子どもなんて嫌いよ


1人じゃ何も出来ないくせに、やたらと反抗心だけは持っていて




まるで世の中の全ては自分のためにあると思っている





卑屈だもの、子どもなんて


自分の事しか考えられない
なんて自己中心な生き物なのかしら


















そう思っていたのに

あの子は違った



むしろそんな事を言う私を、鼻で笑った




















『…ふっ、自分だってそうじゃん』




























あの子は生まれた時から私の傍に居た


4歳も違うのに、妙に大人びた彼女が面白くて


道で出会うと直ぐに走って逃げる彼女を追いかけるのが面白くて

嫌がるあの子にいろいろと悪趣味な事をしてからかうのが面白くて






1日の始まりは彼女にあらず、だった











「おはよう」


「………」








玄関を出ると、お向かいのドアも丁度開いて彼女が現れた

眠そうに頭を掻きながら、鞄の端を無造作に掴んでいる
リリアンじゃないから、普通のセーラー服だけれどもは雑に被っただけという感じだった



笑顔を投げかけると、は寝ぼけ眼を向けてから

ふいっと何も見なかったかのように学校への道を歩み始める












「挨拶は積極的にしましょうって習わなかった?」


「…怪しい人に声をかけられても無視しなさいってのは習いました」


「あら、怪しくなんかないじゃない。近所の素敵なお姉さんよ」


「素敵?其れは素直の素と書いて、敵と書くあれですか?私には敵以外何者でもないです」


「最高の返しよ、貴方芸人になれば?」


「貴方限定です」












その背中を追いながら、声をかけると

寝起きってのもあって些か不機嫌そうにぶすっとした声で返してくれる




そんな彼女でも、私は笑う事が出来る

本当に嫌だったら時間をずらして登校するなり何でも出来る筈なのに
其れをしないというのは少なからずもこのやり取りを嫌がっていないって事だ




後ろから彼女の髪に手を伸ばす

はそういう時はその手を避ける事もせずに只一瞥してから立ち止まってくれる













「ほら、寝癖付いているわよ。毎朝の事ながらも呆れるわね」


「…いいから黙って直してください」


「其れが人に物を頼む態度?自分に何かをしてくれる人には低腰でお礼を言いなさいって習わなかった?」


「知らない人に『玩具買ってあげるよ』って言われても無視しなさいってのは習いました」


「言われなくても買わないわよ」


「其れは残念」
















手櫛で其れを直してあげると、
は顔だけ振り返って小さな声で「ども」とだけ言う

その頭を軽く叩きながら、私はリリアンへの道を行く



リリアンの手前で分かれ道に差し掛かる








リリアンへ入る校門を潜る私と、

リリアンの先にある市立の中学校へ向かうは此処でいつも分かれる












いつも只、手を振って別れるだけなのに

その日はから珍しく声をかけてきた










「江利子さん」


「…え?」


「今日、帰りに此処寄ってもいいですか?」


「…其れは私に言っているの?」


「貴方は鳥居江利子じゃないんですか?じゃあ宇宙人?」


「はいはい、鳥居江利子よ。でも何で?」


「……帰りに付き合って欲しい所があるんです」












面と向かって、
顔を見詰め合って話し合ったのは小さい時以来だ


久しぶりに真っ直ぐ見るその顔は時の流れを感じさせる程大人びていて

綺麗になっていた




不覚にも見惚れてしまった私は慌てて答えを返す

するとは顔を背けて照れ臭そうに目を宙に泳がせる

















「…いいわよ、待ってなさい」


「命令されるのは好きじゃない」


「じゃあ止めるわ」


「あっ…くぅ……お願い、します。待っててください」


「……了解」













いとも容易く身を翻す私に、

困ったように声をかけてから次いで悔しそうに下唇を噛みながらは珍しく頼んでくる


本当に珍しい彼女に私は口角が上がるのを意識しながら承諾する













其の日は授業も身に入らなかった


あのが?









…わくわくして他の事に集中出来ないわ


……目敏い蓉子と聖がそんな私の異変に気付いて放課後声をかけてきた











「江利子、今日どうしたの?」


「何を聞いても上の空っていうか…」


「何も無いわよ、とにかく今日の会議は私不参加って事で宜しく」


「宜しく、って宜しく出来る訳ないでしょう。訳を言いなさい、訳を」












あぁ、優等生水野 蓉子

真面目に生きてきて早18年



このまま無駄に真面目に生きて脳みそまで岩のように固くならないか心配だわ





そうなったらさすがの私もちょっと…ね
















「訳?そうね…聖、適当に考えといて」

「じゃあいつもの退屈病が発病したから家で滋養中ですって事で」

「グッジョブ」

「イェイ」



「じゃないわよ!何よそのいい加減さは…」









聖と親指を立てて、ウインクし合うと其処に蓉子の素晴らしいツッコミが入った

蓉子のこういう所は認めてます


私と聖を止められるのは蓉子だけ
もし蓉子が居なかったら私達は延々とくだらないコントを続けなくてはならない





そうなると私はの所へは行けない


私は蓉子と聖の肩を叩いて、廊下を行く











「それじゃ、滋養してきま〜す」


「お大事に〜」


「ちょっと江利子!!今日は大事な会議があるのよ!?」












蓉子と聖が後ろを付いて来る
私は2人を無視して校門まで向かった





校門では帰宅中のリリアンの生徒達が、
別の学校の制服のせいで目立っているに視線を送っている

はというと制服が汚れる事などお構いなしにその場にしゃがんで欠伸なんかしていた









「仮にもお嬢様学校の前ではしたない真似しないでくれる?」


「あ……人間は食欲、性欲、睡眠欲には敵わない仕組みなんです」


「こんな所で性欲とか言える貴方が凄いわよ」


「どうも」


「褒めてないっての」










減らず口を叩きながら立ち上がり、スカートを払うの前に立ちふさがる
そして地面に放られていたの学校の鞄を手に取り、渡す












「江利子がデートしてる」


「…そういう事ね」















忘れてた

背後にはこの2人の親友が居たのだ




は私から鞄を受け取りながら不思議そうに2人を眺めていた















「佐藤 聖で〜す」


「水野 蓉子よ」










「…ども、 です」












軽く頭を下げてから
聖と蓉子と私を見比べてから、は喉を震わせて笑う










「友達、居たんだ」


「…失礼ね、貴方私を何だと思ってるのよ」


「性格の悪い女」


「人の事言えないんじゃない?貴方こそ可愛げないわよ」


「可愛く見せようなんて思ってませんし」









「「ぷっ」」











「今笑った?其処の2人、笑ったわよね」


「いえ?」


「笑ってないわよ?」


「頭だけじゃなくて耳も年老いたんじゃないですか?」


「何で初対面の蓉子と聖の肩を持つのよ」


「美人には優しいんです」


「私は美人じゃないって訳?」


「あえて普通」







「「あははっ」」














とうとう堪えきれずにお腹を抱えて笑い出す親友2人に、
抗議の眼差しを投げつける



一緒にニヤニヤ笑うの頬を強めに抓ってあげて、そのまま引っ張る












「そういう訳で私は帰るから、後は宜しくね」


「ちょっ、痛い……痛いんだけど」


「痛くしてるのよ」


「………あえて普通」


「2回も言わなくていいわよ!さり気無くサクッと傷つくんだから」










抓っていた所を叩いて、校門から背を向ける

けれど背後にの気配を感じられなかったので、ちらりと振り返ると
まだ校門の所で蓉子と聖と何やら耳打ちをしていた


そして私の視線に気付くと、2人に笑顔で手を振ってからこっちへ駆け寄ってくる






そのまま2人で住宅街を歩いていく















「で?寄りたい所って何?」


「あ〜、近所の公園」


「公園って小さい頃良く2人で遊んでいたあそこ?」


「うん」


「何で?」


「…秘密」











交わした会話も、其れだけだった

私は疑問を幾つか抱えたまま、コンビニでアイスとお茶を2つずつ買ってから公園へ向かう


は何も言わずに只後ろを付いて来る






公園に着くと、私はブランコへ腰をかけてコンビニの袋を漁っていた
するとふと背後に気配を感じて、振り返る間もなくが同じブランコに足をかけて立つ


バランスが取れないせいでかなり揺らぐ

私は慌てて両脇にある鉄の鎖を掴む










「ちょっ…?」


「…………しっかり掴まってて」


「う、わっ」









そう言うとは足に力を入れて、ブランコを立ち漕ぎし始める

私は最初は慣れない重力に翻弄されて慌てるばかりだったけど、
すぐに昔の勘を取り戻してリズムに合わせて足を揺らす










「ふふふっ、懐かしいわね」


「うん、此れ昔良く2人でやったよね」


「そう、1回だけ貴方落ちて泣き出すものだから私がおんぶして家まで連れ帰ったわ」


「え?そうだっけ?逆じゃなかった?」


「貴方よ」


「…そ」










こうやって限界まで漕げば、

空に近づける気がして夢中になって漕いでいた



ふわふわして美味しそうなあの雲が掴めると思って手を伸ばした事もあった







でも、そんな事叶わないと知って寂しかったのを覚えている

そんな時は笑ってこう言ってくれた




『いいじゃない、手が届かないから欲しくなるんだよ。だったらずっと手が届かないままの方が良くない?』

『どうして?欲しくても絶対手に入らないと判っているなら望まない方が賢明じゃないの?』

『そんなものいざ手に入ったらこんなもんかって思うだけだよ。それより夢持ってた方がいいじゃん』












あの頃と全然変わっていない




は無愛想で口下手だけど

でも無邪気に笑う





その一点の曇りもない笑顔が好きだった

























「ねぇ、さっき蓉子達と何を話していたの?」


「ん〜、江利子とどういう関係だと聞かれたんだ」


「え?」


「だから年下の恋人です、って言っといた」


「っえぇ!?」


「駄目だった?」











驚愕して、の顔を見上げる私に
は微笑んで首を傾げた


真っ赤になりつつある私を、は構わずにブランコを漕ぎ続ける












「私は、江利子さんと付き合いたいな」


「……っはぁ!?」


「江利子さんとは今以上に近い場所になりたい」


「…貴方自分が何言っているか判ってる?」


「もち、の、ろん」












わざわざ区切って言うには余裕すら感じられて

かなり悔しかった





小さい頃から私が苛めるのが主流だったのに

今はもう逆の立場で
私がからかわれている




…何時から?

















「私は江利子さんにとっていつまでも近所の可愛い子?」


「…自分で可愛いって言ったわね。私はさっき可愛げが無いって言わなかった?」


「大丈夫、江利子さんは私を心底可愛いと思っているから」


「……っ」












顔が紅潮するのが止められない




ふと、ブランコの揺れが収まって地面に垂直に止まる

そしてが背後から消え、目の前に立つ



私は顔を上げられずに俯いているだけ
らしくないのは判っている、嫌という程に

















「江利子さん、私を見て」



「…嫌よ」



「照れてるのはとっくの昔に判ってるんだから今更だよ」



「貴方何時からそんな意地悪くなったの?」



「昔から」












顔を恐る恐る上げると、

満面の笑みを浮かべたが居た





は両腕を広げる






















「おいで、江利子さん」




















不思議とその言葉にあがらえずに、自然に身体が引き寄せられていく



自分より小さい身体にしがみ付くように抱きつくと、

は笑いながら背中に腕を回してくれる














「…あぁ、無様だわ。私」



「ははっ、可愛いよ。そんな江利子さんも」



「あまり私の調子を狂わせるような事言わないでくれる?」



「江利子さんを揺さぶれるのは私だけだからね、存分に楽しませて貰うよ」



「…貴方友達居ないでしょう?人の事言えないんじゃない?」



「うん、居ない」
















さらりとそう言ってのけるに、

私は段々可笑しさが込み上げて来て笑ってしまった
























「なら私が貴方の唯一の親しい人間ね」



「思う存分独り占めしてやって」

























ええ、してやるわよ

独り占め






貴方が嫌がる程にね











からかわれるだけは性分に合わないのよ


私は貴方に嫌がられても、地獄の果てまで追いかけるわ
もう前みたいに逃がしはしない







覚悟しなさい

























fin