(……ねぇ、令。今私幻聴が聞こえたんだけど)


「…そう思いたいのは無理ないけど、私は慣れているから幻なんかじゃないと思う」


(…………また呼び出し?)


「うん、今の学校では記念すべき初めての呼び出しだよ」


(はぁ、も此処の所大人しいと思ったら仕出かしてくれるわね)


「まぁ、わんぱくなのは元気な証拠。それで…」


(また貴方が行くんでしょ?)


「ううん、ちょっと今手が離せなくて代わりに頼んだんだ」


(貴方の洋菓子屋も軌道に乗っているものね、それで誰に?)


「お姉さま」


(……大丈夫?)


「大丈…夫、だと思いたいけど」


(それで内容は何なの?)


「それが、喫煙だって」


(…はぁ!?)


「もちろんそんな筈ないよ、あのがね」


(そりゃそうでしょう!一体どんな因縁つけての事なのかしら)


「何かね、ちょっと気になって煙草の種類を聞いたんだ」


(……………聖さまのでしょ?)


「うん」


(全く、あの人がが精神不安定なの気付いていないからこんな事になったんでしょう…)


「まぁ、とにかく私も早く仕事を片付けての家に行くつもりだよ」


(私もそうするわ、少しスケジュールがキツい物になりそうだけど)


「うん、蓉子さまもそうするっておっしゃってたから」


(それじゃあ、後でね)


「うん」

































校長室なんて慣れている

自慢になんかならないくらい沢山呼び出しをくらっているから、慣れている



けれど緊張しているのは初めてだ
それはきっと今までとケースが違うから





このまま私が信じてもらえないとなると、

生意気ながらにもいち人間として本当に哀しくなる






正念場なのかもしれない




佐藤 としての人生が決まりそうなんだ、此処で


だから、とても心細い












隣に居る江利子の服の裾を掴む

リリアンではいつも祐巳ちゃんが隣に居てくれて、
こうすると安心した




江利子でも其れは変わらなくて、安心した


昔から江利子のこういう所が苦手だったけどやっぱり好きなんだろうな、と思う





江利子は先生と校長を見てた目を外して私をちらりと見る
そしてその手をしっかりと握り返してくれた




まるで私が居るから大丈夫、と言っているように




正直初めて江利子が心強いと思える瞬間で

少し嬉しかった





少なくとも江利子は私を信じてくれている

きっと…令達も信じてくれている


蓉子も信じてくれている



……聖も、信じてくれている…と思うんだ


















「大体此の生徒はあのリリアンから転校してきたんでしょう!向こうでも問題を起こしていたから公立に回されたんじゃないですか!?」

「校長!そういう言い方はないでしょう!!」

「いい加減にしないか!此の子はいろいろと問題があるんだろう、家庭の事といい…」

「問題?一体どんな問題があるというんですか。佐藤さんは成績も良いし、廊下で擦れ違えば必ず挨拶をしてくる。立派な生徒ですよ」

「…君、私に逆らう気か?」

「なっ……」














「賢明な発言とは思えませんわね、校長先生」














其れまで黙っていた江利子がやっと口を開く
先程とは違ってピシッと背筋を伸ばして格好良かった

私の手を握ったまま、真っ直ぐに校長を見据えている













「聞き捨てなりませんわね、家庭の何処に問題があるというのですか」


「それはだね、やはり長年子ども達を見てきて判る経験がものを言っているんです」


「では説明願えますか。私が納得いくように」


「昔から母子家庭、父子家庭で育った子どもは片方の親しか居ない事によって精神状態が不安定になりがちなんですよ」


「……そういう偏見はどうかと思いますが?大体私達は…聖と蓉子は此の子を一途に愛しています」


「…あぁ、例の女のご両親でしょう?どうかと思いますがね、私は。同性愛の人間が子どもを育てる権利なんてあるものか……」










ぱしゃっ

















「っ江利子?!」







思わず繋いでいた手を強く掴み返して、声をあげてしまった
江利子の手には来客用に出されてた湯のみ


その中身は結構美味しい緑茶で、



ちなみにその結構美味しかった緑茶は校長の頭から滴り落ちている


呆然としている校長の顔から、江利子の顔に目を移す
今まで見た事もないくらいにその顔は怒りの感情に埋め尽くされている


蓉子もそうだけど、美人が怒るとかなり怖い



昔ちょっとした好奇心で蓉子のパソコンに触って、中のデータを全て消しちゃった時の顔に似ているかも


















「こんな学校辞めさせます、私はの保護者では無いけれどを思う気持ちは蓉子達と何ら変わりありません」


「え?ちょっ、江利子…」














其れだけ言い捨てると、江利子は私の腕を引いて一緒に立ち上がる
私も腕がツッてしまわないように慌ててタイミングを合わせて立ち上がると、

校長と先生達と同じように呆然として江利子を見つめる



江利子は先生を一瞥すると一礼をする















「有難う御座います、貴方のような先生に出会えては幸せだと思います」

「あ、先生…有難う御座います」





「…否、力になれなくてすまない……僕は…」









「先生、大丈夫です。私は煙草なんて吸いませんから。むしろ嫌いです」


「あ………うん、そうか」












安心させるように一言告げると、
先生はホッとしたように頷いてくれた


先生も、信じてくれている












其れで良い、と思った



























戻りたいな、リリアンに








































「「「辞めさせた!!!???」」」






「ええ、そうよ」

「………」













其の後教室にある自分の荷物を取りに行ってから、
江利子の意外と上手い運転の車に乗って家に帰ってきた

途中のコンビニで買った棒アイスを咥えたまま呑気に家のドアを開けた私達を出迎えてくれたのは、



物凄く怖い表情の3人だった






蓉子、令、祥子











口々に結果はどうなったのかと問い詰めてくる3人に、
江利子は飄々として「辞めさせたわよ、あんな所」とだけ告げてズカズカと我が家に踏み込んでいった


突然の事態に3人は口を揃えて驚愕するばかり



それもそうだろう

私は棒アイスを齧りながら4人の大人達を観察する事にする











「ちょっ、どうして貴方が決めるのよ!?そんな事!」


「どうして、って。気に喰わなかったから」


「お姉さま、さすがに無理がありますよ!勝手に辞めさせちゃったら…」


「そうですよ、せめてお姉さまや聖さまに相談すべきです」


「あら、私が判断したもので今まで間違っていた事はあった?」


「それは、無いけど…さすがに辞めさせてくるとは思わなかったわ」


「どうするんですか、は…明日から」


「この辺に他には小学校なんて無いじゃないですか」


「あるじゃない、1番近くにうってつけの学校が。其処には確かとっても素敵な先生が居たと思うけど」





「「「……まさか…」」」













咥えていた棒アイスの棒を口から外して、

江利子が口を開くのを今かと待ち続ける
















「リリアン女学園。あそこ程信用できる場所は無いでしょう?」
















さらりと当たり前の事でも言ってのけるかのように言う江利子を凝視していた蓉子は、

ため息を吐いてから江利子の居る食卓に座る





其れに次ぐように令と祥子も座った


















「…とりあえず聖に相談しないと」


「聖には反対する権限は無いわね」


「どうしてよ?」


「だって今回の事だって聖の責任だもの」


「……今朝は何とか努力してみるって行っていたけど」


「それでも遅すぎたのよ、実際は寂しい余り煙草を盗み出して処分されかけたんだし」


「…そうね、江利子の言う通りだわ。聖の責任ね」


「ええ、聖はまだ帰って来ないの?」


「ちょっと今日は店の仕入れに遠出するって言っていたから中々安易に帰って来れる距離じゃないわ」





















私は話し込んでいる蓉子と江利子から目を外して、

ちらりと時計を見る




全て食べ終えた筈のアイスの棒を再び口に入れて齧る


すると結構簡単に折れて、
そのままバキバキと音を立てながら口内で畳み掛ける














「あ、お茶淹れて来ます」











令は其れだけ言うと、立ち上がりキッチンに向かう

向かう途中でソファに居る私の口からボロボロになった木の棒を引き抜いていく



突如口の中が空っぽになった私は、大口を開けて令に舌を突き出す





令は少しだけ睨んで、其れからキッチンへ完全に身体を隠してしまう

するとたまたま私を見ていた祥子が小さく笑った
























リリアンに戻れるのか


否か















戻れるとならば、あの子達とも再び顔を合わせるだろう
けれど、祐巳ちゃんもあそこには居る



どうなるんだろう


私は、どうなるんだろう








そして聖と私は、どうなるんだろう…







何もかもが判らなかった



どうなるかも何も、11歳になったばかりの私には判らない――――――










出した舌を引っ込めるタイミングを失った其れは、

空気に触れ続けて乾いてきた




なんだか私の心を表しているみたいだった


























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