鳥居江利子を一言で表すと、"謎"である


其れは親友で長い付き合いのある蓉子や聖でもそう思わざるをえない



面白い事があると食いつくという有名な設定はあっても、
普段のつまらなさそうな態度を見慣れてしまうとやはりそう思う

江利子は何を考えているのか?
それとも実は何も考えていないのか?

親友の2人にそう問いかけてみたところ、

此れがまた意外

2人とも真顔で「そんなの決まってる」と言い切ったのだ


彼女を良く知る2人に言わせてみると、



鳥居江利子は"謎"な人物であり、
そしてもう1つ

"度を越えたシスコン"らしい



其れを検証すべく我等はその事実に立ち向かってみよう―――――












検証開始1日目







今日も我等が鳥居江利子は物思いに耽ている
もう1人の親友蓉子は、仕事に取り組むように促すのをもう諦めているみたいだ

おっと蓉子がこっちを見た

私もやる事があるから目を逸らすのだ



深いため息が横から聞こえる

堪忍、蓉子


其れは君の宿命だ





おや、江利子もちらりと私を見たぞ

けれど直ぐに窓の外に目をやる


気のせいかな?










ちなみに私はさんが大好きです









検証開始2日目








今日は仕事は無く、
薔薇の館でお茶会


皆世間話に花を咲かせているというのに、

やはり我等が鳥居江利子は1人で紅茶を飲みながらボーッとしている




令がお茶のおかわりを尋ねたが、
耳に入っていないらしく江利子はずっと呆けていた

項垂れる令を気の強い由乃ちゃんが叱咤し、
令は更に落ち込むばかりだ

可哀想な令





おっと

また江利子と目が合った
ちょっとやばいかな





ちなみに私はさんが大好きです











検証開始3日目








そろそろやばいかもしれない
江利子と目が合う回数が増えた

私は普段、そんなに自習をしなさ過ぎるのかな


蓉子も後輩達も訝しんできた



其の度に此のノートを手に逃げ回る私の心境

判りますか?


此れも全てさん

貴方への愛が故ですよ


そろそろ妹の事など忘れて私と……

















「私と、何よ?」



ギクリ




聖は肩を竦めたまま恐る恐る後ろを振り返った

其処にはいつの間に来たのやら
江利子が腕を組んで勝ち誇った顔で見下ろしている





「や、江利子。ごきげんよう」

「ごきげんよう」




聖が上半身全体を使って一生懸命ノートを隠そうとするが、

江利子はにっこりと笑って挨拶を返してから聖の肩をいとも容易く横に押し退けた


そして机の上に置いてあるノートを持ち上げて目を通し始める








「何、此れ。私の観察日記?」

「え?…うん、まぁそんな所」

「一体またどうして?」

「……ちょっとある人に頼まれて」

「誰?」

「…」





興味なさそうにページをペラペラを捲りながらも、
質問を相次いでしてくる江利子に聖は苦笑しながら押し黙ってしまう


すると江利子はノートから聖に視線を変え、

再び深い笑みを浮かべた







「私の観察日記、そして必ず最後に姉さんへの愛の告白があるって事は」

「…事は?」

「姉さんへのラブレター…つまり姉さんに頼まれて此れを書いている訳ね?」

「……ご、ご名答」






名探偵顔負けの推理に聖は机に上半身を倒して諦めの表情を浮かべる



江利子がノートを机の上に放り、
自分の何時もの席に座る

他にはまだ誰も薔薇の館には来ていない


実質上2人きりになるのだ








「いい度胸しているわね、人の姉と勝手に密通しているなんて」

「別に良いじゃん、江利子の姉でも私にとってはいち憧れの先輩なんだから」

「誰が憧れて良いと許可した?」

「誰に許可を貰わないと憧れちゃいけないの?」







今や2人には見えない稲妻が走っていた





しばらく無言が続いた後、
階下から賑やかな声が聞こえる

蓉子や祥子、令達の声だ


聖は黙ったまま席を立ち、自分の珈琲を淹れに向かう


丁度その時ビスケット扉が開いてメンバー達が入ってきた







「相変わらずですね」

「え?相変わらず美しいって?そんな、蓉子。照れるじゃない」

「そういう捕らえ方が出来るのが相変わらずですね、と言っているんです」





扉からは1年生組、そして2年生組と年齢順に入ってきたので
蓉子の姿はまだ見当たらない

けれどその蓉子と話している人物の声に聖と江利子はバッと顔を上げた


まだ扉の向こうに居る人を求めて江利子が勢い良く席を立ち上がる







「姉さん!?」




江利子の声に、その人は扉からひょっこりと顔を覗かせてきた







「およ、江利子。半日振り」

「どうして此処に居るのよ?」

「自分の母校に来ちゃいけないかな?」





聖は先程と同じ場所で珈琲を淹れたまま口をぽかんと開けている

もう少しでマグカップから溢れてしまうという頃に、
慌てて志摩子が聖の手から其れ等を非難させた





「まぁ野暮用があってね、聖?」

「あ…」

「なんだ、随分大胆に置いてあるじゃない」

「えっと、さん…」





先程まで聖が座っていた場所の前に置いてあったノートを手に取り、
と呼ばれた江利子の姉は頬を緩める

既に江利子にバレていると知らないは聖の頭をぽんぽんと撫でた




「有難う、此れでアイツ等が静かになるよ」

「あっ、いや…その……」

「ん?」

さん、ごめんなさい!実はもう江利子に…」

「あ、バレたの?」



垂直に頭を下げて侘びる聖から、
事情を想定したは我が妹を見る

江利子は案の定不機嫌な顔つきだった





「どういう事?姉さん。聖を使ってこそこそと」

「だってこうでもしないとアイツ等煩いんだもん」

「アイツ等?もしかして兄貴達の事言ってる?」

「うん。学校での江利ちゃんが気になって仕事に身が入らないとか」

「だからって…」

「其れに私も江利子の学校生活が少し知りたくてさ」






そう言い、江利子を少し男性っぽくハンサムにしたはニコリと笑う

その笑みを出されては反論出来る人間は存在しない
兄達ですら黙らす優れた技だった


そしていそいそと鞄へノートを仕舞うと、
聖が少し顔を赤らめて目を逸らした

何故ならそのノートには聖の告白がしつこいくらいに書き込まれているから


家に帰って其れを開き、苦笑するしかないであろうを思い浮かべると恥ずかしくなってしまう






蓉子の話によると中庭でゴロンタと戯れている彼女を見つけ、
薔薇の館に誘ったらしい

その途中で祥子、令、祐巳、由乃、志摩子と鉢合わせたという


は江利子達より5歳上で高校在籍時代に同じ時間を過ごした時はない

けれど江利子の家に何度も行っていて、
既に仲の良い聖と蓉子、そして妹である令とは何時ものように挨拶を交わすだけだった



しかし初対面である祥子と祐巳と由乃と志摩子とも直ぐに打ち解けたらしい











「でも結局結論が行き着く所は1つしかないと思いますよ?」

「え?」

「江利子が物思いに耽っている理由」

「判ったの?聖」

「もしかしてさん判っていないんですか?」

「蓉子も判ってるの?」








聖が自分のために淹れた珈琲をに差し出しながら言う
驚愕に顔を歪めるに、蓉子も呆れた様に言った


江利子はまだ少し怒っているのか、窓辺に立ち1人で窓の外を眺めている

此の会話が聞こえているのか否かは定かではない



けれどお構いなしには尋ねた









「何を考えてるの?江利子って」





…姉が言う台詞ではないだろうが、
最近は妹の言動がますます判らなくなっていた

自分を物凄く好いてくれているのは判っている


けれど夜中に兄貴達とひっそりとお酒を飲み交わしたりしている時、
江利子が水を飲みに降りてきて現場を目撃されると、

普段からは想像つかないくらいムスッとなりでさえ無視して部屋に上がっていってしまう





大好きな妹だからこそ何を考えているのかが判らないのがとても嫌だったのだ









せっぱづまった様子で問うに、聖と蓉子は顔を見合わせてからくすりと微笑む













さんの事考えているんですよ」





「…私?」




「ええ、今日帰ったら姉さんはもう帰ってきているのだろうか、とか」

「兄貴達から姉さんを独占するためには何をしたら良いのか、とか」

「姉さんは何処まで私の我侭を聞いてくれるのだろうか、とか」

「私が何をしたら姉さんは嬉しそうに微笑んでくれるのだろうか、とか」



「まぁ、その他etc…令でも嫉妬するくらいの物思い級ですね」





聖がケラケラと笑いながら江利子を見た
は信じられないというふうに江利子の後ろ姿を見るが

段々嬉しさが感情を支配して


大人しくもしていられず立ち上がり江利子の背後から抱きついた







「きゃっ?!」

「江利子、大好きだよ!」

「え?何?」

「江利子を迎えられるように江利子よりも早く帰るよ」

「…そう」

「言われなくても最初から私は江利子にしか目が向いてないよ」

「…そう」

「江利子の我侭なら痛くとも痒くともない、何でも聞くよ」

「…そう」

「何もしなくても江利子が其処に居てくれるだけで私は微笑めるよ」





「じゃあ1つだけお願い事を聞いて貰おうかしら」












聞いていて赤面するほどの真っ直ぐな告白に、

仲間達は俯いてしまう
けれど江利子はくるりと向きを変えてに向き直った


満面の笑みを浮かべる美しい妹に、

ははてなマークを飛ばしながらも首を傾げる












「ずっと恋人なんか作らないで、結婚もしないで死ぬまで私の側に居て」




「…………」
















其処までくるともう姉妹愛を超えている

聖と蓉子も思わず顔を再び見合わせて眉を顰めた



さすがのも呆気に取られ、江利子を見つめていた











「…どうなの?私の我侭は何でも聞いてくれるんじゃなかった?」


「江利子、さすがに其れは…」







聖が見かねて口を挟むが、
皆の思惑も吹き飛ばす程の言葉が飛び出した









「勿論!!ずっとずっと江利子の側に居るよ!」










呆気に取られていると思ったが嬉しそうに力強く頷いたのだ






今度は完璧に脱力する仲間達と聖と蓉子



仲良さそうに手を繋いで帰宅する2人の背中を見送りながら、

聖は蓉子に耳打ちした







「お兄さん達の事妹馬鹿で困るって江利子言っていたけど…」

「ええ、充分さんも妹馬鹿で、そして江利子も姉馬鹿だわ」

「……だね」






2人か此れから先長い人生での付き合いになるだろう姉妹の行く末を案じて、
肩をがっくりと落とすのだった




















鳥居江利子を一言で表すと、"謎"である


其れは親友で長い付き合いのある蓉子や聖でもそう思わざるをえない



面白い事があると食いつくという有名な設定はあっても、
普段のつまらなさそうな態度を見慣れてしまうとやはりそう思う

江利子は何を考えているのか?
それとも実は何も考えていないのか?

親友の2人にそう問いかけてみたところ、

此れがまた意外

2人とも真顔で「そんなの決まってる」と言い切ったのだ


彼女を良く知る2人に言わせてみると、



鳥居江利子は"謎"な人物であり、
そしてもう1つ

"度を越えたシスコン"らしい








其れは間違いのない正しい推測だったと、判明した―――――





by.佐藤 聖




















fin