「祐巳さん、志摩子さん、ちょっといい?」



教室の入り口で私は中で掃除をしていた2人を呼び止めると

あれ?という風に2人は振り向いてこちらへやって来た





「由乃さん…、珍しいね?どうしたの?」


さんなら居ないわよ?確か音楽室の掃除だから…」






「うん、知ってるわ。さっき一階の廊下で会ったし」



私がいつもこの教室を訪れるのは、目当てだったから

2人はいつものようにに用があるのだろうと推測していた


でも違う



に、頼まれたのよ





?何してるのよ、こんな所で…』

人通りの少ない廊下を、ゴミ捨てのために通った時
が1人でその廊下で窓から身を乗り出して空を眺めていた

まさかここに居るとは思わなくて

気になっていた事を聞こうと思った

でもその前にそれは遮られる




『あのさ、由乃。皆を教会に集めて欲しいんだ』

教会?

あぁ…学校の隅に建てられているお聖堂の事ね


『皆って…令ちゃんとか皆?』

『そう、山百合会の皆』





何でそんなところに集めろと言うのだろう?

はリリアンの生徒だけど、人一倍信仰心が無いはずなのに




私の顔など見もせずに、ただ呟くようにそう返してきた




『頼むよ、由乃』


それは懇願に近くて


私は二言返事で引き受けてしまったのだ




だから、とりあえずゴミだけ捨ててからこうしてこの教室に来た訳









「やっぱりちゃん、掃除サボッてたんだ…。同じ班の人達が探していたんだよ」

「教えないと、ね。でもわざわざ教えに来てくれたのかしら、由乃さん?」



「違うわよ、の頼みで…掃除が終わったらでいいからお聖堂に来て欲しいんだって」





両眼を白黒させてお互いの顔を見合わせる2人

そりゃそうだ

何の用があるというのだろう…


私だって聞きたい






「だから、祐巳さんは祥子さまに、志摩子さんは聖さまに伝えてくれない?」






聖さままで伝われば自然と蓉子さまと江利子さままで通じるはずだから、と



2人は腑に落ちないように頷いて、


私はそれじゃ、頼んだわねとその場を離れる



目指すは令ちゃん










「あれ?由乃…どうしたの?こんな所まで」

二年生の廊下で令ちゃんを見つけて私は駆け寄った
周りに居たクラスメイトと及ぼしき人達は遠慮したのか、教室に戻って行く

一礼をして、再び令ちゃんに向き直ると



「掃除終わったらね、お聖堂に来て欲しいの」


「お聖堂?何でまたそんな所に…」




「いいから!のお願いよ!来るのよ、必ず!!」



の?」




令ちゃんだって気になっているはずだ

あんなに嫌がっていたとその叔父さんの面会の事を


でも、はそれ以来誰にも話してないらしい


同じクラスの祐巳さんや志摩子さんに聞いても
何も話してくれなかったと首を横に振るだけ




もしかして…

こうやって皆を集めるって事は


何かあったのかもしれない





に、何かあったのかもしれない…









そう思うと居ても立ってもられなくなって、
私は再び駆け出した








「ちょっ、待って由乃!私も行くから」





手に持っていた柄の長い箒をクラスメートに渡した令ちゃんが隣を走って着いて来る






「いいの?掃除」


「うん、丁度終わって皆と談笑してただけだから」


「そう…」


「それよりも早く行こう、由乃」


「うん!!」










お聖堂へと続く通路で、祐巳さんと祥子さまと鉢合わせた

令ちゃんと私と同じく嫌な予感がしてすぐに来てくれたのだろう


2人とも息を切らしていた





「っはぁっ、祥子も呼ばれていたの?」

「ええ、…っリリアンで走る事があるなんて思ってもみなかったわね」

「ふふっ、セーラーカラーは翻さないように歩くのがたしなみなのにね」

「全くよ…、そんな規則を無視してしまえる程私達の世界はあの子中心なのかしら」

「そうだね」




隣で、親友同士が交わす会話に

ただ頷くしかなかった


今に始まった事じゃない



出会った時からずっと私の世界は中心に回ってるのよ







「あれ…蓉子さま達早いですね」

祐巳さんが前に見える、お聖堂の前で立っていた蓉子さまと江利子さま、聖さまと志摩子さんを指してそう言う





「あら、貴方達いつも通る道を通って来たの?」

「お姉さま方は何処から来たのですか?」




そんなに走っちゃって、と

祥子さまの肩を撫でる蓉子さま


でも蓉子さまの顔も若干赤い



走ってきたに違いない





「中庭を過ぎって来たのよ、そっちの方が早いって聖が教えてくれたの」


「さすが聖さま、抜け道もたくさんご存じですね」



祐巳さんが可笑しそうに笑いながら聖さまを見上げた



「さすがって何よ〜、祐巳ちゃん」



お気に入りの後輩の頭を撫でながら聖さまもカラカラと笑う





「それで、由乃ちゃん…中にちゃんが居るの?」




急に本題に触れて江利子さまが私に振り直った




「いえ、わかりません。でもここに皆を集めるよう言われただけなので…」


「そう、じゃあ早く入らないとね」



大きな扉を開けながら江利子さまは中の様子を窺い始める

少しして皆も中に入り始めた



大きな、誰も居ないお聖堂にはただ壇上の上の方にマリア様が聳え立つだけ

その他には誰も居ないようだった



私達はバラバラに入り、それぞれ建物の中を歩き回る





何処に、居るのかと










でも何処にも居なくて






は何がしたかったのだろう



私達に叔父さんとの事を教えてくれるつもりなのか



それとも、









また私達の前から姿を消すつもり?





そんなっ…







約束したじゃない!!












「居たっ、皆、居たよ」



聖さまの声に振り返ると、

前から順番にきっちり並べられている長椅子の中盤あたりに上半身を埋めていた



椅子に寝転がっていたの?
それじゃ見つけられないわよ…










〜、………寝てる」



可笑しそうに顔を歪ませながら唇の前に指を当てる聖さまに皆息を潜める

起こさないように、とゆっくり近づく







そこでは長椅子に横になって寝ているが居た











「あれ……泣いて…る?」



の隣にそっと腰掛けながら江利子さまが気付いたのか、

その頬を撫でる




本当だ、の頬にはうっすらとひと筋の涙が這っていた







どうしたの?





どうしてまた泣いているの?













「とりあえずこのまま寝かせているのもアレだし…起こしましょう、私達を呼んだって事は用事があったのだろうし」



蓉子さまの言う通りかもしれない


シスターが見回りに来た時にこんな所を見つけられたらこってり絞られると思うし






〜、起きて」


聖さまが優しくその身体を揺する





「ん〜……っ」



枕だとでも思ったのか、は頭元にあった江利子さまの膝に顔を埋めた


嬉しそうに江利子さまがその頭を撫でる







「あ〜、江利子ずるい」


「蓉子よりもマシでしょ、抱き合って寝てたんだから」



「私は関係ないでしょう」



「関係ある!蓉子も大いに関係あるからっ」



「そうよ、朝起きて幸せそうに抱き合っている2人を見て絶句したわ」




「それは…ね」




「また今度泊まりに行こ」



「ちょっと聖、その時は私も一緒よ。抜け駆けなんて許さないわよ」




「貴方達ねぇ……」
















「煩い」









「「「……っ」」」







そう呟いたかと思うと、

上半身をのろのろと上げる




眠そうに頭を掻きながらここは何処かと確認をしていた







「お聖堂よ」



祥子さまがさんの頭についていた小さな寝癖らしきものを撫でながら教えてあげる

半目でポンッと拳を叩くその様が、
は寝起きが悪いと物語っていた








「あ〜、そうかそうか…」




「いつからここに居たの?」




「え〜と…由乃と会って……すぐ?」





令ちゃんがさり気無くの涙に濡れた頬をハンカチで拭ってあげながら訪ねる


何か…至れり尽くせりよね、貴方




一応この人達、薔薇様と呼ばれるリリアンの憧れの存在なのよ?


その人達と抱き合って寝たり膝枕したり……うわ、有り得ない



一応私も薔薇様なんだけどね…











「私…さ、死んだんだ」













「「「「「「「…え?」」」」」」」









何て言った?




死んだ?









相変わらず言っている意味が判らない









「貴方、幽霊……じゃないわよね、触れるし」






の腕を持ち上げながら江利子さまが真剣にそういうのを見て

笑い出す






「あははっ、違う違う。私、じゃなくてもう1人の私がだよ」




「え?双子?」





今度は聖さまがそう言って、または笑い出した






「ぷっ、くくくっ、違うってば。私の中のもう1人の私」




「ごめんなさいね、。…貴方の言っている意味が判らないのは少なくとも私だけじゃないと思うの」




眉間に指を当てながら蓉子さまが仰られる


皆もその周りで頷く




は少し困ったように笑いながら頭を掻き毟った







「だからさ、私の忌々しい記憶を消そうとしていたもう1人の私…って言えば判る?」




「……あぁ、なるほど」





それまで百面相していた祐巳さんが納得、と頷いた






「もちろん、完璧にじゃないよ。まだ少しは原型を留めているんだ、だからたまに記憶を失う事はあると思うけど…」






「そのキッカケは叔父さん?」






「良い線いってるね、祥子姉ちゃん」




「この間の事何故誰にも話してくれないの?」




心配そうに祥子姉ちゃんに続く令ちゃんに、
は苦笑をした








「叔父さん…は、……何だか細くて小さくなってたよ」




あの頃の顔なんて甲斐間も見えない程弱々しくなっていた、とは呟く





「それで、すごく優しい笑顔で言うんだ、私の人生を壊してすまないって…」






…」








「変だよね、人生壊したのは私なのに…。でも叔父さんは何度も頭を下げていたんだ、死んだ父さんに申し訳が立たないって」





それから、


プツリと、



もう1人の私の気配が途切れたんだ、と










「きっと、もう楽になっていい…って事なのかな」






「そうね…、貴方はまだ16年しか生きてないこの人生で…たくさんのものを背負い過ぎたわ」





再び頬を伝う涙を、手の平で拭いながら祥子さまがそう告げる

















「1つだけ…お願いがあるんだ、皆に」






祥子姉ちゃん、と



令ちゃん、と




蓉子、と




聖、と



江利子、と




祐巳、と





志摩子、と









そして…由乃、と振り向き直って











は今まで見てきたのよりもとても綺麗な笑顔で言った














「私より1分…いや、1秒でもいいから生きて……」





























それで1分、1秒でも側に居て
















もう1人で泣くのは嫌なんだ

















そう言ったの笑顔は、


本当に綺麗だったけど










何故かとても切なくて…





























「もちろん、貴方の側に居るわ」


「うん、悲しい時苦しい時はいつだって駆けつけるよ」



「嬉しい時、楽しい時は一緒に分かち合えばいいのよ」





「1人であの家が嫌だったらいつでもいらっしゃい、お母様も待っているわよ」


「もちろん、うちも。お父さんとお母さん達に会いたがってたし」





「同じクラスなんだし、何かあったらすぐにちゃんのして欲しい事をしてあげるつもりだよ」



「ええ、貴方は笑っている方が素敵だもの」



は…もう既に1人なんかじゃないわよ」

















「…ありがとう、皆」
















最後にそう言って微笑んだの顔は


ここに居る誰もが忘れないだろう





はこの中の誰かと付き合うかもしれない





それは私かもしれない


蓉子さまかもしれない


聖さまかもしれない



江利子さまかもしれない



祥子さまかもしれない


令ちゃんかもしれない



祐巳さんかもしれない



志摩子さんかもしれない









でも例えそうなったとしても、


皆変わらずに貴方の側に居るわ







貴方の笑顔を守ってみせるわ








それが、





私達に出来る唯一の事だもの













あの、


令ちゃんが教えてくれた山百合会の写真








そこには貴方が映っているはずだわ











とても幸せそうに微笑んでいる貴方が映っているはずだわ













そしてそれは










ずっと色褪せる事はないの














常に私達が色を足していくんだもの


















ねぇ、






もう1人で先を歩かないで






もう1人で泣かないで











もう1人で苦しまないで…





























fin