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私の記憶は、彼女の中から消去された
其の事実がとても悲しくて
其れと同時に
彼女に其処までさせてしまった自分の愚かさに泣けてくる―――――
『さいきん、おかあさんがおかしいの』
楓ちゃんはそう言った
私はまさか其の"おかあさん"は紅葉の事を言ってると思っていなかったから
何があったんだろうね、と軽く受け流していた
でも
楓のお母さんは紅葉で
様子がおかしいというのは紅葉の事だった
ざあぁぁああああぁぁぁ…
雨が降り続く
握り締めた右手が痛い
きっと血が薄っすらと滲んでいるであろう
けれど
紅葉の受けた傷はこんなものじゃない
ざぁぁああぁあぁああああ
だから私は、
彼女に縋りついて泣きじゃって懇願する資格などないんだ
雨よ、お前はいつまで
一体いつまで振り続ける……?
心の中の雨は止みそうにない――――――――――
「聖!?どうしたのよ?」
小さく鳴り響くインターホンが聞こえた後、
少しして蓉子が現れて
現れるなり私の姿を見て息を呑んだ
風呂上りなのか、僅かな湯気を立ち上らせる其の身体からは良い匂いがした
私とは正反対にとても温かいのだろう
そう、私はその後降り始めた雨によってずぶ濡れになっていたのだ
「ちょっと…タオ、ル貸して、くれ…る?」
夏とはいえ雨が降れば寒い
冷え切った身体のせいで呂律が上手く回らない
あまりの自分の情けなさに失笑するしかなかった
「風邪ひくわよ、そのままじゃ。お風呂に入っていきなさい」
蓉子は慌てた様子で私を腕を引いて中へ入れると、
改めて私の身体の冷たさを実感したらしく小さくため息を漏らした
そんな蓉子を他所に、足元に目をやった私はふと気づいた
「誰か、来てるの?」
「あぁ、え…」
「どうしたの、蓉子?」
蓉子が答えようとした時に、
その答えはリビングから顔を覗かせた
其の瞬間私は目を見開く
この場所には居てはいけない人物が居た
「江、利子…何で此処に……」
「………蓉子は私の親友だもの」
「そうじゃない、でしょ。今…今っ、紅葉は……!!」
震える手でもう1度握り拳を作りながら声を絞り出す
私の様子に異変を感じたのか、
蓉子と江利子が怪訝そうに顔を歪めた
けれど私の身体は心身共に衰弱しきっていて伝達する事さえままならない
気管支が詰まり、咳をしながらずるずると壁伝いに其の場に崩れ落ちた
遠くの方で蓉子と江利子の声が聞こえる…
そして暗い闇に堕ちていき
私は、夢、を見た
私の目の前で紅葉が何かを伝えようとしている
けれど紅葉の身体を黒い何かが覆い、其れを制止していた
声さえも封じられているらしく
彼女の綺麗な目からは涙がしきりに零れている
紅葉…
私は手を伸ばして、其の何かを取り除いてあげようとした
けれど其の動きは意思とは反対に、止まり
ゆっくりと腕を見れば
私の腕も、黒い闇に捕らわれて動きを封じられていた
(紅葉…っ)
こんなにも近くにいるのに
只、只互いの顔を見詰め合って涙を零すしか出来ない
嗚呼
助けて欲しい
助けて欲しいのは、私の方だったんだ
私はこんなにも臆病で前に進む事さえ恐れている小さな人間だから
誰かに後押しして貰わないと何も出来ない
こんなにも愛しい君に手を差し伸べる事すら出来ないんだ
ねぇ紅葉、やっと判ったよ
私は君が1番大切で
1番大好きで
1番失いたくないヒトなんだよ…っ――――――
そして目が映したのは、白い天井だった
身体を起こそうにも力が上手く入らなくて
目だけ動かして現状を把握しようとする
すると其れよりも早く見知った顔が覗き込んで来た
「聖、起きた?」
「……こ、こ…は?」
「病院よ、貴方肺炎になりかけてたのよ」
「あぁ、そうなん、だ」
ふっと苦笑いをしてみせると、
蓉子は柔らかく微笑み返してくれる
そして私の頬に手を添えてゆっくりと口を開いた
「今、江利子が紅葉さんを迎えに行ってるから」
「……ぇ?」
「江利子ね、もう紅葉さんとは別れているのよ。1ヶ月前にね」
「…」
「だから、貴方はもう安心して彼女を受け止めてあげて」
「…よ、こ……」
「私の事はいいから。ね?」
「違…うんだ、違う……」
違うんだよ
紅葉は、
もう私の事は判らないんだよ
そう言いたくて
けれど言うのが辛くて
涙が零れ落ちる
もう、どうしたらいいのか…っ判らないよっ………
「…蓉子、今ちょっといい?」
「ああ、江利子。遅かったのね」
「ちょっと…」
入り口の所で気まずそうに私へと手招きする江利子に、
私は首を傾げながら病室の外へ行った
其処には小さな女の子と、紅葉さんが居た
「いらっしゃい、もう大丈夫だから入っても平気よ」
「いや、そのね…其の事なんだけど」
くいっと袖を引いて私へと耳打ちをしてくる
「知らないのよ、聖のこと」
「……は?」
思わぬ言葉に思わぬ返答をしてしまった
江利子は至極真面目な顔で
私は開いた口が塞がらなかった
けれど紅葉さんと手を繋いでいる女の子が紅葉さんの手を引っ張って、病室を指差す
すると紅葉さんはニコリと微笑んで頷き、
その繋いでいた手を離した
女の子はパタパタと聖の病室へと入っていった
けれど紅葉さんは中に入ろうとしない
「知らないって、どういう事…」
「だから聖の事を言っても聖の事を知らないのよ」
「な…」
「……其れ程に拗れてしまった傷は深かったって事だわ」
「……そんな、事って…」
「あの、うちの楓が聖さんにとてもお世話になってるようで…病人なのに申し訳ありませんでした」
ひそひそと会話をしていた私達を、
どう受け取ってしまったのか紅葉さんは申し訳なさそうに頭を下げてきた
私は、
此処で初めて事の重大さに気づかされた
其れ程にこの2人は想い合っていて
其れ程に深い深い傷を負っていたという事
江利子、どうしよう…
「……此ればっかりはどうにも出来ないわね、本人達が解決しないといけない問題だもの…」
けれどそう言う江利子の顔も曇っていた―――――――
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