「お姉さん、生ひとつおかわり!」








幾ら酒に酔わない体質とはいえ、
量を飲めば酔うものだと此の年になって判った


5杯目を越えた辺りで馬鹿らしくなって数えるのを止める



ジョッキをカウンターに置くと、
枝豆を摘んで食べる
すると目の前で苦笑している後輩達が目に入る








「……何さ?」

「あっ、いや…飲み過ぎじゃないですか?」

「此れぐらい飲まないとやってられないっつぅの」

「聖さま最近ますます親父臭くなりましたよね」

「ぐさっ」

「でもお姉さまが珍しいですわね、私達を呼び出すなんて」










3人の後輩達はお互い顔を見合わせて困ったように笑う

やがてやってきた新しい麦酒を仰ぐように一口飲むと、
祐巳ちゃんが慌てて私とジョッキを離す











「だから飲み過ぎですってば!もう終わりにしましょうよ」


「う〜っ、今夜だけは勘弁してよ。祐巳ちゃん」


「駄目です!ちゃんと家に帰って蓉子さまとちゃんと話してください」


「嫌だ」


「嫌って…」









隣に座る祐巳ちゃんは向かいに座る由乃ちゃんと志摩子に目で助けを求める

けれど2人とも首を横に振って、諦めの意を表す


祐巳ちゃんの手からジョッキを奪って、再び飲み干す
あっという間に空になった其れをまたカウンターに差し出した








「おかわり!」


「だぁ〜か〜ら〜っ、もう駄目です!!店員さんもいいですからね、もうおかわりは」











おかわりを出していいのかどうか不安そうな顔つきになってやって来た若い店員に、
祐巳ちゃんは催促を取り消してから私の腕を取り立ち上がらせる


やれやれ、と由乃ちゃんと志摩子も立ち上がり車の鍵を手にする












「嫌だ〜ってば!家に帰っても空気悪いんだもん」

「その空気を浄化するのが聖さまの役目でしょう!」

「無理。には完璧無視されるし、蓉子はもう救いようが無いって目で見てくるもん」

「そんな事ありませんって、ちゃんも蓉子さまも聖さまの帰りを待ってますよ」

「だったら何で私が怒られなきゃいけないの?」

「其れはご自分で考えなきゃ意味が無いんですってば」

「う〜、祐巳ちゃん難しい事言う〜」








祐巳ちゃんと志摩子に両脇を抱えられながら、
駐車場に行くと会計を済ませてくれていた由乃ちゃんが既に車を動かして待っていてくれた

それほどに私の動きは鈍いものだったのだろうか…



志摩子も何だかんだいって面倒を見てくれる

其れが嬉しくて


久しぶりに触れた温かさで





車の後のシートに身体を下ろされた時に2人の可愛い後輩達の腰をぎゅうっと抱き締める











「んぎゃっ!?…っせ、聖さま!」


「きゃっ……お姉さま…?」










2人はそれぞれの反応を見せて最初こそ戸惑いもしたが、
私の様子がおかしい事に気付いてそのまま腰を抱かせたままで居てくれる

運席で由乃ちゃんがじっとこっちを見つめる


3人の後輩達にこんな情けない姿を見せたのは初めてだった

だから、3人とも黙って受け入れてくれる










「もう、とりあえずうちに来ますか?」


「…………うん…」


「じゃあそういう事で、由乃さんお願い」


「おっけー」











恐る恐る声をかけてくれる祐巳ちゃんに、小さな声で頷くと

苦笑して同居人である由乃さんに了承を取った



私が2人の腰を離して2人とも車に乗り込むと、

車は静かに発進する






街並みをすべる車の中、
運転の振動でポケットから箱が落ちた

其れを拾い上げて志摩子が首を傾げる










「お姉さま、落ちましたよ。此れは…何ですか?」

「ん?あ〜、プレゼント」

「プレゼント?あ…ちゃんの誕生日って昨日ですよね?」

「……忘れてたの、情けない事に。だから今日仕事先で空いた時間に買ったんだ」

「…ねぇ、祐巳さん、志摩子さん。私判った」

「…うん、私も」

「…ええ」








ぼそりと呟くと、運転席から由乃ちゃんが両脇の2人に声をかける
その言葉に祐巳ちゃんも志摩子も力強く頷く

私はきょとんとしたまま後輩達の顔を見回す


そんな私に志摩子が苦笑して、プレゼントを大切そうに私の手に戻す










ちゃんは、お姉さまに目を向けて貰えない事が寂しかったんじゃないでしょうか」

「だから私はちゃんと見てたって!」

「そう思えないから、お姉さまの煙草を持ち歩いていたんだと思います」

「江利子も言ってたけど…その意味が判らない」

「判りました、ではヒントだけ差し上げますね」

「ヒント?」












「その煙草は、お姉さまの香りですよ」

























その後、私は何も言う事が出来なくて
黙り込んでしまった

そんな事をやっているうちに車は祐巳ちゃんと由乃ちゃんの愛巣に着いて、
志摩子も今夜は泊まって行くと言って4人であがる


私がシャワーを借りている間に祐巳ちゃんが蓉子へ電話してくれたらしい



我が家よりは小さいリビングに広げられている布団にダイブする
ぼすっという鈍い音を立てて私を受け止めた布団は、
太陽をいっぱい浴びたらしくとても良い匂いがした




私の香り?


煙草が?



…だからどうしてが其れを持ち歩く理由になるのかが判らない









すると由乃ちゃんが熱い珈琲を入れたマグカップを持ってやって来る














「はい、酔い覚ましにどうぞ」

「おっ、さんきゅ。由乃ちゃんが淹れてくれた珈琲飲むのなんて久しぶりだなぁ」

「そんなの何時でも幾らでも淹れて差し上げますよ」

「…由乃ちゃん丸くなったねぇ」

「はい?」








体勢を整えて、布団の上に座りなおすと
由乃ちゃんは自分のマグカップを手に目の前にあるソファに座る










「祐巳ちゃん効果かな?」


「…其れは聖さまも同じ事でしょう?」


「そだね」


「でも多分1番効果が大きかったのはちゃんだと思います」


「……そうだねぇ、がうちに来てからもう9年近く経つんだ…」


「年を取るわけですよ、私達も」


「リアルな事言わないでよ、由乃ちゃん」


「ふふふっ」














ふと、

由乃ちゃんと、キッチンに居る祐巳ちゃんが同じ髪留めを使用しているのに気付いた













「お揃い?良いね、熱々で」








そう言うと、由乃ちゃんは小さく微笑んだ












「好きな人の温もりをいつでも傍に感じて居たいと思うと、同じ物を身に付けたくなるんですよ」


「…へぇ………」






























そして、私は気付いた




由乃ちゃんの言いたい事

志摩子の言いたい事

祐巳ちゃんの言いたい事

令の言いたい事

祥子の言いたい事

蓉子の言いたい事

江利子の言いたい事





そして、の言いたい事……





















鈍い私は、やっと判った






は私の香りを持ち歩く事によって、
私といつも傍にいるようで

安心していたのかもしれない




私の温もりを欲していた






もうずっとしていなかったこと

小さい頃は毎日飽きもせずにしていたこと










朝起きて、おはようのキス

そして服を着たを可愛いと叫びながら抱き締める

幼稚園に、学校に出掛ける時別れるのを惜しんで力いっぱい抱き締める

泣きそうになった時は、安心させるように優しく抱き締めてあげる

夜、心細くなった時に手を繋いであげる


そして、寝る前におやすみのキス

















にしなくなったのは、何時からだったっけ…?


蓉子には毎日していた





キスも、抱き締める事も、手を繋ぐ事も

全てしていたけれど












には次第にしなくなっていて



も何も言わないから、

私の中でその日常は消えていっていた














けれどは心細かったんだ



私に抱き締めて貰いたい

私に傍に居て貰いたい














だから、は私の物を持ち歩く事でその寂しさを埋めていた







それに気付く事すら出来なかった私に、
は苛々して



きっと江利子も蓉子も苛々していたのかもしれない







なんて、迂闊な人間なんだろう…











約束したというのに

まだ小さなに、約束したというのに―――――――



















と、せいとようこもしあわせなかぞくになりたいねっ』


『……うん、幸せにするよ』


























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