「佐藤さん、調子はどう?」


「…少し楽になりました」


「そう、じゃあ5時間目からは授業に出られるわね?」


「はい」













ベッドの周りに備え付けられているカーテンから覗く顔がそう告げると、
シャッという音を立ててまた閉められる

ベッドの上で寝転がっていた私は窓から見える校庭に目をやる


丁度今は4時間目で体育の授業らしい



クラスメート達が校庭で走り回っているのが見える

2、3時間目になるといつも保健室に来て寝るのは日常と化していた








校庭の上の方に目をやると、
青い空が何処までも広がっていて白い雲が流れている


照り輝く太陽が眩しくて
手を翳す


すると手が日に透けて見えるのだから不思議だ


少しだけ面白くてしばらく手の甲越しに太陽を見つめていると、

今度はその手首に巻きついているオレンジ色のリストバンドが目に入る




空いている方の手を持ち上げて其れを擦ると
今朝蓉子が『気に入ってくれた?』と訊ねてきてくれた時の事が鮮明に思い出される






『うん、有難う。凄い良い感じだよ』

『良かったわ、安物でごめんね。後でちゃんとしたプレゼントを買ってあげるから』

『ううん、いいよ。此れで。充分だって』

『あら、いいのよ?年頃なんだから欲しい物だって沢山あるでしょう』

『趣味とか無いから欲しい物も無いよ』

『そうね、何か此の機会に夢中になれるものを探してみたら?』

『う〜ん、そうする』

『出来る事があったら何でも言ってね。さぁ朝ご飯にしましょう』

『頂きます』














手首で自分を主張するように鮮やかな色を放つリストバンド

蓉子の優しさを醸し出しているようで、
見ているだけで温かい気持ちになる



けれど大好きな微笑んでいる蓉子の視線の先に向けられているのは、


いつも聖だ





もちろん、蓉子は私を大切にしてくれているし

愛してくれている事は痛いほど伝わってくる






…もちろん、聖も大好きだ











けれど2人の微笑んでいる
姿が目の裏に浮かぶと、



どうしても胸の奥が締め付けられてどうしようもなくなる


苦しくて


寂しくて



切なくなる










それは、きっと私が本当の家族じゃないからだ………









生まれたかったなぁ



聖と、蓉子の子どもに生まれたかった

そして皆に祝福されて生きていきたかったなぁ








私は一生家族の愛を知らないままなのかと思うと

目頭が熱くなる



最近涙腺が弱くなっている
ちょっとナイーブになるだけで涙が零れてしまう



















聖と



蓉子に








精一杯愛して貰いたい


そう思うのは、我侭なのかなぁ―――――

















そろそろ行かないと、と思って上半身を起こした時に

ズボンのポケットの中でくしゃりとある物が音を立てる



手を突っ込んで取り出すと昨日の夕方に入れた物だった




聖が愛用している物

私が家に来た時に止めたんだと前に言っていたけれど、
結局私が小学校中学年くらいになった時に再び止められなくなったらしい





かなり強い煙草

最初はキツかったけれど、慣れたら聖の香りに定着して
この香りがすると安心する


慣れって凄い、と思ったりもする











別に此れをポケットに入れたのは、



吸いたいから、とか

聖や蓉子に反発したいから、とか

大人っぽくて格好良いかなと思ったから、とか









そんなんじゃない










この香りを嗅ぐだけで


この香りをポケットに入れているだけで









少しだけ聖と身近に居る気分になれるから


だから手が伸びただけなんだ






聖が傍に居てくれている気分になれるから





子どもっぽい考えだなんて判ってる
でも、此れぐらい…良いじゃないか




煙草を手に、少しだけ思案に入り込む




















「佐藤さん、そろそろ行かないと昼休み終ってしまうわよ………」


「っ…!」












其の時、カーテンが再び開いた

全開になった其処に立っていたのは保健の先生で
声を掛けた直後私の手の中にある物を見て立ち竦む


慌てて其れをポケットに隠すけれど





もう事態は手遅れで


段々険しい顔つきになっていく先生は私のポケットに手を突っ込んで煙草を取り上げる




そして眉を更に顰めてから私を一瞥する
















「担任の先生に報告しないと、ね」


「………先生、其れは只……」


「恐らく親も呼ばれると思うから、心の準備しておきなさい」


「先生!」


「其れまで、そうね…校長室で待ってて。理由は話しておくから」


「先生、違います!!」


「現場連行よ?言い逃れなんて効かないわ、大人しく反省するのね」


「っ…先生……」

















今まであんなに優しくしてくれたというのに、

保健の先生は冷たく言い捨てると私の肩を掴んで立ち上がらせて保健室から閉め出す




自分も出ると目で早く行けと促し、
職員室へ向かって行ってしまう






私はその場に放り出され

頭の中はぐるぐる回っている










どうすればいい?


否、今となってはどうしようもない

先生に何と言えば信じて貰える?






…聖と蓉子にまた迷惑をかけてしまう



今度こそ嫌われるかもしれない
















そんな事を考えながらフラフラと校長室へ足を向ける






否、もしかしたら聖と蓉子は忙しいから令が来てくれるのかもしれない

令だったらちゃんと話を聞いて収めてくれると思う


もちろん蓉子も弁護士なんだから人を収める事ぐらい容易いと思うけれど、
人を裁く立場だから安易な事は出来ない







だから、…令が良い






令に来て貰いたい



















そう思う時に限って、

あの人が来るなんて私は運があるのか無いのか…


























、貴方喫煙がバレたんだって?」


「……江利子…」


「馬鹿ねぇ、何で上手くやらないのよ」


「…だからしてないってば……」
















校長室にある大きな立派なソファに座っている私の隣に腰掛けながらこそこそと話しかけてくる江利子にため息が漏れる

100%面白い事が起きたと楽しそうな顔をしているものだから余計に脱力する



















「さて、佐藤 さんの処分についてですが…」


「ちょっと待ってください、校長。まだ佐藤さんが本当に喫煙しているのか聞いてませんよ」


「聞かなくても判る事でしょう、其れを手にして吸おうとしている所を取り押さえられたんですから」


「吸おうとしているって…そんな根拠が何処にあるんですか?」


「先生、貴方何を言っているんですか?喫煙目的以外に何の目的で煙草を所持しているというんです」


「佐藤さんはそんな事をする子じゃありませんよ」

















一生懸命フォローしてくれる担任の若い男の先生が、
初めて頼りになる存在だと思えた


校長の顔色を伺う事もせずに全面的に身体を張って守ってくれる

此れこそ理想の教師像なのかもしれない





そういえば、祐巳ちゃんもそういうタイプだった
最もリリアンの学園長は理解のある人だったからぶつかるなんて事無かったけれど








江利子は膝に肘を置いて肘杖を着き、楽しい物を見るかのように目を細めて目の前の人間2人を観察している





















そんな江利子を見て少しだけ気が遠くなるような感じがしたのは、


生まれて初めてだった―――――






























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