夢を、見たの



懐かしいような


遠いようで近いような





そんな夢――――――













私には恋人がいて

その恋人の親友であるあの人はそれを承知の上で、
私の傍にいてくれた


寂しい夜も

心細い夕方も

切ない朝も


いつだって受話器越しに優しく声を掛けてくれた



2人の間に愛は存在してない

ない、筈なんだけど



互いを想う気持ちはきっと世界で1番悲しい程に大きいと


心の何処かでそう感じていた




楓を寝かせた後、珈琲を飲みながら学校の課題をやっていると電話が鳴る

私の恋人は私を大事にしてくれているけれど、
マメな人ではなかったから毎晩のように電話なんてしない

けれどあの人は雑に見えてマメな人だから、

毎晩のように電話をくれた



だから、
受話器を取れば


(あ、私)


その一言だけであの人だと判った



自然に漏れる笑み
貴方へと向けられた笑み


いいえ、これは愛じゃないの


親愛の情なの






「こんばんわ、どうしたの?」

(どうもしないよ、ただ暇だったから)





毎晩同じ質問をして

毎晩同じ返事が来る




「貴方は毎日暇なのね」

(そうみたいだね)




毎晩くすくす笑いながら言うと

毎晩困ったような声が返ってくる





(、今日は江利子と喧嘩とかしなかった?)

「ええ、大丈夫よ」

(そっか…)



受話器の向こうで安堵の息を漏らす貴方


その優しさに心がぽかぽかと温かくなってゆく






「江利子は優しいもの」

(…うん、そうだね)

「そして貴方も優しいわ」

(……うん)

「ありがとう、○○」

(ん)














あ、れ…






こんなにも優しい時間を共にした人なのに



名前が思い出せない

顔も段々霧がかかっていって
最後には姿すら見えなくなっていってしまう









ねぇ、貴方の名前は…








貴方の名前



私は貴方の名前をとても美しいと告げた事があったわ

でもその名を


思い出せないの






貴方









貴方は…誰………?――――――――――


























「おかあさん」

「うん?」

「せいのところ、いかないの?」

「…そうね、私あの人に嫌われているみたいなのよ」




はぼんやりしながら皿を洗っていた手を止めて、
小さな娘に目線を合わせて微笑んでそう告げる

決して不安や悲しみが娘へと伝わってしまわないようにと




「……そうなの?」

「あ、でも楓が行きたいんだったら江利子に頼んでみるわよ?」

「…うん」





小さく頷く楓にはもう1度微笑んでから
其の頭をぽんぽんと撫でた


けれど

自分の娘の勘の鋭さに気づいていなかった


そして自分達大人が思っているよりも遥かに自分達の事を見据えていると



知らなかった











翌日



外は小雨で、

赤い傘を差して楓と江利子が病院へと訪れた


江利子と手を繋ぎながら楓は保育園に行くためのショルダーバックを大事そうに抱えている
その目はとても真剣で

江利子は少し気後れしてしまう程だった



病室をノックすれば、蓉子の声が返ってくる








「いらっしゃい、楓ちゃん」

「こんにちわ」

「聖起きてるわよ、おいで」

「うん」






蓉子が満面の笑みで楓を迎え入れれば、
楓も少し表情を和らげてとことこと中へ入っていった

その後に江利子が次いで入ると


聖は恐らく蓉子が剥いてあげたのであろう林檎を齧っていた

楓が真っ直ぐに聖の元へ向かい、ベッドの上によじ登る






「あれ、今日も来てくれたの?」

「からだ、だいじょうぶ?」

「うん、大丈夫。ありがとうね、心配してくれて」




聖がニコリと微笑んで楓の頭を撫でれば
楓は気持ち良さそうに目を閉じる

その間に聖がちらりと入り口に目をやると、其処には苦笑をしている江利子がいた


そして江利子が首を横に振れば少しだけ安心したように聖はため息を漏らした






「おかあさんは、せいにきらわれてるからいけないっていってた」

「え…?」

「せい、おかあさんのこと、きらいなの?」

「……そんなことないよ」

「うそだもん」

「嘘じゃないよ、むしろ…大好きだ」





そう言って微笑んだ聖の笑みは悲しそうだった

楓は少しだけ膨れっ面になって、
鞄の中から画用紙を取り出す


丸く束ねられた画用紙を広げれば、其処には子どもらしい絵が書かれていて

子どもの拙い絵だとしても一生懸命描いたのが伝わる程だった


蓉子と江利子も丸椅子を持って楓の傍に座り込む







「これ、楓が書いたの?」



江利子が尋ねれば楓は頷いた

蓉子がその画用紙に手を添えて、微笑む



「上手ね、これはおかあさん?」



また楓が頷く

そして3人が黙って微笑みながら其の絵を見つめていると、
楓がぽつりと呟いた





「これ、かくのに2じかんかかったの」

「2時間も?」

「いろがきまらなくて、いろいろかんがえながらやったの」

「貴女、に似て頑固な処あるものね」




くすくすと江利子が笑えば楓は頭をぽりぽりと掻く

蓉子がそんな江利子を嗜めて、
楓にフォローする




「一生懸命書いたのよね?大好きなお母さんを」

「うん」











そして聖の手から画用紙を取ると、

楓は



其れを真っ二つに破った










「ちょっ…」

「あっ…」

「な…」







3人が息を呑むけれど


楓は2枚に分かれた紙を聖に差し出した











「かくの、たいへん…でもやぶるのはかんたんなの」

「え?」

「なにかをつくるのは、とってもむずかしくてたいへんなの」

「…」

「でも、それをこわしちゃうのはとってもかんたんにできちゃうの」

「……楓ちゃん…」









とても拙い言葉で


とても単純な言葉で




何かを伝えようとする小さな子ども



けれど彼女の瞳には

どうか


どうか判って欲しいという願いが込められていた








必死に聖へと何かを訴えている楓の気持ちを汲み取ったのは江利子だった














「なるほど、ね」






不安そうな顔をしている楓に微笑みかけてから、


江利子は聖へと真っ直ぐ視線を向ける










「貴方との事を言いたいのよ、もちろん2人に限らず全ての人間にも言える事だけれどね」


「え……?」


「楓が言いたいのは」









一拍置いてから江利子はゆっくりと続けた













「貴方とは絆を築き上げるのにとても時間が掛かったわよね?」


「…うん……」


「私ともそうだし、私と貴女、貴女と蓉子もそうだわ」


「うん」


「でも、その絆を壊すのは一瞬で出来てしまうという事よ」


「あ…」


「築き上げた歳月なんか関係ないくらいに、直ぐに壊れてしまう物がある、ということ」










それが言いたいのよね?










江利子が確認すれば


楓はしきりに頷く

持ち合わせる言葉が少ないため上手く言い表せれなかったけれど


それでも判ってくれた人が居たという事がとても嬉しかったらしい



いつもは無表情な顔もなんだか笑っているように見えた

















「おかあさんとせいはまだこわれてないよ




いちからつくりなおすひつようなんてないよ







だから



こわれちゃうまえにもういちど







がんばって、おかあさんのことたすけてほしいの」



































next...