「あれ、すっかり寛いでるね」


その声に顔を向けると、風呂上りのが身体から湯気を立ち上らせていた
普段見られない姿に私は高鳴る胸を押さえられない

火照って桜色に染まる身体
ラフな格好から覗き見える白い肌
髪から滴るお湯
……滴るお湯?



「ちょっと、!髪全然拭いてないじゃない」

そう、滴るというよりも洗ってそのままの状態だった
次々とぼたぼた垂れ落ちる水分がタンクトップに大きな染みを作っている


「はい、ちゃんと拭きなさい」

後ろから次いでやって来た江利子が自分の髪を拭いていたタオルを投げかけた
けれどはそれを頭で受け止めるだけで一向に拭こうとしない

「面倒くさい」

それだけ言ってソファに座り込む



「面倒くさい、じゃないでしょ。風邪ひくってば」



隣に座っていた令ががしがしと拭いてあげ始めた
は嫌々頭を差し出しながら目を細める

小さい子どものように…



「ねぇ、…これ食べていい?」

キッチンから聖が何か持っての後ろに立つと、
それを見せた

ちらりと確認してからは令の持つタオルから逃げ出す


ソファの背もたれによじ登って、
聖の手の中からそれを取り出した


どうやら缶詰めだったらしい


「いいけど…美味しいとは思えないよ、それにルウイが怒る」

タブを起こしてそれを開けるとシーフードのようなものが詰め込まれていた

一見美味しそうだけど



…ルウイ?



「ルウイって誰?」

組んでいた足を解いてに問いかけた
私が座っているベッドの側に近づいて来る

不思議そうにその有様を見ていたらいきなり目の前でしゃがんだ


「えっ?」


「蓉子、ちょっと退いて」


床に顔を擦りつけて、

の目線の先は…


べッドの下だった



「ルウイ、おいで」


そう声をかけると、
小さい声がして何かが出て来る


思わず驚いて退いてしまったけど

良く見たら小さな真っ黒な猫だった




甘えるようにの顔を舐めると、
はその猫を抱き上げる


「紹介すんね、ルウイ。聖と蓉子と江利子、祥子と令」

ルウイという猫に1人1人見せながら私達の名前を発した


「……猫?」


呆気に取られている聖に、は空いている手で缶詰を目の前に持っていく


「猫の缶詰、だけど食べる?」


「いやっ、いい……」

慌てて両手を振る聖を見ては咽を震わせて
「くくくっ」と笑いながらルウイを抱いたまま私の隣へ座った




「綺麗な猫ね、でも変わった名前じゃない?」

江利子が私と対なるようにの隣に座り込んでルウイの頭を撫でる

指で缶詰から中身を取り出してルウイの口元に運びながら
はボソリと呟いた


「ルウイ、ってお母さんの名前だからね。日本じゃあまり聞き慣れない名前じゃないの」


餌の付いた指を傷つけないように丁寧に舐めるルウイを見ながら私はふと思う


そういえばの亡くなったお母さんってドイツの人だったっけ



「あぁっ、この子時々ゴロンタと喧嘩している猫だ!」

拳で手を叩きながら聖がそう叫んだ

ゴロンタって…いつも学校にいる猫の事?


「学校に連れてきているの?」
祥子がスプーンを差し出しながらにそう訪ねる
は顔を横に振って否定する


「ううん、いつも着いて来るんだ。私の行く所は何処でも気がついたら居る」


「…家族なのね、ルウイはの」


「うんっ」

今度は嬉しそうに頷いた





にしても…

貴方本当雑過ぎない?

普通猫とか犬に餌をやるにはお皿に盛るでしょう…

手から直接食べさせるって



躾をちゃんとしないといけないわね


ルウイも


も……






先は長いわね




盛大にため息をつく私を不思議そうに見上げてくる

優しく頭を撫でてあげるとまた目を細めて嬉しそうに微笑んだ



「蓉子もお風呂入って来なよ、夕飯作っとくし」


「そうね…」




急がば、と立ち上がると

が付け加える


「全員ゆっくり浸かってたら時間無くなるから聖と一緒に入りなよ」



……はぁ?



「はぁっ!?聖と!!?」


「良いねぇ、一緒に入ろうよ蓉子」


「うん、入っておいで」




側で江利子が肩を震わせて笑いを噛み殺していた


天然?この子天然でそんな事言ってるの!?


「嫌よ、一人で入るわ」


それだけ言って踵を返して風呂場へ向かう途中

背後からこんな会話が聞こえる



「何で怒ってるの?蓉子」

「ん〜、女心についてもう一度考えてみようね」

「一応私も女なんだけど」

「一番判ってないわよ、ちゃんが」

「何でっ」

「聖さまと入ったらお姉さまが襲われかねないわよ」

「…確かに」

「襲わないって!それより江利子風呂場で襲ってないよね!?」

「阿呆かっ、何言ってんだよ聖」

「さあね」

「お姉さまっ!?」





……なんて話しているのよ

仮にもリリアンの生徒なのに

祥子まで…







私が上がるとすぐに祥子が入って、
そして聖の次に令がお風呂を済ませた

江利子と2人での調理を手伝いながら気付いた事がある


この子料理上手だわ

プロ顔負けの腕前


冷蔵庫にある物だけで立派な一品を仕上げていた




「美味しい」


「そりゃどうも、聖ワインとチューハイどっちがいい?」

「チューハイが良い」

「私はビールね」


「はいはい、っと。祥子と令は弱そうだから駄目ね。蓉子は…私と一緒でいいか」





「ちょっと待って。貴方何で普通にお酒が冷蔵庫に入っているの?」


良く良く見ればキッチンにはアルコール類が何でも作れるように備え付けられていた
サワーも造れるし、
カクテルも造れるし…



貴方まだ16歳になったばかりよね?



「もうお固いなぁ、蓉子」
「今時常備よ」


…貴方達も飲んでいる訳?
ほら、純粋な祥子と令が目を白黒させているわよ




「はい、ウーロンハイ。あんまアルコール度無いから飲めるよ」

「ありがとう…ってそうじゃなくて!どうしてお酒を買えるのよ」



聖や江利子はともかくはどう見てもまだ20歳未満なのに…

日本の秩序はどうなってるの



「え?商店街の酒屋さんのお姉さんと仲良いから」


「「「「「…………」」」」」



買収した訳ね、その容姿で

綺麗に生まれて損は無いと知ったわ



「そこのお姉さんさぁ、おかしな人でね」

イカのゲソ揚げをツマミながらはおかしそうに続けた



「いつ行ってもお酒を飲んでいるんだ、もう顔も真っ赤で」



……違うと思うわ



「多分さ、お酒飲んでる訳じゃないと思うよ」


そうよ、令
その通りよ

いくら常識を外れた人でも勤務中にお酒を飲む人は居ないと思うわよ



「……?」




「「「「「………無意識って怖いわ(ね)」」」」」















「じゃあ…聖と江利子がベッドで、蓉子が布団。令と祥子は隣の部屋のベッド使っていいから」


……またしてもはぁ!?とか言いたいんだけど


ほろ酔いの聖と江利子はお互いの顔を見合わせて噴き出す



「聖と?」
「江利子と?」

「「一緒のベッドで寝ろって!?」」



お腹を抱えて笑い出す2人

本当に酔いが回っているみたいだった
2人してに抱きついたままだからかなり鬱陶しそうに不機嫌そうだった


「あ〜、もう!2人共酒臭いから一緒に寝ろ!!」

「「有り得ない」」


いきなり真顔になってに問い詰めるものだから、

も少し引いていた




「煩いっ、寝ろ!!!」

2人をベッドへ投げつけるとそれだけ吐き捨てる


「お姉さまっ!?」
「聖さま!?」

優しい祥子と令が慌てて動かなくなった2人に駆け寄るけど…


無駄よ


もう寝ているから




「「すー……すーっ…」」





「あれ…」

「あら…」



「令ちゃんも祥子姉ちゃんも早く寝なよ、明日は用事あるんでしょ」


は2人の背中を叩いて隣の部屋へと促した

部屋のドアを閉める前に、
はふと思いついた顔をしてみせる


そして少し背伸びをして何をするかと思えば




令の頬にキスをした



驚愕している令に続いて祥子の頬にもキスをする





顔を真っ赤にしている2人に、
ニッコリと微笑んで
「おやすみ」とドアを閉める





「…何したのよ、貴方は」


無邪気な顔で眠りこけている聖と江利子に布団をかけてあげながら少し不機嫌そうに問うてみた

1枚の毛布を手にしてソファに寝転がるは、
何ともないように首を傾げる


「何もしてないよ、おやすみのキスをしただけ」



…そうか、この子は生粋の外国生まれ外国育ちだったわ

両親が亡くなる頃に日本に移り住み始めたと祥子に聞いた

小笠原家と大きな外交を紡ぐ人物がのお父さんだったから、
年の近いお母さんと清子小母様と、祥子とはそこから親しくなったらしい



「蓉子、おやすみ」

そんな事を考えていたら私の頬にもキスをされる

赤面している私などお構いなしに毛布に包まるを見て
ふと思いついた






、そこじゃ寒いでしょう?こっちで寝なさい」




自分の布団を捲ってそう言うと、

驚いたようにこちらを見つめると目が合った




「…いいの?」

「もちろん。私も寒いのよ、一緒に寝ましょう」




微笑んでそう言ってあげたら、


すぐさまにはそこに潜り込んで来た







私の胸に抱きついて額を擦りつけてくる様子を見て

とても儚かった




今胸の中にいるこの少女は

一番人に甘えたい時期に

一番甘えたい人を



失くしているから…






きっと甘えるという行為自体に偽りを持っているのかもしれない


自然な事だと思っていないのかもしれない








「おやすみなさい、


それだけ告げて

その額に軽く口付けをした





ルウイが布団の上に寝転がるのが重みで判った

ふふっ、ヤキモチ妬いているのね



大丈夫よ




の家族の座は貴方だけの物だもの



姉の座は祥子の物


親友の座は令と由乃ちゃんの物



それぞれ異なっているように




役目があるのよ














「…………ママ……」





寝言だろうか


小さく呟かれたそれは

本当に耳を澄ませないと聞こえないくらい小さなもので



そしてその頬を伝う涙は








悲しい程に綺麗に澄んでいた








湊さんが居なくても、


これからは私達が居るわ








私達も居てくれて良かった、って言われるようになりたい

















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