子どもの成長なんて早いもので
つい此の間まで小さな身体でにこにこ笑っていた子が


私達を超えた背で優しげに大人の目線で見下ろしてくる




人とは違う過去を持っているせいで、
何処か影を潜めた存在がより惹かれるらしく



はリリアンのスターになっていた―――――









其れを知ったのはつい最近のこと


の部屋を掃除していた時に机の上に無造作に其れは置かれていた





「…あら、此れって……」



























「という訳で、の中等部入学に乾杯!」


「「「乾杯」」」」






聖がコップを掲げると、
彼方此方から同じ掛け声がしてグラスをならす音が聞こえる

けれど其の音頭の主役は可愛げなくコップをちりんと鳴らすだけで

其れに気付いた累がの肩を抱き寄せて無理矢理乾杯した


迷惑そうに困ったように苦笑しながらも、
其処までされては逆らう事も出来ずに仕方なく乾杯を返す








今日はお店は貸切

其れはオーナーの愛娘のためのパーティのせい


親馬鹿な聖がオーナーだと理解している常連者は、
またいつもの事だと苦笑しながら扉の前で帰っていくのだ

そりゃあ年に2、3度も開かれていれば諦めもつくものである







、食べてる?」

「食べてるよ」



物事の中心の人ではた迷惑な人
佐藤聖が、愛娘に声をかけると愛娘はニコリとだけ笑って返す

けれどその目の前に置かれていたお皿には何も乗っていない




「食べてないじゃん!ほら、此れ食べな」

「いやお腹空いてないんだって」

「駄目だよ、育ち盛りなんだから!」

「だってさっきも蓉子やら令やら来て沢山乗っけてったんだもん」

「それくらい余裕で食べなさい」

「無理だよ!どうせ此の後も祥子や祐巳ちゃんが来て乗っけていくんだろうし」

「何〜っ?蓉子や令や祥子や祐巳ちゃんが取り寄せたものは食べられても、私が取り寄せたものは食べれないってのか!?」

「何でそうなるんだよ、違うって。痛い痛い痛い」





聖に首筋に腕を回され絞められるはめになる
必死でその腕を叩いてギブアップするが、
どうやら簡単には許してくれそうにも無い

カウンターの中で蓉子が「何馬鹿な事しているのよ」と微笑していた


けれど此れがこの家族の日常



親離れしてきた子ども
子離れできない親その1
子離れの覚悟をしている親その2



彼女達にはいつも笑いが絶えない









「相変わらず騒々しいわね」

「でも好きでしょ?」

「そうね」




江利子と累

2人は肩を寄せてカウンターの隅で小さく笑い合っていた




「聖さまもいい加減子離れしないとねぇ」

「良く言うわ、従妹離れ出来ない貴方が」

「……」



令と祥子

2人はテーブルの席で一方は意地悪そうな笑みを浮かべて、一方はヘコんだ笑みを見せて笑い合っていた





「いいな〜いいな〜理想の家族だよ」

「私は嫌よ、子どもなんて。真っ平ご免だわ」

「えぇ〜」

「だって祐巳さんとの時間が無くなっちゃうじゃない」

「っ……」




祐巳と由乃

2人はシャンパングラスを手に立ったまま一方は恥ずかしそうな笑みを浮かべて、一方は勝ち誇った笑みを浮かべて笑い合っていた





「志摩子さん、此れ食べる?」

「あら、頂くわ。有難う」

「ううん」



志摩子と乃梨子

辺りの事などお構いなしで2人で穏やかな笑みを浮かべあっていた





独特の空気が漂っている、
何とも統一性の無いバーの中だった



本当に死にかけているを救済するために蓉子が出てきた処で、
聖の奇襲は終わりを迎えた

そして涙目になりながら聖を睨みつけ、は蓉子の元へそそくさと避難する

すると傍らに擦り寄ってきたを見て蓉子は思い出したように口を開いた






「そういえば、制服届いたわよ」

「あ、そうなんだ」

「持ってきているから1度腕を通してみなさい」

「うん」




蓉子には素直に従う辺りがさすがと言うべきか


さすが聖の子どもというか
…あえて何も言うまい



カウンターの奥から取り出された平べったい箱を開けると、

其処には 大人組からしてみれば懐かしい

転入生&子どもからしてみれば新鮮な制服が綺麗に折りたたまれて納まっていた


乃梨子と累とは物珍しそうにマジマジと観察しているが、
聖や蓉子、江利子達は懐かしそうに目を細めて眺めている









「うわ〜、懐かしい!」

「でも貴方が此れを着ていた頃は良い思い出ないでしょ?」

「…江利子、其れキツイ。ぐさっと来た、ぐさっと」

「本当のことを言っただけじゃない」



親友のキツイ先制攻撃により、
撃沈する聖

けれど直ぐに立ち直って(というか自棄になって)
箱の中の制服に手を伸ばす




「ねぇ、此れ着てみてもいい?」

「え?良いけど、無理じゃない?小さいじゃん」

「大丈夫だよ、だってほら」



困惑したように制服と聖を見比べる
けれど聖は何とも無いという顔をしての近くに行き、皆の方を振り向いた

近づいた2人のおかげで2人の体格が見て図れる


聖とは身長は同じくらいで
体格は2人ともすらりとしたモデルタイプ

ほとんど似ていた


一応はまだ小学6年生
かなり大きい方になる



其れならば、と辺りからも肯定の声が聞こえて
聖はいそいそと制服に袖を通し始めた

元から着ていたネックのセーターの上に無理矢理着る聖を、
幾らなんでもカウンターの影とかで服を脱いで着るんだろうと思っていた一同は呆れ顔に成り果てる


そんな辺りの視線などお構いなしで着終えた聖はじゃじゃーんという効果音が聞こえてきそうな登場をした







「どう?」





改めて見たら、
意外や意外と似合っている

もう年端もかなりいっている筈(禁句)なのに

まだセーラー服が似合うとは


誰もがそう思って口をあんぐり開けてしまっていた




モデルっぽく首筋と腰に手を当ててウインクしてみる聖

そんな彼女をまたもや撃沈させるキツイ一言が飛び出す






「でも中学生になるにはさすがに無理がある」






其れは彼女の愛娘



これもまた誰もが思ったが、あえて口にしてはいけないと思っていた事でもある






「……ちゃぁ〜ん?また落とされたいのかな?」

「…否遠慮しとくね」

「遠慮なんかせずにほらどうぞ、どうぞ」

「いいって言ってるじゃないか〜!!」

「遠慮するなって言ってるじゃないか〜!!」





馬鹿親子の追いかけっこを狭い店内で眺めながら、
蓉子は堪えきれずに噴き出した






「まぁ、の中学生活も安泰そうね。ラブレター貰うほど人気があるなら」







その一言に再び店内は凍りつく

の首を掴んでいた聖がオカルト映画の悪魔のようにグリンッと首を擡げた









「今、何て言いました?」



「蓉子っ、いつの間に!?」



「ちょっと君は黙ってなさい、蓉子…今ラブレターって言葉が聞こえた気がするんだけど」










焦って身を乗り出すの口を手の平で塞ぐと
聖は追及を始める


面白い事になりそうな予感、といえば

この人

鳥居江利子も身を乗り出す








「あら、ったらラブレター貰ったの?まだ小学生なのに早いわね。やるじゃない」

「ちょっと江利子さん、火に油…」

「判ってないわね、累。私は油どころかガソリンぶちまけたいの」

「……さいでっか」





満面の笑みで返してきた恋人にさすがの累も苦笑で押し黙るしかなかった






「ラブレターかぁ、懐かしいなぁ」

「…ちょっと、令?」

「えっ?……今私口にしてた!?」

「ええ、思いっきり不愉快な言葉が聞こえたわ」

「…聞き逃して」

「嫌よ」






凄まじい視線を感じて再び背すじが凍りつく令に、
祥子はニッコリと微笑んでけん制する

令と付き合い、聖と蓉子と交流を持つようになってから祥子は蓉子に似てきた気がする





「蓉子!!詳しく教えて!」

「もがもがっ(蓉子、駄目!)」

「抵抗するな!可愛い我が子の貞操の危機に親が出ずしてどうするのさ!」

「んん〜っ(貞操の危機なんて大袈裟な!)」

「君は私の子なんだから間違いなく手が早い!それは判ってるんだ!!」

「…んが(馬鹿)」





何かとてつもなく馬鹿げた発言をした聖に、
は一気に脱力して呆れる











「でも、もう恋人居るんでしょ?」




「「「……えぇえええ〜〜〜〜っっ!!!!???」」」









突如巻き起こった悲鳴に、
は耳を塞ぐ

そして此れは悪夢だと

自分に言い聞かせねば気が持ちそうにもない



聖の腕の中から再びするりと抜け出し
ガシッと蓉子の口を塞ぐ








「…蓉子、酷いよ」

「………(ニコリ)」





全く悪びれたふうもなく美しい笑みを浮かべる母親に対して湧き上がるものは何も無い


今まで必死に隠していた事が何故こうあっさりと皆の前でばら撒かれる事態になっているのか




蓉子だけはを陥れるような事はしないと信じていただけに、ショックも倍増するものだ


そんなの心境を読み取ったのか蓉子はふわりと微笑み、の頭を撫でる







「私だって本当は聖に引けを取らないくらい親馬鹿なのよ?」

「…それは、正直言うと嬉しいけど……」

「あら、可愛い。今に始まった事じゃないけど可愛いわ」




今度はお腹を抱えて笑い出しながらの腕を撫でる蓉子に、
は初めてみる自分の母親の一面に困惑するばかりだった

気が触れたかのように大笑いしている蓉子の隣で困惑しているを見て、苦笑しながら令もカウンター内に入ってくる

恐らく祥子にでも頼まれたのだろうか、数人分のグラスを慣れた手つきで取り出しながらを見上げた





、何か飲む?」

「あ、コーラ」

「うん」



冷蔵庫を開けてコーラを取り出し、
先にのグラスに注いでから頼まれた分のカクテルを作り始める

カシスオレンジにピーチフィズにカンパリソーダに、バイオレットフィズ

祐巳と、由乃と、祥子と、累が好きな種類だった



は冷蔵庫からオレンジジュースとレモンを取り出しておく

其れに気付いた令が微笑んで有難うと告げる





「さすが慣れてるわね、。私にもパールハーバーをロックでお願い」

「ん」




カウンター席に居る江利子から頼まれ、
は無言で頷いてからロックグラスを棚から取り出す

昔は小さいせいで令か聖に頼まないと取れなかった上の棚にあるグラスが、
今では余裕で取れるとは

自分の成長に改めて1人感動を覚えた






「ちょっと!はぐらかそうったってそうはいかないよ!?どういう事か説明しなさい」

「…だから……付き合って半年の恋人が居る」

「何処の誰!?」

「……言ったらまずいと思う」

「言いなさい」



もう諦めたのか、は鼻からため息を漏らし
江利子にグラスを差し出しながら告白し始めた

それでもなお追求してくる聖に、
苦々しげに否定するが

直球で命令されてしまう










「……祐巳ちゃん…」









































「「「………えぇええ〜〜〜っ!?」」」












祐巳と由乃と聖の雄たけびが夜の東京に響いた



けれど此の3人以外は至極冷静

令に差し出されたバイオレットフィズを一口飲んでから、
煙草を咥えながら累がニヤリと口角を吊り上げる








も随分と粋な事言うようになったじゃないか」

「どうも」





「「「え?」」」







お互い意地の悪い笑みを浮かべ合いアイコンタクトをしている2人に気付き、
雄たけびをあげた3人はキョトンとして2人を見た

すると今度はと累がお腹を抱えて笑い出した






「冗談だって、祐巳ちゃんな訳ないじゃん。だって担任の先生だよ?」

「まぁ担任の先生に手を出すというのも面白そうだけど、常識あるにそんな事できやしないよ」

「同じクラスの子ですよ、恋人ってのは」



「…あっ、もしかしてちゃん……」






のクラスを担当している祐巳は、
其れが誰なのか思い当たったらしく吃驚したように目を見開くが

はニヤリと笑い返すだけで何も言わない


ようやく話の流れを理解出来たらしい聖が腕を組む






「まぁ…祐巳ちゃんのクラスとなればそんな心配は要らないか。しょうがない、若いうちは何事も経験だし許そう」

「聖、甘いね」

「なっ、もしかして結構行くところまで進んでたりする…?」

「…さぁ?」

〜〜〜〜〜っっ!!!!!!!」






















結局最後まで大騒ぎだったパーティは幕を閉め、
酔い潰れている者達の介抱しているに食器を片付けていた蓉子は声を掛けた





「クラスの子って、あの子?」

「え?あぁ…さっきの話……」

「ちょっと前に言っていたじゃない、気になる子が居るって」

「…うん、そうだよ。もちろん其の時はそんなつもり全然無かったんだけど」

「惹かれたんでしょ?」

「……」

「今度連れて来なさい」

「けど聖が何て言うか」






聖も珍しく酔い潰れてカウンターの席にしがみ付き、
の名前を寝言で呟きながら眠っている

そんな聖を見やり、は苦笑しながら毛布をかけてやると
蓉子も微笑しながら令と祥子に同じく毛布をかけながら答えた





「大丈夫よ、あの子なら聖も気に入るわ」

「…そう、かなぁ」

「自分の恋人と、親である聖、両方とも信じられないというの?」

「そんな事ないよ!…うん、判った。今度連れて来るよ」

「ええ」

「あら、其の時は是非私も呼んで欲しいものだわ」

「うん、もちろん」





1人、未だにお酒を飲んでいる江利子が呟く
は何処か照れ臭そうに、けれど満面の笑みで頷いた

店の奥にあるソファの上で眠っている祐巳と由乃、乃梨子、志摩子に毛布をかけ終えた累が、
戻ってくると江利子の手からグラスを取り上げる





「何するのよ」

「飲み過ぎ、また二日酔いで苦しむよ」

「大丈夫よ、返して頂戴」

「駄〜目、まだ飲みたいなら此れでも飲んで」

「……」



そう言って、江利子の前に差し出すは栄養ドリンク
所謂ウコンとやらが入っている胃もたれを防ぐ物だった

抗議の視線を投げかける江利子に
累は肩を鳴らし、テーブルに散らばっている酒の缶やらつまみの袋を片付けだす





「私は此れから皆を家まで送っていかないといけないんだから、これ以上酔っ払いの面倒見切れません」

「ケチ」

「ケチでも何でも結構。大体私は皆と違って日曜である明日からでも仕事があるんだからさ…少しは労わってよ」

「なら休めばいいじゃない」

「あのねぇ、江利子さん。仕事は責任を持ってやらないといけないの」

「何故?」

「何故って…むしろ其れって常識でしょ?理由とか言える人居たら凄いよ」

「何故?」

「……くっ、蓉子さん…最近江利子さんが幼稚園児化してる…」




もう相手にしていられないのか、
累は隣に居た蓉子に泣きついてしまった

その隙に江利子は近くに居たを小声で呼び、
お酒を入れるように催促して来る

も、蓉子が洗い終えた食器をタオルで拭きながら駄目だと貫き通していた








「はぁ…どいつもこいつも全く使えないわね」

「江利子、言葉が悪いわよ」

「酔っているからって事にしておいて」

「そうね、判ったわ」

「……にしても、あんなちっちゃかったがこんなに大きくなっていたのね」

「ええ……子離れ…か、まだまだ先の事だと思っていたわよ」

「いずれの事よ、私達も同じだわ。が居るのが当たり前になっている、其れを何とかしないと」

「…寂しいわね」

「寂しいわ」









は、今度は累と一緒に片づけを手伝っている

2人で何かしら話しながら小さく笑い合って、
自分の名前を未だに呼び続けて寝ている聖を見てクスクス笑っていた




其れを見て、心には温かい風が流れ込んでくる

もう辺りは冬一色に染まってきているというのに、
この温かい風は一体なんだろうか








小さなが大好きだった


小さい身体で一生懸命私達を追いかけてくるが、大好きだった




小さな手で目を擦りながら意味不明なことを言っているが、大好きだった






小さな口で一生懸命に好きだと伝えてくれるが、大好きだった















けれどあの頃のはもう居ない




今ではすっかり足幅も大きくなって
気を抜くと聖や蓉子よりも先に前をスタスタ歩いていっている



今ではすっかり寝起きが良くなって
聖よりも早く起きてきて珈琲を飲みながらキビキビと動いている



今ではすっかり精神面も大人になって
改めて面と向かい、好きだなんて言う事もなくなった









あの頃のは、もう居ない

けれど


やはり私達の大好きな



先に歩いていってしまい私達を見失うと心細くなって必死で私達を探しにきて、見つけるとホッとしたように手を繋いでくるし

大人びて珈琲なんて飲んでいるけれど未だにミルクと砂糖は手放せない面は子どもだし

時々ふと寂しくなると照れ臭そうに大好きだからねなんてこっそり言ってくるし






はまだまだ私達の可愛い子だった





いいえ

きっと

ずっと


一生は可愛いんだわ














は中学生になろうとしていた――――――――



























fin