おかしい





哀はちょっとおかしいと思う


だってさ







年頃の女の子だよ?


なのになんであんな冷めてる訳?















そんな疑問を呟いていた私に、
隣で珈琲を飲んでいた美和が呆れた視線を投げかけてきた

けれど私は無視を決め込んでうんうん魘されている






「ああ、もう!鬱陶しいわね、私はなよなよしている奴は嫌いなの」

「嫌いで結構」

「……手に負えないわ」






つん、と拗ねる私を見て美和は盛大なため息を吐いて首を横に振った


警察署

つまり私達の職場の廊下に備え付けられている簡易休憩室

其処にある自販機で買った紙コップ入りの珈琲を啜りながら親友2人はそんなやり取りを繰り広げていたのだ




余談だが其処で有名で人気のある美和と、私は先程から目の前を通ってく人々の視線を浴びっ放しだ

美和は細かい事に拘らない性格のおかげでそんなの気にしていないらしいけれど、
私は一応気になる

こう見えてデリケートだからね








「あのね、哀ちゃんは外見中学生だけど中身は貴方と同じくらいなんでしょ?周りと比べて冷めててもおかしくないじゃない」

「い〜やっ、其れ以前に女性としての感覚が何か冷めてる」

「どういう所よ」

「例えばさ、私が美和とキスしたとするじゃない?哀の目の前で」

「其の例え嫌なんだけど」

「でも哀は絶対に動じない、むしろ微笑んで私達を見ているだけなんだ」






長いソファに腰掛けている美和が、其の隣でソファに上半身をうつ伏せて項垂れている私を嗜める


けれど私は首を思いっきり横に振って否定した

そして判りやすく言うために例え話を持ち出すのだが、
美和が凄く嫌そうな顔をして私を見下ろしてくる


でも相手にしていたらキリがないため、私は其れを無視して話を進めた




意外と嫉妬深い性格の美和は、吃驚したように私を見てくる











「まさかぁ、幾ら哀ちゃんでも其れは無いわよ」

「そうなんだ、って!あいつの事なら私が1番知ってる!!」

「其処まで断言出来るならどうして浮気するのって話じゃない」

「浮気?私が一体いつしたよ!?」







ばっと身体を起こして詰め寄る私の額を美和がチョップする

そりゃもう手加減の無い渾身の一撃






「常に」

「だからいつ?」

「だから常に、って言ってるじゃない」

「はぁ?」

「可愛い女の子を見つけると見境無く口説くでしょう、例え相手が容疑者でも」

「人聞きが悪いなぁ、其れは欺くには親しき者からというでしょ?だからまずは親しく…」

「其れでラブホテルに連れ込む意図は?」

「親しくなるには身体の関係が1番!!」







ニコリと笑うと美和は物凄く恐ろしい形相になって私の胸倉を掴み、
ぎりぎりっと上に持ち上げた






「うわぁ、美和ちゃん力持ちさん♪」




歌うように笑いながらそう言うけれど美和の目は据わったまま

さすがの私も冷や汗たらたらになる










「その浮気は文化っていう考えを改めない限り彼女は貴女に心を開かないわよ」












と、何処かで聞いた事のあるような台詞を用いて威嚇してくる彼女に私は只何度も頷くしかなす術はなかった――――――――――























其の日の夜


くたくたになりつつ、家に帰ると哀の出迎えの言葉に疲れなんて吹っ飛んで、


哀の美味しいご飯を食べて、
一緒にお風呂…に入ろうと誘ったけど断られて1人で寂しく入って、

そしてベッドに入れば直ぐに眠気が襲ってきた




こうしていつも1日は終わる














そして其の日は私は夢を視た




1週間に1度の頻度で視る夢

私の恐怖が形となって襲ってくる




今まで私が組織に命じられて殺してきた人達が血まみれになりながら、縋り付いてくるのだ






『まだまだやりたい事が沢山あったのに…』

『僕は結婚したい相手がいたのに…』

『今度子供が生まれるんだ!』

『私が一体何をしたというの!?』






酷い




恨めしい












憎い、と














其の沢山の手を伸ばして私の服を、腕を、足を引っ張ってくる


まるで地獄に連れ込もうとでもいうように













『やめ、てくれ…』







うぉおおおおぉぉ……







『やめてくれ、すまなかった…っ』







うああぁぁあああああああ………








『ごめん…ごめん……助けて、誰か…』







あ、あああぁあああああああああああああっ










『助けてくれ!!!!!!!!!!!』




























「っはぁ……はぁ、は…」










ひやり、と頬に感じる冷たさ


恐る恐る目を開けると哀が覗き込んでいた

嗚呼、夢か…と
深呼吸をして呼吸を整えながら顔を腕で覆う





怖い


此れが罪だとは判っていても
もう2度と自分達みたいな悪人が世に現れないように、と警官になって罪滅しをしても





でも血に染まったこの手を切り捨てる事など出来ない


罪はいつまでも罪




罰は一生消える事がないから罰という








判ってはいても、正直しんどい



自分が今とても幸せだから余計にそう思ってしまう









本当は、沢山の人々の幸せを奪ってきた自分に幸せになる資格などないんだ




判ってる








判ってるよ












判ってるんだ…っ



















、大丈夫?」



「はぁ…っ、だいじょ…ぶ」



「……」









最近更に頻繁に起こる私の不安定な状態に、
哀はもう慣れている

だからどうしたの、とは聞かない


只黙って傍に居てくれる




その空間が心地よい





何だか段々切なくなってきて、
ぼろぼろと涙が頬を伝う

身体を反転させて枕に顔を埋めると声を押し殺して泣いた




哀は何も言わずに私の隣に横たわり、
ずっと私の背中を軽く叩き続けてくれて

其の優しさがまた無性に切なくて


余計に泣けてくる







そうしてどれ位の時間が経ったのだろうか


涙はもう止まっていた

窓からの月明かりが私達の姿を照らし出している


そっと身動ぎして、
隣を見ると哀が横たわっていて

寝ているのかと思い顔を覗き込むと




フッと微笑んだ哀と目が合った


思わず驚いて身を仰け反らせる








「起きて、たんだ?」

「ええ」





可笑しそうに目を細める哀に微笑みかける

そして体勢を入れ替えて、哀に向き直った
すると私の脇腹に置いてあった哀の小さな手が頬を撫でる


そして目元から頬を親指で綴られた






「痕、残っちゃったわね」

「そう?」

「ええ、また佐藤刑事から電話が来るでしょうね。明日」

「………」






自分も目元を触ってみると確かに少し薄っすらと腫れている


ずっと泣いていたせいか喉も擦れてて痛い






「いい年して情けない」

「そんな事ないわよ…寝ましょう」





優しく微笑みながら、私の頭を胸に抱きかかえる哀に


再び目がうるうるしてくる



外見は自分よりずっとずっと年下

けれど中身は同い年の自分よりずっとずっと大人


そんな彼女に癒される






哀の背中に手を回して強く抱きかかえる




すると彼女も腕の力を強めて、
そして私の額に軽く口付けをしてから


もう一度抱きなおしてくれた












嗚呼、そうか









哀はずっとずっと大人だったんだ


見かけとか中身とかそんなの関係ない

とても魅力的じゃないか



そんな彼女を手に入れられている私はとても果報者じゃないか







哀は冷めているんじゃない


クールなんだ




格好良いじゃないか



そんな彼女が唯一こんなふうに笑顔を見せてくれる

気持ちを100%ぶつけてくれる





私が浮気をしても哀が堂々としているのは、



どんなに遊びが激しくても自分の所に帰って来ると信じているからだ

確信を得ているから




だからいつも悪戯っぽい笑みで私を見てくるだけだったんだ








嗚呼、馬鹿みたいだ




今頃気づいたんだ















君の存在の愛しさに―――――――――――――――







全てを知っているのは、

窓から見つめていた満月だけだった












fin