「許さない」

「…まぁ、許されようとは思わないけど……」

「貴方は私の物だって事改めて思い知らせてあげる必要があるようね」

「え?」












一体何故こんな事になったのだろうか

記憶を辿ってみると、
全ての元凶はあの人のお願い事だったのだ












天気がぽかぽかと陽気な日


目の前の通りに生徒達の姿はもうまばらで

一体何故此処までして私が待たなくちゃいけないのかとイラッと来た頃だった






「…教えて欲しい?」

「うん」




私は目の前に居る人物が放った言葉をもう1度頭の中でリフレインさせてみた
なんど繰り返し確認してみても、行き着く先は同じ




「……今、教えて欲しいっつった?」

「うん」




私の幼馴染はこんな事を言う人だっただろうか


けれど確実に彼女は私に向かってそう言ったのだ
手に握られている缶珈琲はアルミなのにへこんでしまいそうなくらい力が込められている


つまりそれくらい私は吃驚したという訳だ

感情の変化に乏しい私が珍しい事に



最初は普通にリリアンの校門で、令ちゃんと2人並んで立って雑談をしていたんだ
由乃が何やら親友2人とつもる話があるとか無いとか

なのでお邪魔虫な令ちゃんと私と祥子は早々に退散させて貰って

祥子は先程来たバスに乗って帰ってしまった
バス通勤ではない私と令ちゃんは祥子を見送ると、
我侭で可愛い共有の幼馴染を待つことにしたのだ

其のうち待ちくたびれた私は近くにある自販機で珈琲を買って飲んでいるのだが、
校則違反だと、真面目な令は頑なに拒んだ


その堂々とした校則違反も、今や空になってしまっている


空き缶をプラプラと手の平で持て余しながら、

空を仰いで一息吐いた時に其の耳に入ったのは令の衝撃発言だった






「令ちゃん、本気?」

「…うん」

「強気に本気?」

「……多分」

「…何で段々しおらしくなってくの、だからヘタ令って言われるんだよ」

「…………面目ない」






何度も念を押すが、
令も最初こそ真剣に私を見返していたのに
段々自信が無くなっていったように萎んでいく

そんな一応先輩な幼馴染に活を入れてみるが、それも何時もの如く無駄に終わったようだ


校門の横の壁にしゃがむ私と、

制服が汚れると困るといって律儀に立ったままでいる令


その身長差は何時もの倍以上ある

そんな令ちゃんを首を上げて見上げながら私はため息を吐く






「別にいいけど」

「ほんとっ!?」

「うん」

「有難う!助かるよ、





満面の笑みで、何処かホッとしたような表情を見せる令ちゃんに私は苦笑しながら立ち上がった


そして空き缶を通路の向こう側にあるゴミ箱へと投げ捨てる





「じゃ、早速済ませちゃおうか。祥子姉ちゃんのためにも」

「…えっ!?今、此処で!?」

「うん、どうせ学校でしかあまり会わないんだし…今なら人も居ないから良いんじゃない?」

「でもっ、此処外だし……」

「嫌ならいいよ、私だってそんな普段からサービス精神ある訳じゃないし」

「なっ、うぅ…判った……お願いします」

「うん」





令ちゃんに改めて向き直ると、
令ちゃんはかなり慌てて持っていた鞄を取り落とした

私は頬を掻きながら意見を述べてみるが、埒が明かない態度の令ちゃんに冷たく接してみる事にする

すると焦って真っ赤になりながらも俯いてやっとこさ観念した
言いだしっぺは令ちゃんなんだから覚悟するべきだろうに


それじゃ早速、と



令ちゃんの肩に手を置くと令ちゃんはガチガチになって固まってしまった








「……練習だよね?教えればいいんでしょ?」

「うんっ、あ、いや…なんか緊張しちゃって」





初心な令ちゃんと付き合っている祥子姉ちゃんも大変だな…

きっと、
って言うか絶対待っている筈だ

苛々しながら待っている筈なのに


つまり、祥子姉ちゃんの願いが叶うかどうかは私に掛かっているって事で



大好きな祥子姉ちゃんのためなら此の一肌脱ぎましょう










「いい?令ちゃん。こういうのは緊張しちゃ駄目なんだよ、相手に見抜かれるからね」

「う、うん」

「あくまでも余裕を見せて、そうすれば相手も安心出来る。こっちが緊張してると相手に伝導するし」

「う…はい」

「それでさり気無く、肩に手を掛けるなり顎に指を掛けるなり何でも良い。さり気無くが重要だから」

「…其れが難しいんじゃない」







真剣に説明していると、

令ちゃんは段々蒼白な顔つきになってきて最後には項垂れてしまった


私はため息を吐きながら呆れるけれど此処で見捨てる訳にもいかない

令ちゃんが後一歩を踏み出せないのは今に始まった事じゃない



幼馴染だから余計に良く判っている
こういう事は、似たような事は今までにも何度かあった


だからこういう時の対策法は充分に知り尽くしている

令ちゃんは、

言うよりも


行動で引っ張れ




由乃と私と祥子姉ちゃんだけの秘策
此処だけの話だよ









「さり気無く、が難しいのね。まぁ、其処が問題なんだ」

「うん…こういう事聞けるのってしか居ないじゃない?其れに…慣れてるだろうし」

「慣れてる?私が?」

「え?あ、うん」

「そうでもないよ」

「またまた、そんな事言っちゃっ…………」








令ちゃんが心底可笑しそうに笑いながら否定してくる途中で、
その胸倉を掴んで手元へ引き寄せる

そして令ちゃんの脳が何事かと機能する前にその唇を貪った


放心状態の目の前のボーイッシュな彼女から、少ししてニヤリと口角を吊り上げながら離れる














「こうすればいいんだよ、令ちゃん。至極簡単な事だ」


















「ええ、物凄く簡単そうね。私にも出来るかしら」






























………………………え?













背後から聞き慣れた声がして、
嫌な予感がぞぞぞっと背中に駆け上る感じがした

未だに放心状態で固まっている令ちゃん


令ちゃんが固まったのは、突然の出来事だったからだけじゃなく

目の前にある人物が現れたからっていうのもあったのかもしれない






「…江利子」

「ごきげんよう、久しぶりね。、令」

「……久しぶり」





確かに久しぶりだった
付き合っているのに、こんな淡白なのも此処のカップルだけ

令ちゃんも祥子姉ちゃんも
聖も蓉子も

毎日だってラブラブだってのに



大学に行っている江利子と私は電話は2、3日に1回程度

会うのは1週間に1度会うか会わないかぐらいで



本当に1週間半振りで

久しぶりという挨拶は正しかった


そんな彼女は5m後ろから、あの微笑みで私と令ちゃんを見つめていた






「聖と会う約束をしてたのだけれど、思わぬ現場を目撃してしまったわ」

「…江利子、一応言っておくけど多分誤解……」

「誤解?あら嫌ね、そんなものこれっぽっちも無いわよ」

「そう?」

「ええ、貴方が堂々と浮気をしていたという事実以外何も無いわ」

「……めっさんこ誤解だ」





冷静に微笑みながら私達に近づき、
其れはもう慣れた感じで背後から私の首に腕を回して抱きついてくる

聖みたいな事をしているけれど、此れが2人にとってはもう当たり前になっていた


ふふふっと語尾にハートマークすら見え隠れするようなアクセントで喋る江利子に、
完璧に怒りを買ったなぁと私は心の中でため息を吐いた

令ちゃんなんか姉のダイヤモンドダストの笑みを見て更に氷漬けになっているくらいだ







「で?何をしていたの?」

「キスの仕方を教えてた」

「令に?」

「うん、さり気無くキスする方法が判らないって」

「あぁ、そういう事…だからって姉の恋人に其れを求めるなんて度胸あるわね」

「……まさか江利子来ると思わなくて」

「私が居なかったら其の先もやっていたって事?」

「多分」






「多分じゃないよっ!!!」










無表情に首を傾げる私に、
其れまで硬直していた令が突然復活して突っ込んできた


其れはもう顔を真っ赤にして

お湯が沸かせそうなくらい真っ赤にして









「なんっ…私は只教えてって言っただけで、実践してなんて言ってないでしょ!!」

「だって言っても判らないみたいだから実践の方が判るかと」

「要するに言葉で説明するのが面倒くさくなったんでしょ?」

「うん、さすが江利子」

「面倒くさくなった、じゃないよ!!祥子ともまだしてないのに…っ」

「……嘘」

「いや、幾らなんでもそれは…ねぇ…?…本当?」

「……………泣きますよ、本当に」

「………」

「………」







突然の暴露に、私と江利子は息ぴったりに引きつった笑みを浮かべる


けれど令ちゃんは冗談なんかじゃないらしく本気だった

祥子姉ちゃんともまだしていないのに、
私としちゃったって事は…


左手を狐のように作り、口の部分をパクパクを開け閉めしてみる






「…奪っちゃうぞ♪」

「奪っちゃってるわよ、もう既に」






頭に江利子が顎を置き、
呆れた口調で窘められる

確かにそうなんだけど

令ちゃんは面と向かって現実を突きつけられた幼い子どもみたいな顔をした



そんな令ちゃんが少し哀れになって私は咳払いを1つしてみせ、

江利子を頭上に従えたまま校門から離れていく






「それじゃ、私達はこのままデートに突入するから由乃に宜しく」

「じゃあね、令。…が、ごめんなさいね」


「…ごきげんよう……」





苦笑しながら手を振る江利子に、
令は涙目になりながらも振り返す

あ〜あ、ああなっちゃ黄薔薇様の見る影も無いな


そう言うと、江利子に誰のせいよと頭を叩かれた








そして手を繋いで歩く事30分

私のマンションに着いて、寄る?と尋ねると江利子は無言で頷く
エレベーターに乗り、降りる階のボタンを押しても江利子はずっと黙っていて


けれど私も特に気にする事もなくエレベーターはするすると上っていく









は、私以外とキスもハグもセックスも何でも出来るのね」

「………何?突然」

「いいえ、只ってそういう人間だったんだっけなぁって思って」

「ふぅん…訂正しておくけど、私誰とでもそんな事しないよ」

「じゃあさっきのは何」

「令がたまたまそっちの方が効率が良いと思っただけ」

「そんなの言い訳でしょう」

「違うって、きっと聖とか蓉子とか他の人に聞かれても実践なんかやってみせないよ」

「当たり前じゃない!!」







狭いエレベーター内に江利子の声が響く


私は床を見ていた目を上げて、ゆっくりと隣に居るその顔を見た
其の顔は江利子らしくもなくせっぱづまった顔で

何て事をしてしまったんだろうと今頃、罪悪感に駆られる








「……江利子」

「…何よ」

「……ごめん」

「………」

「ごめん」







握っていた彼女の手を強く握り、
自分の体勢を入れ替えて江利子の前に立ちはだかる

手をエレベーターの閉ボタンに当てて移動する事も開閉する事も出来なくした

少しだけ自分より目線が上の彼女と顔を至近距離に近づけ


令にしたのよりも強く、深く唇を重ねる

最初は拒みはしたものの、直ぐに受け入れてくれて応えてくれた



私の腕を掴んでいた両腕は次第に肩に回され、
もっととせがまれるように強く顔を引き寄せられる

拒む事もしないで、ただ江利子の望むがままに応える


其れが今の私の気持ちを理解して貰えるたった1つの方法だと思ったから








激しくなった行為のせいで


ボタンを抑えていた腕がズレてエレベーターは目的の階で静かに扉を開いた






お互いに余韻に浸りつつも誰かに見られないうちにと其処から降り、

私の部屋の鍵を開けている間も江利子は衝動を抑え切れないらしく頬やら耳やらに口付けをしてくる


江利子の体を空いている手で支えながら
室内に縺れ込み、


玄関口で熱い激しい行為を再開させた









「江利っ…江利子、ちょっと」

「ん……はぁ、何?」

「待ってよ、着替えてもないのに……」

「あら、いいじゃない。此れから私が脱がせてあげるわよ」

「そうじゃなくて…さっきの続き」

「…何?」






熱っぽく息を弾ませながら一息置く江利子の顔を覗き込んで、其の顔を両手で挟み込む








「信じて」

「…」

「信じて欲しい、私を」

「…」

「江利子、お願い…私は江利子以外にそういう事したいって思わないよ」

「…判ったわ、信じる。けど、今までにも何回かしているの判ってる?」

「うん、ごめん」

「だから後1回、後1回でも見たら其の時は私も考えがあるわ」

「……判った、大丈夫。そんな事には絶対ならないよ」












其れだけ告げると、
江利子のキャミソールから出ている素肌に唇を寄せた

けれど其処で納得して静かに収まる江利子では無かった





「でも、許さない」

「…まぁ、許されようとは思わないけど……」

「貴方は私の物だって事改めて思い知らせてあげる必要があるようね」

「え?」








形勢はあっという間に逆転された―――――――


























大丈夫、安心して


私は江利子が大好きで死にそうなくらいなんだから




普段は淡白でも

其れでも互いが互いを必要としている時はちゃんと触れ合う



其れが恋人同士の約束なんだと思う








私達は其れがちゃんと出来ているじゃないか――――――



























fin