公立の小学校なんて新鮮だった
幼稚部からリリアンに通っていた私には、
校門から幾分歩く距離も何も無い学校なんて信じられない
そして突き当たりにマリア像が無いなんて信じられない
飼育小屋なんてものがあって、
中では兎やら鶏が元気に動き回っていたりしている
普段の生活では見れない生物が面白くて、
飼育小屋の周りに取り付かれている柵に両腕を置いて眺めていると
飼育係か何かの女の子達が数人ひそひそとこっちを見て話し込んでいる
鶏が餌を啄ばむ様子を見ていた私はそんな子ども達にふと気付いた
「や、君達飼育係?」
「あっ、はい!そうです」
「そっか、とても元気で可愛い動物達だ。きっと大切に世話しているんだろうね」
「は、はい…そうです!有難う御座います!!あの…貴方は……?」
「私?え〜と、君達は何年生?」
「5年です!」
「じゃあ佐藤 って子知ってる?」
「はい!いっつも綺麗なお姉さん達がやって来る事で有名な佐藤さんですよね?」
「ははっ、変な覚えられ方だなぁ。私はその佐藤さんのお母さんですよ〜」
「……えぇえっ!?」
手をひらひらと振りながら言う私に、
女の子達は揃って目を丸くして叫ぶ
その拍子1人の女の子が抱えていた小さな兎が地面に落ちた
やはり動物は運動神経が良いのか、身体が柔らかいのか
背中から勢いよく落ちたものの直ぐに体勢を整え直して小屋の隅の方へ行ってしまう
「を宜しくね」
「は、はい!!」
「あの、佐藤さんのお母さんは…その…芸能人さんか何かですか?」
「……ぷっ、あははっ。芸能人?違うよ、私は只の一般人だよ」
「でもっ、そんなに綺麗なのに…」
「有難う」
お礼を言って微笑むと、少女達は黙り込んでしまう
顔を真っ赤にさせて俯かれてしまうなんて慣れているけれど
相手が小学生ともなると此れはまた新鮮で可愛く思える
其処で私は本来此処に来た理由を思い出して、女の子達に手を振って別れを告げると
校舎の方へ向かう
蓉子から電話が来て、
買い出し先から車を飛ばしてきて早2時間
苛々と、焦る気持ちを抑えつつもやっと着いたの小学校
聞けばが私の煙草を持っている所を見つかって処分されるという
蓉子がまだ何か言いかけていたのも聞かずに電話を切って車に乗り込んだから
今どういう現状なのかも判らない
受付の人に通して貰うと直ぐに何度か見た事のあるの担任の先生がやって来る
「どうも此の度はご迷惑をおかけしました」
「あっ、いや…あの、ご自宅の方にまだ連絡は取っていないんですか?」
「え?」
「もう既に迎えの人が来てさんはお帰りになられましたが…」
「……えぇっ?そうなんですか!?」
「はい、はは…それにしても随分と強気なお知り合いがいらっしゃるんですね」
廊下で先生に驚愕すると、
先生は頬を掻いて遠慮がちにそんな事を言う
私は頭を捻って、強気な知り合いを探す
「鳥居さんとおっしゃっておりましたが…」
「……物凄く恐縮なんですけど、江利子が何かしたんですか?」
恐る恐る訊ねた時に、背後からコツコツと足音が聞こえたので振り返ると
其処には何故かジャージ姿の中年のおじさんが居た
「私にお茶をぶっ掛けて一言『こんな学校は辞めさせる』とだけ言って帰っていったんですよ」
「……失礼ですが、貴方は…?」
「此の学校の校長です」
ジャージ姿の老人は些か不機嫌そうに髪を撫で付けて私を一瞥する
私はもう既に引きつった笑いしか出来ず、空笑いをする
「あはは………すっ、すいません!!友人がとんでもない事を!」
「いえ、もういいんですよ。あの後この先生に怒らせたらもっと怖い人が居るってお聞きしましたし」
「………」
「ええ、怖いんですよ。佐藤さんのお母さんは」
「先生、まさかとは思いますが其れって蓉子の事言ってます?」
「はい」
「…そうなんですよ、校長先生!!もっともっと怖い人がうちに1人居るんです!むしろ校長先生は命拾いしたというか…」
「其れにもう辞めるとおっしゃっていたのでそうとなればうちとしても問題もなくなる訳ですし万々歳なんです」
「………はい?」
「辞めると豪快におっしゃってましたよ」
「…全っ然聞いてませんが!」
「っていうかさっき言ったじゃないですか」
「………ちょっ、ちょっとタイム!家族会議をして戦略練ってきます」
「いや、うちとしては…」
「はい!是非そうしてください!佐藤さんにもまだいろいろ経験して欲しいイベントとかあるので」
「本当にすみません!出直して参ります!!どっちにせよ蓉子と2人で後日挨拶に伺いますので」
そう言うと私は一礼だけして、
担任の先生と校長先生を後にする
真っ黒な愛車に乗り込むと、エンジンをかけながら携帯電話を手に取る
何度か着信を告げるとやっと電話の主が出る
「もしもしっ、蓉子!?」
(きゃっ……何よ、もう。大声出さないでよ)
「あのさ!其処に江利子居る!?」
(居るわよ?もう随分前にと帰ってきているわ)
「じゃあそのまま其処に居させて!蓉子も話があるから!!」
(えっ?ちょっ…)
電話を切ると、アクセルを豪快に踏んで家への道筋を辿る
曲がり角で勢い良く車体を傾けながら曲がる
黄信号になっている交差点を突き抜ける
するとあっという間に我が家に到着
駐車場に止めると、荷物を纏めて持ち出して鍵をかける
そのまま自分の部屋へと向かう
「蓉子!江利子!!!」
鍵の掛かっていない扉を開け放つと、
出迎えてくれたらしい祥子が驚いて肩を竦める
そんな可愛い後輩の隣を過ぎ去って、リビングに突入すると
あろう事が元凶達は呑気に令の特製焼き菓子を食べていた
「あら、お帰りなさい」
「お帰り〜」
「………」
きょとんとした顔で迎える蓉子
想像していたのかニヤニヤしながら迎える江利子
私から目を逸らしてお菓子を更に頬張る
鞄をソファに投げつけると、
食卓の空いた席に着く
そして思いっきり親友の顔を睨みつける
「どういう事?」
「…何が?」
「今学校に行って来たよ、既に辞める宣言したそうじゃない」
「そうよ」
「なっ…どうして江利子がそういう事その場で決めちゃう訳!?」
「ちょっと、聖。落ち着いてよ」
「蓉子も蓉子だよ、どうしてそんな冷静でいられるのさ!?」
「貴方を待っていたのよ、貴方抜きで決めちゃいけない事だと思って」
「……じゃあ話そうよ、其れでどうするつもりなの?」
「リリアンに行かせようかと思って」
「江利子、それもまた単調直入よ…」
「そうだよ、何言ってるの?はあそこで上手く行かなかったから今の学校に入ったんじゃない」
「もうあの頃とは違うわよ、もあの子達も成長しているし…今の学校だとね」
「今の学校だと?」
「貴方の目がに行き届かないわ」
「え……?」
呆ける私を他所に、蓉子と令と祥子は腕を組んで真剣な顔つきになった
はソファの上で漫画を読んでいるけれど其れは反対向きだったからフリなのだと判る
沈黙が部屋を支配する中、私のため息が響く
「何、どういう事…私はを……」
「じゃあ何では貴方の煙草を持ち歩いていた訳?」
「それは…」
「それも説明出来ないのなら、祐巳ちゃんに身近で見てて貰う方が賢明だと思うわ」
「江利子、江利子が何を知っているっていうのさ」
「判るわよ、今のは明らかに変だもの。其れは今の学校に変わってからじゃない」
「……え?」
「貴方、去年も今年もの誕生日を忘れたそうじゃない」
「…あ……それは」
「帰りの車の中でに聞いたわ、驚いたわよ。貴方が忘れるなんて有り得ないと思ってたもの」
「……………」
「どうして、そうなったのかもう1度冷静に考えてみる事ね」
私は言葉を発せなかった
むしろ発する言葉さえ浮かばなかった
江利子はそう言うと、席を立ち自分の鞄を手に取る
そしてキッチンに居た令と祥子、目の前に居る蓉子に声を掛ける
「それじゃ、私はそろそろ帰るわね」
「あぁ、今日は有難う」
蓉子が礼を言うと、
江利子は小さく微笑んで容易い事だと伝える
そして最後にの方に顔をやった
「、とりあえず明日からは少しの間お休みね。暇だったらうちにでもいらっしゃい」
「うん」
漫画から顔を上げて頷くの頭を優しく撫でてから江利子は帰っていった
私は1人、食卓に残って江利子の言葉の意味を考え込む
ちらりとの方を見ると、
も私の方を見ていたらしく、慌てて漫画の下に隠れてしまう
私の目がに行き届かなくなった?
誕生日を2回も忘れてしまったのは、其れは仕事が忙しかったからで
忙しかったのは蓉子達も皆そうだった筈だ
なのに何故私だけ責められなくてはいけない?
どうして、は私だけに冷たい態度を取る?
が家に来て、
激しい運動はしてはいけないと告げられた時と同じだ
何をすればいいのか判らない
自分がどうしたいのか判らない
辺りが、真っ暗になった―――――――
ポケットの中で、に買ったプレゼントの包みが潰れた音が、した
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