ねむい

ひじょぉ〜っにっ!

ねむい



まだ昼間だというのに
ここは薔薇の館だというのに…



この状況は誰のせいかなんて判りきっていることだ

目の前で人の気など知れずに書類に目を通している恋人

「ねむそうね、ちゃん」
「ん…、ねむい」


かなりの低血圧の私は、




100歩譲ってその言葉を紡ぎだす



本来ならば言葉を発したくもないけど




昼休みの薔薇の館には山百合会が揃いも揃っていた

何もこんな時に揃わなくても…




ああ、いつものことか




聖曰く私がここに来るようになってからの事らしい


それまでは会議のある放課後はともかく、


自主行動の昼休みになんて2、3人しか集まらなかったと




……こんなことを考えている時間さえ惜しい

とにかく寝たいのだ


寝かせてくれ




でも、



寝たら、




何を言われるかわからない





この優等生に




「うわ、ホントに機嫌悪いわね。昨夜は何してたのよ」



機嫌悪いのだと把握していながらなおも訪ねてくる凸ちんもとい、

江利子に目をやる



楽しそうな笑顔が今はムカつく
いや、いつもムカつくけどね





「……………宿題」



いっぱいいっぱいの努力で昨夜のことを伝える



くそっ、口にもしたくない程地獄だったよ、
昨夜は




「え?」


聞き取れなかったのか、江利子と反対に私の隣に座っている聖が聞き返してきた

ひじ杖をついてたのがとうとう限界に近づき顎を机の上に乗せる


江利子の手が私の頭に触れた
そして髪を梳くように撫でてくれる


そんなことされたらもっとねむくなっちゃうって……





「宿題やらされた、誰かさんに、夜中3時まで」


私は思いっきり嫌味を含めて遠まわしに言った



今度こそ聞き取れた聖は笑い出した

江利子も喉の奥で笑っているのがわかる




「また溜めてたんでしょう?


祥子が憎っきし元凶の隣で苦笑しながらため息をつく

そりゃそうだけどさ、

嫌いなんだよ、勉強



伯母に押し切られてなければ高校なんて行かなかった、
ってくらい嫌いだ




ずぇぇったい勉強が好きな人間なんていねぇ
そう思ってた、けど



居たよ

目の前の人物は好きらしい


努力すれば結果が伴ってくるからとかなんとか
そんなこと言ってた



「溜めてない、少しだけだった」



最後の抵抗を見せると、聖がまた笑った
笑うな

江利子も、
笑うな




こっちは死んだほうがマシって思いをしたんだぞ




「それは先週まででしょう?」






やっと口を開いた恋人にじとりと目をやる

恨んでます、と伝わるように


睨んでやった

でもそんなのは効かないとわかっている



案の定、蓉子はため息だけついて書類から目を離した



目が合う

負けるものか


この鋭い眼光に負けてたまるか、くそ



「先週まで、少なかったのよ、早目にやっとけばこんな思いしなくて済んだの」



わかる?と、問いかけてくる蓉子から目を離し、



ついでにもう顔ごと横に向けて聖の方にやった



目蓋が重い




半端なく





「ちなみにどれくらい溜めてたんですか?」


令が蓉子に尋ねると、私は昨夜の宿題量を思い出して唸った

それを見て令が相当溜めてたんだね、と苦笑する





ああそうさ
蓉子の言う通りさ


早めに片付けておけばこんなことにならなかったんだ


目蓋が、



重い





限界だ………









「数学のプリント、国語のレポート、化学の課題研究、英語の訳…まだあったわね」

だんだん苦い顔になっていく令の顔を見ながら蓉子が答える



「本当、そこまでしてやりたくないのかしら」
「やればできるのに勿体無いですよね」


由乃の疑問に祐巳がほっとため息をついた



「なのにテストは学年上位だなんて……羨ましいよ、ちゃん」




「…聖、何見つめ合ってるのよ」





ひじ杖をついての顔を覗き込んでいる聖に江利子が不満そうに言う


が顔を聖の方に向けてしまったのが気にくわないのだろう

聖を咎めた



聖の方はというとニッコリと微笑んでの顔を見つめてる

「聖?」


そんな聖に蓉子は眉を顰めていぶかしげに無言の怒りを表していた

ハッとして顔を手の平から離して視線を蓉子に向けると、


を差して小さな声で弁解をする




「寝ちゃった」




「え?嘘っ」

江利子がそそくさとの顔を覗き込むのと同時に、

その場にいた全員の目がそこに集った




「珍しいわ、ちゃんがこんな所で寝ちゃうなんて」


志摩子の言葉に皆が頷く


蓉子を除いて




「それにしても思うけどさ〜、本当、綺麗な顔してるよね」

「何だっけ、ハーフだっけ?」

「ドイツの人とのハーフよ」





聖の呟きに江利子が疑問を問いかけ、蓉子がそれに答えた


「だから肌白いんだ……」


祐巳の呟きに、の幼少時を知っている祥子が頷く
でも、



目の前で寝息を立てている少女の、



白い色は肌だけじゃなかった


髪も、白い











計り知れない悲しみと孤独感で自然と変色していったその髪は、


事情を知らないものはあまりの美しさにため息をつき、


事情を知るものは見るたびに心を痛める

「……んぅ……」




「おっ、寝言言うよ」
聖が嬉々として周りに静かにするように促した


蓉子も、つい耳を澄ます

いつも見慣れている寝顔とはいえ見飽きないその顔についた唇から

何が発されるのかと興味津々であった





「…う〜っ…蓉子………」




突如恋人の口から漏れた言葉は自分の名前


すっかり恨まれていると思っていただけあって驚きを隠せない

聖や江利子がつまらなさそうな顔をしてるのはこの際置いといて……


自然と笑みが零れる






が、それはすぐに消えた





「…のっ、……バカ野郎…ちくしょう」



それはリリアンに似合わない言葉

こんな言葉遣いをするのは恐らくこの学園で一人だけ



天使のように可愛い寝顔を晒している 








「相当恨まれているわね、蓉子」


ニヤリと笑みを見せた江利子に聖も頷く

「当分機嫌直してくれないだろうね」




「……数学の先生に頼んで課題特別に増やしてもらおうかしら」





「…………鬼」


聖の呟きにけん制の笑みを向けると、蓉子は先程の書類に目を戻した
静かな、穏やかな怒りのオーラを感じ取った山百合会のメンバーはそれ以上何も言わなかった


















「…………ん…」



大分軽くなった目蓋を開けると、そこには誰もいなかった

ぎょっ、と時計を見やると針はもうとっくに5時間目の半ばを指していた



「嘘!」




ガタッと飛び起きて驚愕するしかなかった
本当に?
誰も起こしてくれなかったのか…
なんと非常な人等だ、と
まぁ普段から普通じゃない人達だってのは嫌というほどわかってたけどさ


「起きて早々うるさいわね……」

まさか無人だと思っていた部屋に凛とした声が響く
ふと、隣を見るとさっきまで江利子が座っていたはずの場所に彼女がいた

「蓉…子?」
この時間に何でここにいるの、と言いかけた言葉を呑み込む
きっと起こさないでくれたのだ
普段は厳しいのに、でも優しい
そんな恋人に微笑むと、蓉子も微笑み返してくれた

「昨夜は私もキツく言い過ぎたわ」
「私のためなんだからいい」
そうとだけ答えると蓉子に身体を寄せてその膝の上に乗る
両手に持たれていた書類らを机の上に放り投げて、
その両手を自分の腰に回す
そして自分の両手も蓉子の背中に回した


「…?」
「……寝たりない」
「え?」
「寝る」
「ちょっと、?」
「おやすみ」

「…っ!?」


いつもはしないだろう行動に目を見張っていた蓉子の胸に顔を寄せて、
ボソリと呟くと咎めよとしてきた蓉子の唇に軽くキスをした

それから蓉子の胸に顔を戻して、また眠りの世界に旅立った
旅立つ途中で自分の肩に温かいものが触れる


ただ優しいだけの恋人は要らない

ただ厳しいだけの恋人は要らない

優しいけど、厳しい恋人が欲しい

甘えさせてくれる人が、欲しい………














聖)「何、この二人」
江)「狡いわ」
祥)「お姉さま…」
祐)「紅薔薇様まで珍しい…」
令)「…あれは私の特権なのに……」
由)「令ちゃんあんなことしてたの!?」
志)「微笑ましい光景ですわね」



放課後までぐっすりと眠りこけていた二人
そして起こされた後、祐巳に本当に課題の追加が出たのだと聞いて泣くのは余談……





fin