辺りはすっかり暗くなった頃、いつもの店に着いた


店頭を青っぽいライトで照らしているお陰で大人な雰囲気を醸し出していて
聖のセンスには感服せざるを得ない

街を歩いていてふらりと立ち寄りたくなるような何だか懐かしい雰囲気だ



けれどサラリーマンのおじさんが寄ってみても追い返されるんだけど

たまにそのやり取りを見ていて相手が可哀想になる



聖は男性には容赦ないから


以前柏木氏が祐麒を連れて来た時も柏木氏だけは追い返された
どうして祐麒は良いのかと首を傾げたりもする








ベルの付いた扉を開けるとガランガランと音を立てる

店の中は洋楽が控えめに流れていて、カウンターとテーブルどの席も客で埋まっている













「いらっしゃ……あ、


「令ちゃん」


「ごめんね、いつもいつも」


「良いよ、こういうの嫌いじゃないし」









カウンターの中で顔を上げて、
お決まりの台詞を言いかけるが其れが私だと判ると営業スマイルから素の笑顔になる

申し訳なさそうにカウンター内へと引き入れる令に、
首を少しだけ横に振る



奥では聖がお得意さんである女性2人と話し込んでいた


私には気付いていないらしい







昔は何時だって何処にいても聖は私を見つけてくれて
すぐに駆け寄ってきてくれたのに…



またブルーな気分になってしまう自分にブレーキをかける












、来た早々悪いんだけどカシオレ1つ作ってくれる?」

「あ、うん」

の作るカクテルは美味しいと評判なんだよ」

「そう?適当に作っているだけだけどな」

「僅かな分量で味も変わってくるからね、向いているんじゃない?この仕事」










隣で小さなガスコンロを使用してつまみらしき物を作りながら令は笑った

私は手際よくグラスやらオレンジジュースやらを並べて作り出す



目の前に座っている女性が何やら私の事を凝視している
けれど気が散るし、何よりも気まずいので気付かない振りをする









「出来た、何処のお客さんの?」

「目の前のお客様だよ」

「あ……お待たせしました、カシスオレンジになります」






グラスを持って訊ねると、令は私の目の前の客を手で指して教えてくれる

気まずい雰囲気を持っていたせいで一瞬顔が引きつってしまったが、
すぐに営業スマイルを持ち出して差し出す








「有難う御座います、綺麗な顔ですね」

「…あ、どうも有難う……でも聖や令の方が綺麗だと思いますけど」

「いいえ、そんな事ないですわよ。でも名前で呼び捨てなんて親しいんですか?」

「まぁ、赤ん坊の頃からの付き合いですし」








何だか祥子みたいな優雅さを感じさせられる女性だった
多分何処かのセレブか何かなのかもしれない

隣に居る令もニヤニヤしながら出来上がったつまみを皿によそう


するとその女性の脇に居た2人の女性が顔を上げて私を見てくる







「もしかしてこの子が噂のちゃんですか?」

「お手伝いだなんて偉いわね」

「こんばんわ」









やけに馴れ馴れしく話しかけてくる女性衆だった
私は苦笑を返して、令をちらりと見る

令はその女性衆に今しがたよそったばかりのお皿を差し出している






「うわぁ、さすが令さま。言ってみただけなのに作れちゃうんですね」

「材料と道具があれば作れるから他にも何か食べたい物があったら言ってね」

「有難う御座います、やっぱりお姉さまから聞いていた通り素敵なお店です」

「どう聞いているか不安だけど、其れなら良かったよ」








「いらっしゃい、待ってたよ」









突然聖が私の肩越しに現れて、女性衆に声をかける

けれどいつもと違う客だと改めて思わせられる
聖が現れると必ずといっていい程歓声をあげるのに、
むしろ冷静だ


お嬢様っぽい人と黒くて長い髪を纏っている人なんて少し睨んでたりする
誰かを連想させるくらい額が広い








「…知り合い?」


「まぁ、知り合い繋がりの知り合い?」


「つまり遠い知り合いだと」


「うん、そう」










でも誰かは教えてくれずに、
聖と令はその女性衆と話始めてしまう

どうやら聞き耳をたてているとリリアンの卒業生らしい



けれど1番若いリリアン卒業生は乃梨子しか知らないから、
見覚えも何もない人達だ


ふとテーブル席の方から麦酒のおかわりの催促をされて、
令と聖の背後を潜り抜けてカウンターから出るとジョッキを受け取る

再びカウンター内に戻ってメーカーでおかわりの麦酒を淹れていく



ふと麦酒を淹れながら思った事

それは聖は完璧に私の誕生日を忘れているという事だった


蓉子は朝食卓にあった置き手紙で一緒に祝えない事への謝罪と、お祝いの言葉をくれた



けれど聖は何も言ってこない

令でさえ、さっきぽそりと「誕生日おめでとう」と言ってくれたというのに




丁度いい分量を淹れ終えると、泡を淹れていく

綺麗に淹れ終えたジョッキを先程のお客さんに出す




ふとそのテーブルには小さなケーキがあって、
令が働いている店から差し入れしたものだと判る

どうやらそのテーブルを囲っている人達の誰かが誕生日らしい


おめでとう、という声が交わされていてプレゼントを渡されたりしてその人は嬉しそうにはにかんでいる







其れをしばらく見つめていると、

また違う席から飲み物の催促をされて慌てて駆けつける




どうやら羨ましがる事さえ許されないようだ






一生懸命働いているうちに時計は夜10時近くを指していた

令が一旦仕事を抜け出して私を家まで送ってくれる時間だ









「じゃあそろそろを送り届けてきますね」

「あぁ、うん。もうそんな時間か」

「少しだけ抜けさせて頂きます」

「うん、宜しくね」

「はい。!帰ろう」







客達が帰ったテーブルを片付けていた私は、顔をあげて令に頷き返す
そしてお盆に載せたグラス達とお皿をカウンターに置く


まだ居たあのリリアン卒業生の客達と話し込んでいた聖をちらりと見ると、
私の方なんか見る事さえしてくれなくて

何か言葉をかけてくれる様子さえもない








「じゃあ先に帰ってるね」

「うん、お疲れ〜」

「……聖」

「ん?」







呼べばちゃんと振り返ってこちらを見てくれる
けれど、
欲しい言葉はくれない

このもどかしさがどうにも堪らなくて

ふと目頭が熱くなった









「ん?どしたの?」

「……ううん、何でもない」

「そう?変な

「…………っ変なのは聖だよ!!馬鹿!!!」












此処が店だという事を忘れて、

思わず叫んでいた



聖は吃驚したようで目を丸くさせていた

令は理由が判ったらしく苦笑しながら聖と私を見守っている










「な、何?馬鹿なんて言葉使っちゃ駄目だって蓉子に言われたでしょ」


「馬鹿馬鹿馬鹿!!」


「3回も言ったね…。いいよ、蓉子に言いつけてたっぷり怒って貰うから」


「っ聖の…馬鹿……」










涙が溢れてきてしまうのが止められなくて
店を飛び出してしまう


店の近くにある駐車場に行くと令の車の前で立ち竦む




このまま走り出してしまいたい気分だけど、
こんな時間に1人で帰れる程都会は甘くない


だから悔しいけれど令に頼るしかないのだ










……」


「っく、令ぃ…」













後ろからしっかりと抱き締めてくれる令の腕の中が温かくて、
私は令の身体に抱きついて泣き叫んだ





最悪の誕生日だった――――















落ち着いた私を乗せた帰りの車の中で、
令から貰ったプレゼントを眺めながら独りのベッドの中でため息を漏らす




綺麗な包みに入っていたのは、毛糸で出来たニット帽だった


手作りだろうけど手作りとは思えない精密な出来で
私の好きな青色と黒をバランス良く使った格好良い帽子




蓉子からのプレゼントは置き手紙の隣にあった

オレンジ色のリストバンドで前から欲しかった物だ
























けれど1番欲しかった物は、貰えなかった















孤独の誕生日がこんなにも苦しいものだとは知らなかった


再び頬を伝う涙は、もう拭う気になれず
枕を濡らしていく
















聖の、馬鹿――――――
























『今日より、明日。明日より、明後日。今年より来年、もっともっと幸せにするよ』
































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