『残念ながら1度くっ付いてしまった骨を元に戻す事は出来ません。なのでちゃんは一生曲がった左足のまま生きていかねばなりませんね』






















何と言えば良いのだろうか



まだ3歳の誕生日を迎えたばかりの小さなに、

危ないから走ってはいけないと言えばかなり落胆するであろう事は目に見えている





此れから沢山身体を動かす事の楽しさを覚えていくのに

此れから、を始める事すら許されないなんて






に、君の足は不自由だから一生激しい運動は控えろと言うのか?







そんな事…私には出来ない





















「あのね、せい。れいがしないを見せてくれたんだ」


「しない?…あぁ、竹刀。どうだった?」










今日は蓉子は家に帰って来ない

仕事が立て込んでいるらしく、先日病院へ行くために休みを取った事をきっかけに以前より遥かに忙しくなっているらしい



令も今日は私の店を手伝ってくれる日だから、
を1人で家に置いておくわけにもいかず店で大人しくして貰う事にした




まだ開店前の準備中では小さい身体を振り回して


もてつだう〜」


と、健気に言ってくれたものだからカウンターと椅子を布巾で拭いて貰う事にする





しばらく熱心に拭いていたがふと嬉しそうに顔を上げて言う

令に竹刀を見せて貰ったのだと






そういえば今日は昼間は令に子守を頼んでいたのを思い出して、

グラスを拭いていた手を止めて微笑みながら聞き返す



するとは可愛い顔をくしゃくしゃに歪めて感想を述べる

身振りを加えるために布巾を丸く棒みたいにして、構える













「あのね〜、れいがしないでパーンッてたたくの。あいてのかおを!かっこよかったの」


「私の高校時代の剣道の試合のビデオを見せてあげたんですよ」


「れいが、さいごでたいしょうっていうんだって。それでかったの!」











ホールの床をモップで磨いていた令が舌足らずなの説明に補足してくれる

けれど私の心臓はバクバクと脈を打つだけで
相槌をうってあげる事すら出来ない




令の傍でピョンピョン飛び跳ねているを見ると、
剣道の試合を見せて貰った事が本当に嬉しかったのだと判る






本当は嬉しい筈なのに

の笑顔を見れるのは嬉しい筈なのに…






其れでも心が晴れないのは、あの医師の台詞のせい









疲れてしまったのかすっかり眠ってしまったを抱きかかえながら、

蓉子が帰りの車の中で言った言葉は


私の心のもやもやを吹き飛ばすには程遠いものだった










には、ありのままに伝えましょう。の人生だもの、私達がこっそり弱味を握っていても仕方ないでしょ』











蓉子の言う通りだ

の人生なんだから…
が大人になっても私達が現場に駆けつけてを庇う訳にもいかない

そう考えると正直に言うべきだとも思う



でもは、自分を傷つけた両親から請け負った傷を一生抱えて生きていかねばならないなんて



そんなの酷過ぎる




















「れい、こんどけんどうおしえて!」


「うん、いいよ。でも難しいよ〜、覚えられるかな?」


「だいじょうぶ!よしのよりはつよくなる」


「どうかなぁ、由乃も努力したおかげで強いよ」


「…だいじょうぶ!がんばる、いっしょうけんめいれんしゅうするから」


「お、本気かな?それなら私も本気で教えてあげる」


「ほんと!?やったぁ!やくそくっ」


「うん、約…」









「令、早く片付けて」
















指切りをしようと小指を差し出すに令がしゃがんで指切りを交わそうとする

その寸前に、私は苛つきを抑えきれない声色で令の動きを止める



その空気に何かを感じ取ったのか、令は少し吃驚してからの頭を軽く撫でて立ち上がる

そして掃除を再開させる







残されたは上げていた指をそろそろと下ろして、

私を悲しい目で見つめてくる




何も罪のないにとても酷い事をしているように思えてきて申し訳ない気持ちでいっぱいになる


けれど其処でいつも逃げるのは私の悪い癖




目を逸らして、吹き終えたグラスを棚に並べていく












「………せい…」













今は、目を合わせたくない

あの純粋な瞳に見つめられたら私は感情を抑えられなくなりそうだ


きっと涙を零してしまう



子どもの前で1番しちゃいけない事だ














「…っせい…………」


















駄目だ


駄目だ






後ろを振り返るな


目を合わせるな






















「聖さま、もう止めてください」


「……っく…」











令の声も後ろから掛かる

グラスを握る手の力が自然と強くなる
これ以上握ったら割れてしまうんじゃないか、っていうくらい








令がを抱き上げたのか、の泣き声が聞こえる場所が高くなる



恐る恐る振り返ると、令の腕の中ではずっとこっちを見ている

そして涙をぽたぽた零しながら嗚咽をあげている













「ぅ……せい…ごめなっ、ごめんなしゃい……」


、謝らなくていいから」


「ごめ…ごめんなさい………っく…」


、落ち着いて」












令がの背中を叩いてあやしているのが目に入る





どうして、が泣いていて


令がそれを慰めるの?









私は…が、が……






















…ごめん」









手を差し伸ばす

そうするといつもはその手を伝って抱きついてくる


そしたら、謝ろう




















「やっ……うぇえっ、れい………」













そう思ったのに、は私の手を叩いた

そして令の首に抱きついて泣き喚き始める




令は少し眉を顰めていて、きっと珍しく怒っているんだろう


















そんな2人と、私の間にはカウンターがあって



其れだけなのに凄く遠く離れているような気がする












泣きたいのは、こっちだ






















が可哀想だ






まだ楽しい事も知らないのに



身体を動かして、充実する気持ちも知らないで











ずっとあの足に縛り付けられて生きていくんだ…
























が、可哀想だ―――――



































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