「学校にルウイ連れて来たら怒られるわよ?」



昼ご飯でもある焼き蕎麦パンを千切ってルウイに食べさせていたら、
後ろから声がした

昼休みに久しぶりに山百合会のメンバーから逃げとおせて1人中庭のベンチで昼食をとっていた時の事





「いいじゃん、聖だってゴロンタ…ランチ連れて来てんだし」




中庭の隅から天敵でも見るように膝の上のルウイを見つめている猫を指してそう言うと

声の主はため息をついた












「あの子は元々リリアンに居たの、それを聖さまが見つけて可愛がっているだけよ」




ルウイが甘える声を出して膝の上からその人物の足元へ行く

身体を摺り寄せて甘えるその様子は心から信頼しているのだと判った


千切ってあった欠片を食べながら空を仰ぐと、

そこに静の顔があった


覗き込まれている居心地の悪さから上半身を前面に向けなおす





「どうだった?」


ルウイを抱きかかえて訪ねられたその意味は、
この間静が策略した湊へ会いに行く計画の事だとすぐ判った




「う〜ん、何とか…なったと思うけど」

「何?微妙なの?」



「ううん、言いたい事はちゃんと言った…けど今までのように話せるには時間がかかると思う」


「そうね、時間が解決してくれる事もあるもの。もちろん無い事もあるけどね」



「うん……」

隣に腰を下ろす静を見ながら肘杖をついた


はい、と差し出されたものを見るとそれはお弁当箱







「お昼、それだけじゃ足りないでしょう?」



「…ありがと」






気持ち良さそうに欠伸をするルウイを尻目に、
玉子焼きを摘んで口にする

またため息をついて箱が消えた包みの中からお箸を取り出す静


それを差し出されても受け取らないで無視をした


静はあまりこだわらないからそういう事に対しても煩く言わない



でも……アイツは違うんだよね







「お箸で食べなさい、それじゃ動物と一緒よ」


ほらほら、来た


蓉子が口煩いと知ったのはこの前のお泊りの時の翌日

朝ご飯を適当に済ませようとした私に蓉子は食パンを2枚食べ終えるまで許してくれなかった



「蓉子さま…」


「ごきげんよう、静さん。ほら、ちゃんとお箸を使って……」



「動物だもん、私。蓉子だって静だって動物でしょ」




正論だ、これは

だって人間だって哺乳類で動物だもんね





「じゃあ言い直すわ、猿と一緒よ」


「………元は猿だもん」



「はぁ…じゃあそのまま退化して原始人になりなさい。折角原始人が頭を振り絞ってここまで進化してくれたのに貴方だけ昔のままなのね」



「…判ったよ!貸せっ!!」




ついムキになってしまった私は静の手から箸を奪い取る、と

今度は頭を叩かれた



「言葉が悪いわよ、静さんだっていくら幼馴染とはいえ先輩なんだから」


「…お貸しくださいませ、静さま」


「そこまでかしこまったら逆に気持ち悪い」


「っ気持ち悪いは無いだろう!何が望みなんだよっ」




「何も、言葉遣いを直して、道具を使ってちゃんと生活してくれればそれでいいわよ」




ぐっ…この野郎


悪態をついた事もお見通しなのか、上から凄まれる

頼むから正面で仁王立ちになるのは止めてくれ



「ふふふっ」



「…静?」


突然お腹をかかえて笑い出す隣の住人に目をやる

 

「静さん…?どうしたの?」


涙を拭くまでに達するほど笑い続けている静に蓉子も吃驚していた





「いえ…ね、ふふっ、その様子じゃもう大丈夫かなって思ったんです」




「「大丈夫?何が?」」






急に眉を顰めて真剣な顔つきになる静にも引く

こういう真面目な雰囲気嫌いなんだよなぁ



何で静もどいつもこいつも寄って集って突然真面目モードになるんだろう






、叔父さんに会う気はない?」







………え?


今何て言った?


叔父さんて、静の叔父さん…じゃないよね




じゃあ…あの男?


あの男に会う気だって!?










「無い!!全く無い!!!!」









「ちょっと…落ち着きなさい、

啖呵を切る私の肩に目の前に居た蓉子が手をかけた

そんな彼女の落ち着きからして私は更に苛付く





「蓉子もグルな訳?2人で企んでたんだ!」


「違うわよ、私は初耳。…静さん、詳しくお聞かせ願えないかしら?」






空いている私の隣に座って、蓉子は静の顔を覗き込みながら続きを誘った




「はい。まぁ…貴方が怒鳴るのも想像ついていたけど、これは大切な事なのよ?」







感情のままに投げ捨ててしまいそうだった弁当箱を取り上げて静は再び向き直る

私は誰とも顔を合わせないように俯いていた


この醜い憎しみに駆られた顔を見られたくなかったから…





「何が大切な事だよ」

「大切な事なのよ。いい?私の家に電話が来たの」




一応の連絡先として自分の家の住所を教えたがらなかった私のために、
静が自分の家の電話番号をあの男に教えたというのは聞いていた事だった

だからって…実際に連絡が来るなんて思わなかったんだ


あの日から縁は切っているし、

向こうからも来ないように弁護士がそう契約を立ててくれたから



もう二度と会う事はないと思って…た






のに、




何故静はこんな事を言う?










「貴方に、謝りたいって言ってたわ。会ってあげて欲しいの、貴方が現状から1歩踏み出すためにも必要な事だと思うのよ」












「………嫌だ」







「今のままじゃまだ何も変わらないのよ?貴方は大変な過去を抱えているというだけで」









「嫌だ」













「それをちゃんとすれば貴方は人により一層歩み寄る事が出来るの」








「……………」









「…居るんでしょう?今よりももっと近づきたい人が」



















「…っ………嫌だッッ!!!!!!!!!」












「「!!」」





後ろから声がする



けれど振り向きも立ち止まりもしない


だって…怖いんだ




現状が変わる事が怖いんだ

あの男を憎む事で生きてきたのに…


ある日それを失ったら私は何を支えに生きていけばいい?









近寄りたい…人なら居る



居るんだ





でも……きっと訊かれても困るだけだよね





きっとあの人は困ったように笑うだけだ







ドンッッ



「痛っ」

「きゃっ」



地面を見てただがむしゃらに走っていったから、

目の前に人が居る事に気付かなかった


可愛く声を上げてよろけるのは、志摩子だった


慌てて倒れかけるその腕を引く




「ごめっ、大丈夫?志摩子」


「ええ…どうしたの?さん……、切羽詰まってたようだけど」




体勢を立て直して、志摩子は若干驚いたように

俯いている私の顔を覗き込んできた




「…何かあったのかしら?」

「っ志摩子……」



優しく抱きしめてくれるその腕が温かくて、

私は無意識に縋りついて泣いてしまった



何も言わずに居てくれる優しさが…身に染みる







しばらくした後で、私は薔薇の館に行こうと言われた


蓉子が居るかもしれないと思うと少し気が乗らなかったけど…




今は何処か落ち着ける場所に行って冷静に考えたいと思ったから素直に従う事にした








「あっ、令ちゃん!来たわよ!!」

「え?あ、本当だ!!、志摩子!」


館の入り口で2人が出迎えてくれる

蓉子から聞いて私を探してくれていたのだろうか


幾分かホッとする様子に苦笑が漏れた




「良かった、何処に行ったかと思ったよ」


「うん…ごめん」

「謝る事はないけど、蓉子さまと静さんが中で待ってるよ」



「……うん」








このままじゃ駄目だって事は判ってる


理屈だって判ってる



でも私の中のもう1人の自分がそれを拒んでいるんだ





記憶を消したがるもう1人の私が…











「良かった、志摩子と一緒だったんだ」




部屋の扉の前でも聖が待っていてくれた


私の隣を歩く志摩子を見つけて安心しきっている




私を1人にさせたらそんなにいけないのかな?



そんなに私の精神は不安定?







……不安定なんだよね









、さっきはごめんなさい。貴方の気持ちを考えずにまくしたてちゃって」


重い扉をゆっくりと開けると、

いつも私が座っている席に静が座っていた



放課後だから…皆揃っている


後ろに居る志摩子と聖と令ちゃんと由乃以外は心配そうに私を迎えてくれた







「…ううん……」



、あのね…静さんは……」



「判ってる、蓉子。判ってるよ…」





席を立って私に近づいてくる蓉子の肩を叩いてその脇をすり抜ける


自分好みのコーヒーを淹れている間にメンバーは皆黙って席についた

それぞれ重い雰囲気を纏って私を見ているのが背中に刺さる視線で感じ取れる








「……でも静、そんなに無理して会わせる事ないと思うんだけど」



「そうですよ、もう少し時間を置いてから…」



「由乃、でも…多分時間を置けば置く程気持ちは大きくなっていくだけだと思うんだ」



「気持ちって…憎しみ?」



「簡潔に言っちゃうとそうなんだろうけど…祥子だって柏木さんには会いたくないって言ってたじゃない?」



「ええ…でもあの時は」



「時間が解決してくれる事もあれば何かキッカケが解決してくれる事もあるんですよね?お姉さま」




「そうね、祐巳…。この場合はどっちなのか私には判らないけれど」




「時間…じゃないって令は言っていたわよね?じゃあキッカケの方じゃないかしら」





「あのね、江利子、状況自体判らないのにキッカケ作りなんて出来ないでしょ私達に」





「じゃあ何?時間が経つのを待てって事?」





「そういう事になるのかな?蓉子、静」




「…そうなのかしらね」





「聖さまのおっしゃる通りかもしれませんね、まだ早過ぎたんだと思います」






















「行くよ、会う」





背後で交わしていた会話に割り込む


このままじゃ本人抜きで話が終わってしまいそうだったから










心配してくれるのはありがたいけど、



でもこれは私の問題だから



私の、もう1人の私との戦いだから…







私が決めなくちゃいけないんだ、きっと





















next...