朝が来るのが、怖い
また1つ自分の中から何かが消えているんじゃないかと…
そして、何も無いと分かると安心する
そんな毎日の繰り返しだ
朝、独りで目覚めるのは怖いから…
だから、こんな事をするようになったのか
気だるい身体を起こして窓に寄りかかる
煙草を1本取り出して口に咥えた
そこで何か思い当たったのか、ベッドから身体を起こす
「……ん…」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
たった今、が離れたベッドのシーツの中から別の声がした
はそっちに目をやって適当に声をかける
「ううん、大丈夫……」
その声質も何処かダルそうなものだった
ゆっくりと、上半身を起こしてベッド上に座り込む
まだ眠いのか、顔に手を当てて欠伸を噛み殺していた
「そう」
まだ時計は午前5時ちょっと
起きるには随分と早い時間帯だった
はその女性の肩に、床に放ってあった適当なジャンパーをかけてあげる
口調と表情は素っ気無いながらも、さり気無い優しさに湊は微笑みが零れてきた
「コーヒー淹れてくれる?」
「…うん」
それだけ言うと、は面倒くさそうにキッチンへ向かった
その後ろ姿を眺めながら、彼女は自らの膝の上に凭れる
「あ〜、もう!だるいわ…。いつもより激しかったような気がするんだけど」
「………いつもごめん」
キッチンから見える顔がとてもすまなさそうに俯いた
湊はまた笑っての方に顔を向ける
「今更、よ」
「…そうだね」
キッチンで煙草にお気に入りのジッポで火をつけるを尻目に見て、
何となくその様子が淋しそうに見える
立ち上がって毛布を肩にかけたままキッチンへ行くと、
後ろからを抱きしめた
彼女の身体が少し戸惑いがちに震える
短く無雑作に切られた髪に顔を埋めた
すると少し安心したのか、身体の力が抜けるのが感じられる
ホッとため息をついて、一緒に煙草の煙が吐き出された
「やっちゃったよ、皆の前で」
泣きそうな辛そうな顔で俯いているのが湊にはわかる
最近良くの口から出てくる言葉
リリアン
山百合会
薔薇の館
祥子姉ちゃん
令ちゃん
由乃
それぞれが自分の胸をチクリと刺すのとも知らずに、
それぞれを発するたびに無意識にいつもは見せない笑顔になるのとも知らずに、
とても罪な行動を繰り返す彼女
それを押し込めるかのように湊は更に強く抱きしめる
「やっちゃったって、発作?」
「うん」
「…ねぇ、」
しばらく考え込む素振りを見せてから、彼女に呼びかけた
は顔だけこちらを振り向いて、いつもと違う声色に不思議そうに顔を傾げる
「ん?」
「……私と本気で付き合わない?」
「…湊、それは」
「今みたいな身体だけの関係じゃなくて」
「………」
「会いたい時に会って、ただ淋しさを埋めあうだけじゃなくて」
「湊」
「もっと普段から一緒に居て、休日には一緒に町でデートして…」
「湊?」
「もっとちゃんとした愛を分け合う恋人になりたいわ」
「………湊」
声が震えているのが気付かれているのだろうか
なるべく顔は見えないように、明後日の方向を向いて話し続ける
の声がとても困っているのがわかった
今まで何度も告げた言葉、気持ち
それでも返ってくる言葉はいつも同じ…
「ごめんね?ごめん、湊」
私の腕の中からすり抜けて居く彼女を見つめながら、
私の中で何かが切れたのがわかる
そう、彼女をこうしたのは……
あの人達のせい
彼女からいつも出てくる人達のせい
じゃなければ、出会った頃と変わりなく無表情な無質素な彼女に、
ただ抱かれて、
行為が終わったら帰って行くだけだった
だから私もそこまで執着心というものは沸かなかったし
こういう関係なんだと割り切れていた
でも、今は違う
時々見せる優しい笑みに
時々さり気無い優しい行動に
朝まで居て
疲れきった私の身体を心配してくれて
こうやってコーヒーを1杯淹れて、
またね、と見送ってくれる……
ただのお互いの心を埋めあう逢引はいつしか違うものに変わって行った
の家に行く時は、まるで恋でもしているかのように胸は高鳴り続けるし、
に会うと、その全てが気になって無意識に目がずっと彼女を追い続けるし、
だから
彼女の心を占めている、
あの場所と人々が堪らなく憎らしい
何故、それを私に向けてくれないのかと思う
そして私は、更にこの心と心が離れてしまう事を起こしてしまった....
「…………」
「な、何かな、さん」
「…………」
1年桃組では、滅多に見れない光景が繰り広げられていた
休み時間、祐巳と志摩子と蔦子が移動教室の準備をしながら雑談をしていた時のこと
いつもなら見知らぬ他人とでもいうように決して側に来ない が、
突然その三人の中にやって来て、座っている祐巳の前に立ち塞がった
立ち塞がったはいいが、そのまま依然として口を開かないに祐巳が恐る恐る声をかける
が、返事は見当たらず、お互い猫と猫が威嚇でもしているかのように固まっているだけだった
いや実際に威嚇なんてしてないのだが
「…………ツインテール」
「へっ!?あ、私っ?」
やっと出てきた言葉に祐巳は一瞬意味がわからず、そして察すると自分を指してかなり間抜けな顔で応える
コクリと頷く彼女に祐巳はこの状況の解釈を両脇にいる志摩子と蔦子に求めた
でも二人も分からないとでもいうように苦笑をしてみせる
「あ、あのね、私は福沢祐巳だよ?」
とりあえず自分の名前を告げみた
ツインテールなんて見かけから思いついた名前に過ぎない
はっとした顔を見せて、は頷く
「そうかそうか、福沢祐巳。思いつかなかった」
「思いつかなかったって…」
苦笑いをせざるを得ない
そんなに影薄いかな、私って…とまで思ってしまう
「あぁ、ごめん。いつも祥子姉ちゃんの側にいるツインテールの子としか意識なくて」
「あはは、そんな金魚の糞みたいな意識って…」
「それは由乃だから大丈夫。そこまで思ってないから安心して」
シレッと問題発言をするさんに私は苦笑いが自然な笑みに変わった
気付けば志摩子さんと蔦子さんも笑っている
「そう?ところでどうしたの?何か用事でもあった?」
滅多に見られない光景に対する疑問を問いかけてみた
すると、無表情だった顔が少し困ったように歪む
「あのさ、温室って何処かわかる?」
温室?
温室って…あの寂れた温室のこと?
…なんでそんな所に用があるのだろう
確かにあそこは私と祥子さまが逃げ込む大切な場所だけど…
つい先日転校してきたばかりの彼女が知っている所じゃないと思う
「温室って…」
「もしかして…」
志摩子さんと蔦子さんは理解したらしく、驚いた顔でさんを見つめていた
さんも困ったように苦笑いをするだけで
「何か、机の中に手紙が入ってて昼休みに温室に来てほしいって書いてあったんだ」
「やっぱり」
ため息をついて、私を見る蔦子さんを私は見上げながら解釈を求める
「告白でしょ、あそこはそういうのにも良く使われているみたいだし」
「……そっかぁ、さん綺麗だもんねぇ」
日本人離れした真っ白な肌に、否応なしに目立つ綺麗な真っ白な肌に、
スラリと通った鼻と、薄いピンクの唇、灰色の透き通った瞳
どれをとっても完璧な、
女の子達の憧れとなるような容姿を持っているさんに想いを寄せる生徒が居てもおかしくない
そう言うと、さんは眉を顰めた
「何言ってんの、買いかぶり過ぎだし。まぁいいや…で、温室って何処?」
さっさと用件を終わらせたいとでも言うように髪を掻いて面倒くさそうに蔦子さんを見る
きっと私よりも鋭いから、蔦子さんに聞いたほうが早いとでも思ったのか…
説明をしている蔦子さんの前でふんふん、と頷くさんを見てもやっぱり綺麗だなぁと思ってしまう
さっきの様子からしてそういう事を言われるのは好きじゃないらしいから言わないけど
変色したという彼女の髪は、
彼女の悲しみと孤独を現したもの
その色を見るたびにこの間のことを思い出してしまった
泣き叫んで
今はもう居ない母親を求めて
何故自分だけ生き残ってしまったの、と
そしてついに耐えられなくなった蓉子さまによる抱擁でとても嬉しそうに眠りについた彼女を
「うん、わかった。サンキュ」
「どういたしまして。でもさんてそういうの無視しそうだと思ってたけど違うのね」
「……いや、別に」
「優しいのね」
「………優しいってのはその人の想いに答えてあげる人の事でしょ」
「あ……」
「私はどのみち断るんだから、悲しませるだけであって優しいってのとは全然違うよ」
説明を終えた蔦子さんに律義に礼を言うさんに蔦子さんは大胆にも訪ねた
少し驚いて蔦子さんを見た後、無愛想にそう答えたさんに志摩子さんが微笑んで言ったら
悲しそうに眉を歪めて、そう彼女は言った
やっぱり優しいよ、さんは
人より悲しみを知っているからその分人の気持ちを組んで取れるから
そのまま移動教室って事もあり、別れた私達は
その昼休みに何が起こるのか予想だにしなかった……
next...