「ただいま〜」
「お帰り」
愛しい恋人の声に、
哀は料理をしていた手を止めてふと玄関へと続くドアを見やる
いつもと変わらない明るい声
でも、いつもとは違った声色
濡れている手をエプロンの先で拭いながら玄関へ向かうと、
はまだ靴を脱がないで壁に左肩を押し付けて蹲っていた
「!?」
「…あ、見られちゃったか。さすがに此処まで隠し通すのはしんどかったからなぁ、…はぁ」
「貴方怪我しているの?何処、見せなさい」
「怪我っつても大した事じゃ…」
笑顔を浮かべて手を振り否定するなど構わずに、
哀は反対側の腕を取ってさり気無く隠している脇腹を見る
すると黒いコートのせいで意識して見ないと判らないが紅く染まった部位が現れた
「ちょっと、貴方こんな酷い怪我で職場から何食わぬ顔で帰って来たっての?」
「まぁ、帰りは美和に送って貰ったし大事なかったけど…」
「馬鹿ね、変な所で意地張るんだから。せめて佐藤刑事には言わなかったの?あの人とは仲良いんでしょう」
「美和に言ったら何が何でも無理やり病院に連行だもん」
笑いながら話す額に、かなり痛いのか冷や汗が浮かんでいるの肩を支えてリビングへ連れて行きソファに座らせる
身体を全部重力に任せてしまえる様になって楽になったのか、
は天井を仰ぎながら深いため息を吐く
哀は一旦洗面所に向かって濡れタオルと、
寝室から着替えを、
戸棚から救急セットを持ってきた
そしての隣に座ると
丁寧にコートを脱がせて現れたYシャツのボタンを外していく
「あ〜……痛い…」
「そりゃあこれだけ出血していればね、ほら身体浮かせて」
「ん…っ………っぁあ…」
身体を浮かせている間にシャツを全て脱がし、
タンクトップを捲り上げる
其処に現れたのはいつしか自分も見た事のある傷で、哀は息を呑む
「貴方、此れ…銃のかすり傷じゃない」
「ちょっと美和と張り切ってヤクの売人を追い詰めたらパァンっとね」
「何でそんな無茶するのかしら、貴方といい工藤君といい…」
「でも組織で鍛えてきた反射神経のお陰で直撃は避けられるけどね」
「死んだら何にもならないのよ」
「痛いっ、ちょっとちょっと哀ちゃん…もちっと優しく……」
消毒液を滲み込ませた脱脂綿で遠慮なく擦り塗ってくる哀には悲鳴をあげる
そして項垂れる彼女を見て、哀はほくそ笑んだ
そんな哀を見ての方は青筋が額を覆う
「哀さ、完璧サドだよね」
「あら、今更知った?」
「否、昔っから嫌という程知ってる…」
「なら大人しく受け入れる方が傷は少なくて済むわよ」
「よく言うよ、其処に塩を擦りこむのが好きなくせに」
「そうね、其れに悶えている姿が好物だわ」
「……でもさ、哀…志保って」
「…?」
ふとは哀の腕を引いて、
耳元に唇を寄せる
「ベッドの上じゃ従順だよね」
「…あら、それはどうかしら」
「ん?」
が1人にやりと意地の悪い笑みを浮かべていると、
哀は意地の悪い笑みを返して自分より大きいの膝に乗っかる
向き合うように座ってから傷口に触れないようにそっと人差し指でその周りを拭う
「っ…哀!?」
その痛みには眉に皺を寄せて一瞬顔を歪めてから、
驚いたように哀の腰に手をやってその行動を止める
けれど哀はほくそ笑んだままその人差し指に付いた血を自分の唇へ持っていき舐める
なんだかその行動がとても色っぽく思えて、は唾を飲んだ
「痛い?」
「痛いに決まってんじゃん…何やってんの、もう」
「其れは虐めがいがあるわね」
「ぐわっ…君組織に居た時から全然性格変わってないじゃん」
「貴方こそ隠れマゾなのは全然変わってないわ」
「………志保にだけだよ…」
「あら、この間佐藤刑事が貴方のMな一面を知れて大喜びしてたわよ」
「…美和のやろう」
哀から目を逸らすように顔を背けて、
は舌打ちをする
そんな間にも哀はもう1度の傷口の近くを指で拭って口に運ぶ
「美味しい?」
「懐かしい味だわ、鉄の味」
「……怖っ」
わざとらしく舌を出して叫ぶに、哀は微笑む
そして身体を沈めるとの脇腹を直に舐め始める
「いっ…!?痛い痛い!」
「何だかこれを毎日当たり前のように浴びて暮らしていたのが嘘のようだわ」
「あ、浴びてたのは私じゃん。暗殺仕事は主に私で、志保は薬研究で……っ」
「でも研究所でも沢山の人が死んだもの。罪のない人がね」
「哀はいいよ、其処に罪悪感が常に隣り合わせだったんだから。でも私はそれが当たり前のように手を血で染めていったんだもん」
「………」
段々その刺激にも慣れてきたのか、
はソファに背を預けたままボーッとしていた
けれど哀はその行為を止めて、の上で俯いてしまう
そんな小さな恋人に気付いたは苦笑しながら哀の腰を引いて身体を密着させる
「そ〜んな顔しないの、暗くなっちゃうじゃないか」
「……貴方が暗くしているんじゃないの」
「ごめんごめん」
「………」
「泣いてるの?」
けれど哀は俯いた顔を上げる事もせずに、
前髪で顔を隠したままだった
は哀の顔を覗き込んで優しく諭すと哀は俯いたまま首を横に振る
「嘘だ〜、泣いてんじゃんっ」
笑いながらその小さな後頭部に手を当てて自分の肩口に押し付ける
そしてあやすように背中を軽く叩いてあげる
そうするともう開き直ったかのように哀は頬を肩に押し付けて体重を預けてきた
「ね、哀。私の手は血に染まってるけど…でも君の手は綺麗なままだ」
「どうかしら、私も…直接じゃないとはいえ……」
「…だから、その綺麗な手で私の手を浄化してくれる?」
は首を動かして顔を哀に向けると、その首筋に唇を埋めた
君が美しく咲き誇るためになら
私は
君を力づける水にでも
君を温かく照らす太陽にでも
何にでもなろう…
fin