それは、雪の降る夜だった
仕事を終え帰路を辿っていた時目的も無くその日だけは何故か足が公園に向かったのだ
いつもは蓉子の居る家に早く帰りたくて真っ直ぐに帰宅するのに
その日、だけ
吸い寄せられるように公園の中へと入っていく
何だか怖い気もしたけれど
行かなくてはいけないような気がしたんだ
誰かに呼ばれているような気がしたんだ
木々が伸びきっている小さな林の中を歩いていると
都会の真ん中なのにまるで其処だけ別の世界みたいだった
落ち葉を踏む音だけが耳に入る
白い花弁が目の前を際限なく舞い降りてく
ふと、暗闇の中に真っ白な物が見えた
雪なんかじゃない、もっと大きな
目を凝らして見ると白い布切れに包まれた何か、だった
用心して少しずつ近づいていくとふとその白い包みが動いた気がした
「ほぎゃ……」
落ち葉の音だけが響いていた世界に、小さな小さな声がする
別に意味を成さないけれど只呟いただけなのだろうか
でも何だか泣いているように思えて
白い包みを抱きかかえて布をそっと捲ってみる
すると中には小さいとは言えないけれど決して1歳にも満たしてない赤ん坊が
聖をまるで眩しい太陽でも見るかのように目を細めて首を傾げた
「…こんな所で何をしてるのかな?」
「ほぎゃっ…きゃ、きゃっ……」
伝わる筈ないと思いながらも問いかけてみると、赤ん坊は泥だらけの両手を一生懸命振って笑う
どれくらい此処に居たのだろうか
その身体は冷え切っていて
真っ白な布に見えていた物もよく見れば既に茶色く汚れていた
ふと、その赤ん坊の右の手の平に何かを見つける
そっと紅葉のような手を開いて見てみると
手の平の真ん中に大きな火傷痕があった
目を凝らすとそれは罰印にも見えるし、十字架にも見える
何でこんな赤ん坊に火傷痕があるのか気にはなったものの
こんな冷える夜に、ましてや雪の降る夜に此処に置き去りにしたら死んでしまうだろう
私はその子を羽織っていた革製ジャンパーで包み込んで大事に抱えて公園から出た
「ただいま、蓉子」
「おかえりなさい、聖……何其れ」
愛しの我が家に着くと、愛しの蓉子がソファでテレビを見ていた目を外して此方に向けてから出迎えの言葉をくれる
けれども腕の中の大きな塊に目を取られたのか怪訝そうに近寄ってきた
「拾った」
「拾った?犬?それとも猫?」
「ううん、赤ちゃん」
「…………はぁ?」
呆気に取られている蓉子に、腕の中の物が良く見えるように掲げて見せる
するとしばらく放心している蓉子が見られた
普段冷静なぶん、そんな彼女はなかなか見る事が出来ないから
少しだけ新鮮で可笑しかった
笑っていい場合じゃないのに…
「赤ん坊以外に何に見える?…猿?」
「…そうね、猿に見えるわ。ヒト科の猿に」
「でも正真正銘赤ちゃんだよ。もちろん人間の」
「そんなの、見れば判るわよ。……それで?親は探しているんじゃないの?」
私の腕から慎重に赤ん坊を受け取り、あやす様に抱いている蓉子は
まるで本当のお母さんみたいだった
少しだけ懐かしいような気がする
もう夜も遅いし、余程私の腕の中が心地良かったのか
それとも私に見つけて貰えて安心したのか
ぐっすり眠り込んでいる赤ん坊は、微笑ましい
けれどもこんな可愛い子どもを置いていけるような親なんて
やっぱり人間なんて薄情なものだと昔抱えていた想いが僅かに胸の奥で燻り出す
赤ん坊を抱きかかえたままソファに戻る蓉子の後ろで赤ん坊を包んでいたジャンパーをダイニングテーブル付属の椅子にかけながら
蓉子の問いに答える
「だから捨てられていたんだって、あの店の近くの公園で」
「迷子になったとか、誰かに誘拐されて置き去りにされたとか…」
「まだ歩ける年じゃないでしょ、その子。それに誘拐して解放するぐらい心優しき人ならもっと人目につく所に置くと思うよ」
「それもそうね。…う〜ん、警察に話してみる?」
「そうだね、でも今日はもう遅いしそんなに汚れているのに突き出すのは可哀想じゃない?」
毛布を寝室から持ってきて蓉子の隣に座り
その小さく握られた手を開いてみせると
やっぱり泥だらけで汚かった
綺麗な毛布に包むためにもともと羽織られていた布を取る作業を蓉子も手伝いながら
蓉子は眠っている赤ん坊の頬をそっと指先で撫でる
「そうね、ちゃんと綺麗にしてあげて。温かいミルクを飲ませてあげてから、それから考えましょうか」
「うん、それに蓉子の母親姿ちょっとの間で良いから見てみたい」
「…何言ってるのよ、貴方も母親の立場じゃない」
「でもやっぱキャラ的にさぁ、私はパパじゃない?」
「そうだ、この子言葉は喋れるのかしら」
「えぇ?無理じゃない?」
「ま、んま…」
「…!?……聖、今の聞いた?」
「うん、ママっつたね」
「ぱぱぁ」
「……やっぱり私がママで貴方がパパなのね」
「うん、私も明日からの仕事に身が入るよ」
白い花弁達がしんしんと舞い降りる静かな夜
私達は、出会った
ほんのひと欠片の偶然が導き出した運命の出会い
その日の夜、私達は叶う筈がないと思っていた家族3人で川の字に寝るという夢を果たした――――
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