さて、休日
本日は晴天なり
快晴この上ない
私は朝早く起きて、シャワーを浴びた
学校へ行く時も、煙草の匂いをぷんぷんさせて行けないから
これが出かけるまえの日課だった
正直に言うと、少ししんどい
だって今まで何年も人を拒絶して来たのに
いきなり受け入れるなんて人間そんなに割り切れるものじゃないんだから
朝食は作るのが面倒くさくて食べない
その代わりにコーヒーを1杯
足元に纏わりついて甘えた声を出してくるルウイに、
ご飯をやる
それが私の日常
ふと、机の下にあるものを発見した
…イヤリング
それはピンク色の真珠が大きく1つ付いただけの
何の飾りっけのないものだった
この装飾品に見覚えがある
私の物じゃないのは確かだ
イヤリングとか言う前に私にはピアスホールが開いているんだから、
そんなものをする必要はない
湊
この間、ひどく傷つけて
泣かせて
私から遠ざけた女性
恋人というにはあまりに違い過ぎるその存在は
切なく
涙が零れた
最近良く泣くなぁ
涙腺弱くなってるからかな
年取ったって訳だね
「…今度静にでも頼んで返して貰うか」
誰に言う訳でもなく、
ただ呟いた
気が付けば時計は10時を指している
私はジャンバーを羽織って家を出た
愛車にエンジンをかけて、
目指すはリリアン近くの公園
バイクを走らせて10分くらいでそこには着いた
その大きな公園には、既にメンバーが揃っていた
皆、バイクのエンジン音にこっちを振り向いて、
少し驚いたように目を見張らせる
「待たせた?」
ヘルメットをタンクに置いて私はその一行の元へ向かった
ブランコの周りにある柵から腰を上げて、
黄が近づいてくる
「驚いたわ、バイク乗れるのね」
「この間免許取ったばかりだけどね」
私の誕生日は4月だから、高校1年生になって直ぐに取れた
「今度後ろに乗せてくれる?」
「…いいよ、黄」
ニッコリと、断るのは許さないとでもいうように
微笑んでくる黄に私は苦笑を返して頷いた
すると、眉を顰められた
「、その『黄』ってどうにかならない?」
「私の事も白って呼ぶよね」
「私は紅…まぁその通りなんだけど変な感じよ」
白と紅もやって来て咎めるように言ってくる
だって…
「知らないもん、アンタ達の名前」
聞いた事ないし
紅白黄でもクラスメートが何とか薔薇様とか言ってたから
そう覚えただけであって…
「水野蓉子よ」
「佐藤聖」
「鳥居江利子、覚えなさい」
次々に自己紹介をしてくる3人に揃って頷いた
「わかった、蓉子に聖、江利子ね」
「」
祥子姉ちゃんが私を呼ぶ
何、とそちらに顔をやると
少し怖かった
…怒ってる?
何で?
「上級生なんだからせめて様付けしなさい」
あぁ、そういう事か
リリアンには変なしきたりがあった
上級生の事を〜様、同級生の事を〜さん、と付けて呼ぶという
悪いけど性に合いません
私だってさんなんて呼ばれるたびに鳥肌立ちそうだもん
「嫌だ、気持ち悪い」
「気持ち悪いっ!?」
怖い、祥子姉ちゃん
朝からそんな怒らないでよ…
私は避難するように、令ちゃんの後ろへ回った
「?」
「怒ってる人嫌い、特に祥子姉ちゃん」
「なっ……!?」
「まぁまぁ、祥子もカッカしてたら身体持たないよ。これから鬼ごっこやるんだし」
令が困ったように笑いながらそう宥めてくれる
それに引き続き、蓉子も
「そうよ、それに私達も別にそれで全然構わないもの」
「ちゃんが様なんて付けてても変な感じだしねぇ」
「新鮮で良いわ」
そうだそうだ
本人達が構わないって言っているんだから良いじゃないか
ジトリと祥子姉ちゃんを睨んでやった
……令ちゃんの後ろからだけど
だってマジで怖いんだもんよ
「一応言っておくけど私の名前も覚えてね?」
苦笑いをしながら祥子姉ちゃんの脇から出てきたツインテールがそう言う
…しばらくその顔を無言で眺めて……
私の意図がわかったのか、やっと反応してくれた
「福沢祐巳だってばぁ!」
「あ〜、はいはい、覚えとくよ」
少し膨れて私を軽く叩く
笑いながらそれを受け止めていると、
人形もそこにやって来た
「私はどうかしら?さん」
「…人形」
「………………」
「あはははっ!!ちゃん最高!」
そう応えると、笑顔のままでこちらを黙って見ている人形を他所に
聖が笑い始めた
「志摩子よ、藤堂志摩子」
「志摩子ね」
覚えとくよ、と手を振ったら
いい加減にして欲しい
…由乃まで私は、私は?と自分を指してくる
そっぽを向いてぶっきらぼうに答えてやった
「三つ編みの猪少女」
「…殴るわよ?……令ちゃんが」
「何で私っ!?」
「だって私が殴ったら嫌われ兼ねないじゃない」
「私だったら嫌われても良いの!?」
「うん」
なんだろう、この夫婦漫才は
どうでもいいが、早く用事を済ませて家に帰りたいんだけどな
「はいはい、早く始めましょう」
天の助け、江利子が2人を宥めて成り行きを進めてくれた
「じゃあ、鬼はちゃんね」
「何で!!」
さっきとうって変わって理不尽な言葉に叫ぶ
すると山百合会全員が「はぁ?」という形容が良く似合う顔をして
私を見つめだした
「貴方が言い出したんでしょう、由乃ちゃんに」
「…そうだっけ?」
呆れた顔の祥子姉ちゃんに呟き返すと、
「そうなの」と聖に肩を叩かれた
「……そうなの?」
ふぅん
そうなんだ
そんな事言ったんだ、私
今日の事は昨日までずっと薔薇の館で話題に持ち上がっていたから、
よく覚えているけど…
事の発端は覚えていない
しばらくして皆が少し戸惑うように顔を見合わせ始めた
「……まぁ、いいじゃない。足には自信あるんでしょ?」
「うん、そりゃあ」
「じゃ、最初はちゃんが鬼でそれから皆で変わりばんこって事で」
「……うん」
口を開いた蓉子に不に落ちない声色で応える
「じゃあ10数えてね〜」
そう言って離れていくメンバーを眺めながら
少し呆れる
いい年して鬼ごっこ、ねぇ
…私が言い出したらしいけど覚えてないんだから無効だ
「1、2、3、…6っ、9っ、10っ!!!!!!!!」
「「えぇっ!?」」
気を抜いてまだ私の近くに居た祐巳と志摩子を、
少しズルして追いかけ始める
案の定あっという間に捕まった
「ズ、ズルイよ、ちゃんそれはっ!」
「勝負に気を抜いた方が悪い」
「そういう問題じゃないわ」
「煩い煩い、早く追いかけて」
文句を言ってくる2人を手で追い払って、
祐巳には祥子姉ちゃんを、志摩子には令ちゃんを追いかけるように指示する
「お姉さまぁ〜っ!!」
「………っ!!!!」
ふっ、やっぱり
可愛い妹が自分を懸命に追いかけて来てくれるなんて祥子姉ちゃんには
悶絶モンなのは読んでいた
でも寸のところで堪えて逃げ出す
やるな、祥子姉ちゃん
「れ、令さまっ!!」
「志摩子っ!?」
よしよし、こっちも計算通り…
危なっかしい足取りでやって来る乙女の中の乙女を令ちゃんが見過ごせる訳がない
転びそうになると絶対に手を指し伸ばすに決まってる
あ、転ぶっ
……酷いね、令ちゃん
いつからそんな冷酷な人間になったんだろう
令ちゃんは志摩子が転びかけた事すら気付かないで必死で逃げ出していた
まぁ、いい
2人共後でまとめて片付けてやろう
さて、問題は…
残り
聖
蓉子
江利子
由乃
この人達を順序良く手っ取り早く捕まえるには…
よし、まずはコイツ!
ターゲットを絞って私は一気にダッシュする
「……っ!」
「待てぇ〜〜っ!!」
私の勢いに押されたのか、少し引き気味の蓉子を追い掛け回す
逃がすもんか!
なんたって蓉子が居れば聖と江利子は容易く捕まる!!
シーソーがある辺りで追い詰めた
「ちょっ…私だけ、集中して…っ狙うのは酷いわ」
「はぁっ…はぁっ、戦略も遊びのうちさっ」
「…っ……」
そう言って息絶え絶えの蓉子を捕まえた
その身体に思いっきり抱きついて逃がさないように…
「「「「「「「あぁっ!!!!」」」」」」」
……?
何?
遠くからこっちを見て叫ばれた
あ、蓉子人気者なんだね
そっかそっかヤキモチか…
素早く蓉子から離れると、何故かその身体は強張っていて顔は赤面だった
「……?熱でもあんの?」
「いえっ、無いわ!それよりも私も鬼ね?誰を捕まえればいいの?」
「そう?じゃあ聖をお願い、私も回りこむから追い詰めよう」
「わかったわ」
再び追いかけっこ開始
次のターゲットは聖
小さな丘に居た聖を、右から蓉子が、左から私でじりじりと詰め寄っていく
「2人掛かりだなんて卑怯だよ〜!」
「これが鬼ごっこの醍醐味だもの」
「そゆこと、ってな訳で大人しく捕まっちゃえ、聖!!!!!」
泣きそうな顔でそう叫ぶ聖に、
私は容赦なくダイブ
「「「「「「「あああっ!!」」」」」」」
しがみ付くと、またしても四方から叫び声が…
そうか、聖もダメか
う〜ん…難しいな
聖は飛んできた私を抱きとめて、
蒼白な顔つきで…でも何処か嬉しそうに注意してきた
「危ないって!大丈夫!?」
「敵に情けを見せるとはお主もまだまだよのぅ」
「…それは由乃ちゃんのキャラじゃない?」
「良く遊びに付き合わされてたからね、悪代官ごっことか…大抵私が悪者でやられる役だったけど」
「やっぱり、ね」
残す所は江利子のみ
江利子が居れば苦戦している令も捕まえられるだろうし
よし、行くぞ!と思った矢先
江利子の方を見ると…
何と両腕を広げて待っていた
……どうしろと
まぁ、楽に捕まってくれるならそれに越した事はないし…
「「ダメッ!、行っちゃ!!!」」
背後から蓉子と聖の声がしたけど
私は既に江利子に抱きつくところだった
ギュッと抱きしめてくる江利子に、
不審に思った私は顔を上げる
「馬鹿じゃないの、自分から捕まえてくれって…」
「いいの、抱きついて欲しかったんだもの」
「……私なんかに抱きつかれて嬉しいの?変な女」
未だに離してくれない江利子を引きずりながら聖と蓉子の元に戻ると、
何だか険悪な空気が過ぎっていた
この三人の間で火花が散っているように見えるのは私だけでしょうか?
親友なんじゃなかった?
もうどうでもいいや…
考えるの面倒くさいし
ふと祐巳と志摩子の方を見やると特定のターゲットはまだ捕まえられていないようだった
「じゃあ令ちゃんで行くか」
そう言って
とりあえず3人は放っておいて私は逃げまわっている令ちゃんの背後に忍び寄った
令ちゃんの後ろには丁度良い事にジャングルジムが…
私は音を立てないようにそろりそろりとそれに上る
しめしめ…令ちゃんてば何も気付かずにこっちに来た
そして、こちらに背後を向けた瞬間に狙いを定めて……
「うわっ!!??」
首に腕を回す
首固めの技炸裂!
案の定令ちゃんはかなり驚いて固まっていた
「!何でそんな所に!?」
「志摩子を見捨てるような薄情者には制裁を下すまでだっ!」
「は、薄情者って…」
「気にすんな、これで令ちゃんも鬼だからね。」
離れて、ジャングルジムから降りると肩をならす
よし、祥子姉ちゃんは…まだ祐巳から逃げていた
…何であんなに必死なんだろう?
「うっし!勢動員だ!聖、蓉子、江利子、令ちゃん、志摩子行くよ!!」
「「「ええ」」」
「「うん!」」
「お姉さま〜っ!そろそろ捕まっちゃってくださいよ!!」
「嫌よ!だってが…っ」
「呼んだ?」
「………っ!?」
かなり驚愕して私を振り向く祥子姉ちゃんに手を振ってあげた
やっぱり祥子姉ちゃんは生粋のお嬢様だから鬼ごっこの極手を知らない
ただ闇雲に逃げ回っていても意味を成さない事に気がついてないみたいだった
「もう諦めたら?皆で囲んでるよ」
「え…!?」
言葉の通り四方八方から蓉子と聖と江利子、令ちゃん、志摩子と祐巳がぐるりと立ち塞がっていた
「…ふふっ、やっぱり貴方は策略を立てるのが上手ね」
「ズル賢さだけは誰にも引けを取らないよ」
「お姉さま方よりも?」
「…う〜ん、それは微妙な所」
私達はふふふっと笑って、そしてとても優しい笑みで腕を広げてくれた祥子姉ちゃんに躊躇なく飛び込んで行った
小さい頃の事がフラッシュバックした
お母さんに怒られて泣いていた時にいつも祥子姉ちゃんはこうやって私を受け入れてくれた
その大きな細い腕に抱き締められるのが大好きだったんだ…
甘えるように、顔を祥子姉ちゃんの肩口に摺り寄せる
「はい、お二人さんそこまで!」
聖にて引き剥がされた私と祥子姉ちゃんは恨みがましく聖を睨んだ
心なしか、どこか不機嫌そうな聖とその他
「残すところは由乃ちゃんよ、私達も追いかける?」
「いい」
それだけ答えて私は遠くでつまらなさそうにこっちを見ている由乃に向き直る
「由乃、行くよ」
「やっとね、全く…」
「雨降って地固まる、ってね」
「いい度胸じゃない、来なさいよ」
「そっちこそ腹据えて待ってな」
言うがいやな私は由乃に向かって走り出す
「あら…」
「本当に早いね」
背後で感嘆の声を漏らす蓉子達
「っ……!!」
「うぉりゃぁ〜〜〜っ!!!!」
「こっ、怖いわよ!たかが鬼ごっこじゃないの!!」
「何事も勝負は勝負だ!」
ひらりひらりと私の前を走り抜ける由乃の背中を流れるそれは…
…良い事思いついたっ
由乃の、おさげを掴んだ
「…っきゃあぁぁっ!!!?」
「由乃捕ま〜えたっ」
涙目でこちらを睨んでくる由乃に意地悪い笑顔を見せる
「痛いわよ!!」
「私と鬼ごっこする時は何処かに仕舞った方がいいってわかってるはずだけど?」
「ぐっ…そうよね、貴方は女の子相手でも平気で髪引っ張ったりする人だったもの」
「残念」
「相変わらずあんた根性悪いわね」
そう呟く由乃を他所に、私は笑っている聖達の元へ戻る
「はい、これで終わりね」
「お疲れ〜」
「お疲れ様」
「面白かったわ」
「さすが、由乃相手でも容赦ない」
「私がアレやられてたら怒ったわよ?」
「お姉さまにはやらないと思いますよ」
「ええ、怖いもの知らず、って訳じゃないと思いますし」
それぞれ口々に感想を言って述べる
背伸びして、少し欠伸をした
やっぱり早起きは辛い…
そしてその後も鬼を交代して遊びは続いた
リリアンの憧れ達がこんな事している所を見た一般生徒達はどう思うだろう、と
追いかけて追いかけられて
そんな事が続いて、
私はふと思った
人生もこの繰り返しなんじゃないのかって…
お互いが求めて
お互いが返して
お互いが突き放す
それはきっと永遠に終わらない螺旋なんだ
湊に、謝ろう
next...