないひとだからこわいな、っておもったの


でもおねえちゃんはおかあさんとおんなじふくをきていたから

すこしだけあんしんした



それからおねえちゃんはまいにちすなばのちかくのところでそとからわたしにはなしかけてくれた

あそんでくれた


あめもくれた






だからね、きいてみたの



どうしてやさしくしてくれるの?

わたしはこんなにかわいくないのに、って




そしたらおねえさんはわらいながらわたしのあたまをなでてくれた








『私の大好きな人に似てるんだ、それに楓ちゃんは可愛いよ?』








そのことばがうれしくて


わたしはひさしぶりにわらったようなきがした



わらいかたもわすれたけれど

こころはわらいたいといっていたから
きっとわらっていたのかもしれない










おねえさんのなまえは



せい、っていうんだって








おかあさんとえりこちゃんにきいたら、






しってるかな?――――――――――――

























君が居なくなった



ねぇ独りにしないで

目に映るものが



全て歪み始めてた







顔を上げれば


空は広がり


星達は輝くけれど

星に手が届くはずない


どうしてこんな空は遠い




君に会いたい...

















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